第12話 ミステリアスな転校生

 日差しが強くなってきたいつものファミレス。きらめく窓ガラスに、無邪気な笑い声が溶けていく。

 真由美と美咲が向かい合う席では、弾むような会話が繰り広げられていた。

 美咲だけは少し遠い学校に通い、さらに活動にも精を出す彼女は毎日のように会えない。

 だからこそ、今日のような時間は格別に愛おしい。積もる話題を、心ゆくまで語り合いたくて2人だけでも盛り上がっていた。

 

「遅れてごめーん!」

 

 息を弾ませながら飛び込んでくる楓。淡い金色の髪が、風にたなびく。

 その颯爽とした登場に、店内のざわめきが一層高まった。

 

「楓、大ニュースだよ!」

 

 まるでスクープを掴んだ記者のように、美咲の声が弾む。

 楓は眉を顰めながらも、冷静を装って席につく。

 

「何? そんなに騒いで」

 

 楓はとりあえずドリンクに口をつけながら、いつものように冷静に聞いていた。

 美咲は意地悪く微笑むと、小さな声で告げた。

 

「ミステリアスな美人の転校生!」

 

 美咲の声は深刻そうだったけれど、目は野次馬として楽しそうに輝いていた。

 

「え?」

 

 楓は本気でなんの話か分からずに、キョトンとしながら席につくとそのまま、助けを求めるように真由美の方に視線をずらしていった。

 

「うちのクラスに今日、転校生が来たって話」

 

 真由美は落ち着いた様子で、今日の出来事について話し始める。

 真由美と尚のクラスに、美人の転校生がやってきてクラスの特に男子がざわついていたことを改めて話すと、美咲は最後に意地悪い笑みを浮かべながら割り込んできた。

 

「おにーさんの席の隣らしいよ。楓、やばいんじゃない? 強力な恋のライバルだよ」

「何を言っているの?」

 

 心配しているようなことを言いながら、目は興味津々に楓の反応を楽しんでいる美咲のことが、意味が分からないと楓は何度も首を横に振った。

 

「ミステリアスな転校生ってのは強敵なのよ。漫画でもさ」

「漫画の話はいいから。現実と一緒にしないで」

 

 むきになって反論する楓。その姿に、美咲は面白がって笑う。

 真由美も、ストローを咥えながら楓を観察していた。

 

「いや、ちょっと待って。そもそも、私と尚くんはそんなんじゃないから!」

 

 楓が強調すると、真由美は『やっと気がついたか』と細い目になって微笑んでいる中で美咲は茶化すように言う。

 

「え、もう負けヒロイン宣言?」

「恋愛対象とかじゃないから、兄妹として仲良くなりたいってだけだから」

 

 美咲から少し離れて、楓は腕を組み目をつぶりながらそう言った。少し美咲との変な言い争いに白熱してしまったことを恥ずかしく思っているようだった。


「じゃあ、尚くんに彼女ができても平気ってこと?」


 真由美の問いかけに、楓は一瞬言葉を失う。

 けれど、すぐに笑顔を取り繕った。


「もちろん。尚くんの幸せが一番だもの」


 真由美の言葉に、楓は表情を変えずに返した。

 

「ほほう」

 

 しかし、ちょっと間があったなと思いながら、真由美も美咲も顔を見合わせて小さくうなずいていた。



 

 翌朝。いつになく早い時間に、楓は真由美のクラスを訪れていた。

 きらりと光る金髪に、凛とした佇まい。青を基調とした制服が、彼女の美しさを引き立てている。

 まるで、妖精が迷い込んできたかのような、幻想的な存在感が教室の入り口で立っていた。


「楓、珍しいね。こんな早くに」


 教室の入り口に駆け寄り声をかける真由美。

 楓は朝の訪問は、滅多にしない。それだけに、彼女の様子を不思議に思うのだ。


「次が理科室ってだけよ」


 それは嘘ではなさそうだったけれど、どこか落ち着かない様子の楓。

 教室の中を、何かを探すように見渡している。


 (わかりやすいなあ。気になっているのね)


 そんな楓の心情を察しながら、真由美は穏やかに微笑む。


「どう? 噂の転校生の姿は見えた?」

「ずいぶん人気だこと」

 

 真由美は、じっと教室の奥の方を覗き込む楓に向けて、からかうつもりで言ったのだけれど、普通に答えられてしまった。

 その視線の先には、生徒たちに囲まれた転校生の姿があった。

 長い黒髪を揺らしながら、凛とした佇まいで座る少女。

 

「春日伶さんっていうんだって」

 

 真由美が教えてくれる。

 神秘的な雰囲気を纏いながらも、どこか親しみやすい笑顔を浮かべている。

 正面で話しているのは女子生徒だったが、多数の男子生徒たちが、まるで蜜蜂が花に群がるように彼女の周りを取り囲んでいた。


 一方、尚は隣の窓際の席で一人静かに外を眺めている。

 わざと離れているのか、それとも疎外感があるのか。

 楓には、尚の胸の内が読めなかった。

 


