第4話 楓の勘違いと麻衣との再会

 春の陽光が差し込むファミレスで、内藤楓は親友の小林美咲と山本真由美と楽しげに会話を交わしていた。カラフルなパフェを前に、三人の笑い声が店内に響き渡る。

 高校生活が始まってしばらくたっても、変わらない3人の光景だった。


「そういえば、楓ちゃんはお義兄さんとはどうなの?」


 ふとした話の流れで、美咲が楓に尋ねた。その瞳には好奇心の炎が灯っている。


「どうって……普通に暮らしているけれど……」


 楓は曖昧な返事をする。この数日で普通に話すようにはなったけれど、心の距離はまだ埋まらないもどかしさを感じていた。


「あ、私、お義兄さんと同じクラスになったの」


 真由美が手を上げて報告する。楓はしかめ面になり、美咲は興味深そうに目を輝かせた。


「名字は馬場のままなんだね」


 真由美が探るように尋ねると、楓はゆっくりと説明する。


「別に名字は一緒にしなくてもいいらしいよ。法律的にも、本人の気持ち的にも。詳しいことは分からないけれど」


「ふーん」


 真由美はそれ以上追及せず、グラスに口をつける。


「え、あれ? 楓ちゃんは? 真由美やお義兄さんと同じクラスじゃないの?」


 美咲が目を輝かせて聞くが、楓はつまらなさそうに答えた。


「別のクラスよ」

「なんでよー。こういうのは、同じクラスになってどきどきしつつ、学校のイベントをこなしていくうちに親密になっていくものでしょう」


 美咲は自分の好きな漫画みたいな展開にならないことを不満げに言う。楓は『興味ないし、そんなこと言われても仕方がないじゃない』という態度だったけれど、内心では同じクラスになれなかったことを残念に思っていた。


「どう? どう? 楓ちゃんのお義兄さんどんな感じ?」


 美咲は話題を真由美に振る。真由美は考え込むように目を細めた。


「そうねえ。地味で黒縁メガネ……あと、髪型が変ね」

「へえ。そうなんだ」


 真由美のその話を聞いて、美咲の声に露骨なテンションの低下が感じられる。


「でも、素材は悪くないと思うのよね。髪は寝癖なのかな。楓が毎朝直してあげればいいんじゃない?」


 真由美の提案に、楓は顔を赤らめた。


「何で、私がそんなことしなくちゃいけないのよ」

「えー。でもお義兄さんと仲良くなりたいんでしょ?」


 美咲のにやけた表情に、楓は言葉に詰まる。


「知らないわよ。あいつ、気がついた時にはもう学校に行っちゃっているんだもの」


 言ってから、まるで一緒に登校したがっているみたいだと気づいて、楓は恥ずかしくなるのだった。




 

 真っ青な春の空の下、楓は真由美と美咲と別れ、ゆっくりと家路を辿っていた。


「あれは……」


 真由美と美咲と別れて、家へと戻ろうとする楓の前に先ほど話題になっていた人らしき姿が見えた。


「馬場くん」


 呼びかけて気がついてもらえるのにはやや距離がある。


 外では他人のふりでいいと思っていたけれど、今は無視するようなことはしたくない。嘘もつきたくはない。せっかくだし、親しく本物の家族になりたいと思っていた。


(昨日の話のせいかな)


 昔の家では虐待みたいな扱いだったという話を聞いて同情しているのかもしれない。

 そんな人たちと同じだと思われたくないので、迎え入れて親しくしてあげたいと思い歩く足を速めた。


(な、なかなか追いつけない)


 小走りをしてみた結果、足の傷が痛むので時々、少し道の端で休みつつ歩いていた。

 ふと、見慣れない少女の姿が目に入った。どこかで見た覚えのある制服だ。

 

 (昨日の女の子……?)

 

 昨日も我が家の前で家の様子を窺っていた女の子だ。

 

 少し身を隠しながら尚を追跡しているその女の子を、楓は同じように少し身を隠しながらついていった。

 変な光景だったけれど、尚の後をつけているのは間違いがなさそうだった。


 (……もしかしてストーカー? ……昔の彼女とか?)

