第6話 予言と交わる絆

 馬場家の食事は、和やかで温かな雰囲気に満ちていた。

 尚は久しぶりに感じる家族のぬくもりに包まれつつ、楓の家にも感謝の気持ちを抱きながら、懐かしい笑顔とにぎやかな会話に囲まれていた。

 食事が進む中、楓は心に抱えていた疑問を口にした。

 

「ところで、尚くんはうちの養子でもあったのよね? でもなんで数年間全くうちと交流がなかったの?」

 

 周りの大人たちは一瞬顔を見合わせた後、美和が答えた。優しい笑みを浮かべながら、少し遠くを見つめるように語り始める。

 

「楓ちゃんが止めたからだった……じゃなかったかしら」

「え」

 

 美和の言葉に、楓は驚きを隠せない。自分には全く覚えがないのだ。美和は、楓の反応を見て自身の記憶を少し疑いながらも、由香に確認するように視線を向けた。

 由香はにっこりと微笑み、穏やかな口調で答える。


「ええ、楓ちゃんが予言したからね」

「わ、私が予言?」


 楓の瞳に戸惑いの色が浮かぶ。自分には思い当たる節がない。


「うん。小さい頃、楓ちゃんがふと『尚くんは数年の間、内藤家と関わってはいけない。関わると不幸になる』って言ったの。それでみんな慎重になってたのよ」


 由香の言葉に、健太郎が付け加える。


「妙に、楓の予言は当たっていたからね」


 健太郎の一言に、楓の頬は一気に紅潮した。


「そんな、恥ずかしいこと言った覚えなんてないわ!」


 と楓は顔を覆いながら言った。


 由香と健太郎は楽しそうに笑い合う。まるで昔の楽しい思い出話をしているかのようだ。


「まあ、単に知らない子が家に来てもらいたくないのかなと思ったから、その意志を尊重しようかなと」

「でも、あとで『私もお兄ちゃんが欲しい』とか言われて困ったわね」

「そんなことがあったので、中学を卒業したら我が家に来てもらうという約束にしたんだよ」


 内藤家の夫婦が笑いながら当時のことを思い出して話すたびに、楓は恥ずかしくて耳まで真っ赤になっていった。


 その様子をみて、勇介は肩を震わせて笑った。


「まあ、子供のころのことだ。でも、そのおかげで尚との再会が今回みたいに楽しいものになったんだから、結果オーライだろう」


 勇介のいい加減な発言に、美和は呆れたように彼の背中を軽く叩いた。


 一方、尚はそんな楓の予言の話を聞いて、思わず微笑んでいる。不思議と、楓の予言が自分を温かく包み込んでいるような気がしたのだ。





 

 楽しい食事は終わり、麻衣たち馬場家の人たちに別れを告げると内藤家は車で家路についた。後部座席に並んだ尚と楓は、静かな空気を共有していた。


 車窓の外では、夕闇が徐々に街を包み込んでいく。燦々と輝いていた太陽も、今ではすっかり姿を隠し、代わりに街灯が一つ、また一つと灯りを放ち始めた。街灯の光が、車内に差し込み、尚と楓の穏やかな表情を照らし出す。


 そっと、楓が尚に寄り添うように囁く。


「よかったね」


 街灯の光に照らされた楓の横顔を見ながら、尚は耳元で小さく頷きながら、柔らかな声で答える。


「ありがとう。でも、別に元々そんな大した話じゃないんだよ。もっと不幸な人はもっといるし……」

「また、そういうことを言う」


 楓は尚の言葉に、少し不満げに口をとがらせる。

 だが、今は尚の気持ちも分かる。細かいことは言わず、にんまりとした笑みを尚に向けた。


「でも、馬場の家では愛されていたんだなと分かって安心した」

「うん、そうだね、どんなに感謝しても足りないね」


 尚の穏やかな表情に、楓も優しく微笑む。そんな彼らの間に、一瞬の沈黙が流れる。

 けれど、その静寂は楓の力強い言葉によって払拭された。


「負けないから!」

「え?」


 尚が思わず聞き返すと、楓は自信に満ちた笑顔で言葉を続ける。


「前の家の方が良かったなんて、絶対に思わせない」


 困惑の色を隠せない尚だが、楓の瞳には揺るぎない決意が宿っている。


「うちに来てもらうからには、家族として温かく迎える。幸せにしてみせるから、覚悟しておいて!」


 少し厳しげな口調とは裏腹に、楓の言葉には優しさが滲んでいた。


「う、うん。覚悟します」


 尚は少し照れくさそうに答える。

 なんとなく気がつきはじめていたけれど、クールに見えていた楓が、実は情熱的で心優しい人だと分かった。


「とりあえず名字を一緒にしよう。まずは形から……でもちゃんと家族になろう」

「うん。そうだね」


 楓の真剣な眼差しに、尚の心は強く揺さぶられる。

 ただの居候でいいと思っていた自分が、恥ずかしくなってくる。


「な、何、お母さん?」


 助手席から聞こえた由香の楽しそうな笑い声に、楓は我に返る。


「ううん。なんでも無いけれど、聞いていると、まるでプロポーズみたいだなと思って。どきどきしちゃった」


 後ろの座席を振り返りながらそう言った由香に、健太郎も楽しそうに続ける。


「ははは、そうだね。まるでプロポーズみたいだったね」

「え、な、何を言っているの」


 楓は慌てて二人に抗議の声を上げるが、言葉を言い終えた後で、自分が先ほど言った発言を反芻していた。


(いや! 確かにプロポーズにしか聞こえないわ)


 恥ずかしさに頬を染めながら、楓は父に矛先を向ける。


「これはお父さんが、言うべきことなのよ! ちゃんとしないから私がいう羽目になっているんじゃない」


(実は熱血で、でも少し面白い人だなあ)


 尚は微笑みを浮かべながら、そんな必死で弁明している義妹の姿を眺めていた。

 夜空を見上げながら、車は家へと進んでいく。星々が尚の過去を洗い流してくれているようで、彼の心は希望で満たされていった。そして車は、温かな家へと静かに進んでいった。


 

 少し役所の手続きは面倒だったが、馬場尚は、内藤尚に名前を変えることになった。

 日常は一見変わらぬままだったが、尚と楓の間には微妙な変化が生まれているのをお互いに心の奥底で感じていた。

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