 「あ」

 

 思わず声を漏らした楓。

 その視線の先で、伶が尚に手を伸ばしている。

 楓の場所からは何を話したのか聞こえないけれど、単に何か用事を思い出して尚に聞いてみただけなのだろう。


 でも、それは、尚に助けを求めているかのようだった。

 実際、囲んでいた男の子たちが少しずつ散っていって彼女の姿が楓にもはっきり見えるようになっていた。


 綺麗で長い黒髪が印象的に映る。それから、スタイルの良さ。

 すらっとした自分のスタイルとは違い女性らしく出るところはでていて締まっているところは締まっている体つきだった。

 楓も今では、自分の体型もブロンドの髪も好きだけれど、どこかかつての自分が欲しかったものを持っていてコンプレックスを刺激される女性だった。

 

(確かに……恋愛漫画の2人みたい……)

 

 8割くらいは教室の一番奥の窓際という席のせいだと思うけれど、尚に話しかける転校生の存在に何かが始まりそうな雰囲気を感じてしまっていた。


「いやー。綺麗だよな。春日さん」

「尚の席に行きづらくて困るけどね」


 尚の友人たち、松木と小野寺の会話が、楓の耳に届く。

 二人に、まだ自分の存在は気づかれていないらしいと思いながら聞き耳を立てる。


「春日さん、スタイルがいいよな」

「お前、この間まで楓さんがいいって言っていたじゃないか」

「うむ。いや、どっちもいい……。だが、やはり、胸が大きい方だな!」

「はいはい、今日から、松木は春日さん派ということだね」

 

 真由美に肩をつつかれた小野寺は、後ろを振り返ると楓を認識しながら笑いをこらえながら松木に確認した。

 

「おう。やはり、女性はたわわに実ってこそだぜ。ああ、あの谷間に顔をうずめたいな」

 

 本人までは聞こえないけれど、結構な声の大きさでそんなことをいう松木に真後ろにいた真由美も楓も冷たい視線を送っていた。

 

「残念ですわ。ああいった女性の方が好みなんですね」

 

 楓は松木の後ろから、ちょっと嫌味を言うお嬢様のように声をかけた。

 

「えっ。あ、か、楓さん」

 

 松木は声に驚き、振り返って楓の姿を確認するとさらに狼狽していた。

 何やら謝るように頭をペコペコさせていたけれど、楓は元より松木に興味もない。

 義兄の友人であるというだけなので、適当に受け流していたけれど……その間に義兄の姿を見失ってしまった。

 

「あ、連れ出してる」

「え?」

 

 慌てて振り返る楓。

 尚は、転校生の春日伶と一緒に教室を出ていこうとしているところだった。

 

(手を繫いでる? ……いや、違うわ)


 落ち着いてよく見てみれば、手は握っておらず。同じような歩幅で転校生はついていっているだけだった。

 

(なんで私がどきっとする必要があるのよ)

 

 自分の体と心に突っ込む楓だったけれど、尚が優しい笑顔で伶を廊下に案内している様子を見てやはり心がざわめいていた。

 

「あら、行っちゃったね」

 

 真由美はちょっと楽しそうに教室を出ていった2人を見送り、楓に声をかける。

 

「学校のどこか施設の場所が分からないから案内してとか、言われただけでしょ」

 

 楓は少し不機嫌そうに反論するが、真由美は楽しげに笑う。

 

「そうだね。尚くんはみんなに優しいからね」

「そう……なの? クラスでもそうなんだ。へえ」

 

 なんとなく義兄は学校でも心の壁を崩さない気がしていたので、少し意外な気がした。でも、真由美や目の前にいる松木や小野寺といった友人の態度を見ても目立たないわりに普通の学校生活を送っているのかもしれないと楓は認識をあらたにする。


 ただ、このクラスの男子からは、やっかみみたいな言葉も聞こえてきたけれど、女子からは特に気にされている様子もない。

 真由美以外の女子とはそれほど親しいわけではなさそうなことに、どこかほっとしている自分に気がついてしまい嫌な気持ちになる。

 

(別に、クラスで孤立していて欲しいとか思っているわけじゃない……)

 

 真由美を含めて友だちがいるのならいいことだと思いながらも、自分にももっと親しげに話して欲しいと思ってしまう。

 

「あの娘は何で尚くんに、頼ったのかな」

 

 出会って一日のはずなのに何故あんなに親しげなのかと訝しんでいた。

 

「さあ、優しそうに見えたとかじゃない?」

「そう……かなあ」

 

 真由美の説明に、楓は首を傾げていた。

 囲んでいた男子たちにも優しげな男はいそうだったのにと思いながら、廊下を歩く2人の後ろ姿を見送っていた。

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