 

 そう疑った楓は、家の前まで来ると駆け出して咄嗟に少女の腕を掴んだ。少女が驚いて振り返る。潤んだ瞳が、楓を見つめていた。

 

「うちのばば……尚くんをつけてましたよね。どういうご関係ですか」

 

 厳しい口調で問い詰める楓に、少女も負けじと食ってかかる。

 

「わ、私は尚くんの義妹です! 他人にとやかく言われることはありません」

「は? 私が義妹なんですけれど」

 

 楓は思わずムキになって声を荒らげる。

 自分になりすまそうとしている詐欺師なのかもしれないと思った。

 

「お兄ちゃんの家に、あなたみたいな人はいないはずです」

 

 楓は少女に変な否定をされて怒りつつ、困惑していた。

 

「……なるほど、分かったわ。あなたが、尚くんのことを虐待していたっていう家の妹ね!」

 

 瞬時に名探偵のような推理を下す楓。少女の目が驚きで見開かれる。

 

「ぎゃ、虐待? 私が? 私はお兄ちゃんのことが大好きです! そんなことするはずがありません!」

 

 二人の激しい応酬は、いつの間にか家から尚と由香を呼び寄せていた。

 

「麻衣? どうしてここに?」

 

 尚が真っ先に声をかけたのは、麻衣と呼ばれた少女の方だった。

 楓は思わず『あれ?』と疑問符を浮かべる。


「知り合い?」

「うん、前の家の義妹」

 

 尚はどういうことだと思いながらも冷静に答えた。

 

「……馬場くんを虐待していた義妹なんじゃないの?」

「え? いや、麻衣はそんなことはしないよ」

 

 娘の勘違いを悟った由香は、優しく楓の肩に手を置き、事情を説明し始める。

 

「楓。人の話はちゃんと話を聞きなさい。尚くんは、ご両親が亡くなって引き取られた家たちで……酷い扱いだと聞いたから、その後うちと馬場さんのところで面倒をみることにしたの」

「ん?」

「この娘は、馬場麻衣ちゃん。勇介さんのところの娘さん。尚くんとも仲良しよ……ね?」

「あ、はい」

 

 尚と麻衣は素直にうなずいていた。

 楓からすれば、そんな素直に仲良しだと言える兄妹がちょっとうらやましかった。

 

(つまり、虐待……らしいことしてしたのは、前の前の家で、この子は前の家の妹さんっていうことかな)

 

 どうやら勘違いだったらしいと楓も理解した。麻衣は尚と親しい義妹で、ずっと彼のことを心配していたのだと。

 

「麻衣さん。ご、ごめんなさい。勘違いでした」


 顔を真っ赤にして頭を下げる楓に、尚が微笑みかける。

 

「でも、僕のことを思って怒ってくれたんだよね。ありがとう」

「そ、そういうんじゃないから」

 

 じゃあ、どういう気持ちだったのかと言われると楓も困ってしまうけれど、尚はそれ以上追求しなかった。

 由香は娘の様子を見て、にこやかに微笑んでいた。

 

「そもそも二人は何回か会ったことがあるでしょ。はとこなんだし」

「えっ?」

 

 その言葉に、楓と麻衣は二人とも驚きの表情を浮かべる。

 完全に忘れていた楓と違い、麻衣は別のことで驚いて改めて楓の顔を見ていたのだった。

 

「も、もしかして、楓お姉ちゃん?」

 

 麻衣が食い入るように楓の顔を見つめる。記憶をたどるように、ゆっくりと口を開く。


「え、そうだけど……」

「わー。昔は前髪ぱっつんな黒髪だったから分からなかった……」

「ま、まあ、こっちが地毛なんだけれどね……」

 

 照れくさそうに髪をかきあげる楓。麻衣は一気に親しみを込めた目で楓を見つめ始めた。

 

「すごいおしゃれな女子高生って感じで綺麗! 昔は、不思議ちゃんだったのに」

「え? 不思議ちゃん? 誰が? 私?」

 

 記憶を手繰り寄せるように目を細める楓。由香は吹き出しそうになるのをこらえているようだ。

 

「なんとかの巫女さんって名乗っていたじゃない。このままだと一族全員が不幸になると予言していたりしたから……」

「あああ」

 

 恥ずかしい過去を思い出し、楓は思わず頬を手で覆った。尚は困惑した様子で二人を見つめている。

 

「ふ、不幸?」

「なんでもないの。子供の頃の話だから」

 

 困り果てている娘を見て、由香が空気を変えるように、明るい声で提案した。

 

「ねえ、せっかくだから麻衣ちゃんも一緒にお茶でもしない?」

 

 そう言って、由香は麻衣の手を取り、家の中へと導いていった。尚と楓も、ついていく。リビングに座り、由香が淹れてくれたお茶を囲みながら、四人は和やかに会話を交わし始めた。

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