第3話 楓と友達の勘違い
「なるほど……それは最悪だわ」
「新しい家にやってきて、不安な少年を傷つけるなんて……」
楓の友人の美咲と真由美は深刻そうな表情で、楓が渋々と話してくれた新しい義理の兄、尚との出会いについて思いの外、辛辣な感想を述べていた。
いつもは天然なところがある美咲と、おとなしい真由美が同時に楓を責めるのは珍しい光景だった。
「いや……ちゃんと謝ったから……ちゃんとかどうかは色々だけれど」
楓は歯切れの悪い言葉で言い訳した。
「これは、少年漫画のパターンね。残念ながら楓ちゃんは負けヒロインルート確定だわ」
本当に反省はしてへこんでいるらしい楓のことを、友人2人としてもこれ以上、口を出すものではないと思ってあくまでも冗談として茶化して笑っていた。
「何それ?」
楓もぷっと吹き出してようやく笑顔になった。
「だってそうじゃない? 男の子向けだと、幼馴染みとか義妹とか負けヒロインが多いでしょ?」
美咲は、漫画やゲームへの豊富な知識を披露して解説する。
「そんなことないでしょ。幼馴染みはともかく、義妹は最強でしょ?」
楓はちょっとむきになって反論する。
美咲のくだらない話にのってあげたといういつもの感じなのだけれど、今日はちょっとだけ本気っぽいなというのが横で観察している真由美の感想だった。
「いえいえ。男子は、ある日空から降ってくる女の子が大好きなのですよ」
「空から降ってくる女の子が本当にいたら、それは私でも夢中になるわ」
美咲の突拍子もない発言に、三人は大声で笑い合う。
「でも、ミステリアスな謎の転校生くらいならあるんじゃない?」
「え、でも、それなら義妹の方が強くない?」
楓はつい強めに反論してしまって三人の間に、少しだけ変な間が生まれてしまうほどだった。
「いやいや、別に私は新しい義兄と恋愛したいわけじゃないから」
妙に漫画の義妹ヒロインの立場に、肩入れしているみたいな自分が恥ずかしくなって、楓は慌てて手を何度も小さく振った。
「まあ、そりゃそうだよね。同年代とはいえ、ろくに話したこともない人なわけなんて嫌だよね。赤の他人だよね」
真由美は冷静な意見を言いつつ、何か反論したそうな楓の様子を内心では楽しそうに観察していた。
「でもでも、お風呂場でばったり出会って、上半身裸のお義兄さんにドキドキしちゃったとか……ないの?」
ときめくエピソードに憧れる美咲は、諦められないようでまだ食い下がっていたけれど、楓はゆっくりと首を振って否定した。
「ないわ。全然ない。めっちゃ気を使われてる。お風呂は早朝に入ってるみたいだし」
「楓が嫌味を言うから、怯えちゃったんじゃない?」
「そんなことは……ないと思うんだけれどなあ」
そうは言いつつも楓は、初日の反応は不味かったなあという反省があるので否定もしきれずにしばらく悩んでいた。
ファミレスを出て、2人と別れて家までのいつもの道を歩きながら、尚のことを考える。
(せっかく家族になったんだし、もう少し打ち解けたいな)
そう思いながら歩いていると、家の前で一人の少女が楓の家を覗き込んでいるのが目に入った。見覚えのある制服だが、楓の学校のものではない。
(誰だろう……)
しばらく後ろから様子を観察していたけれど、そのまま我が家を見ていて移動する様子もない。
「あの、何かご用ですか?」
見られたまま玄関に入るのにも気になるので、楓は少女の後ろから声をかけてみた。
「ひえ」
振り返った少女は、楓の顔を見て驚いて逃げ出してしまった。
何だったんだろうと首をかしげながら、楓は家に戻った。
「ただいま」
「あ、おかえり」
玄関でリビングから出てきた尚と出くわした楓は、話しかける言葉を失ってしまう。早足で自分の部屋に向かおうとする尚に対して、楓は思わず言葉を投げかけた。
「そんなに避けなくてもいいじゃない」
口を尖らせて言ってから、楓は後悔する。
またしても余計なことを言ってしまった。
そう思って後悔したけれど、尚は穏やかな表情で振り返った。
「あ。内藤さんは、今、学校から帰ってきたところで自分の部屋にとりあえず荷物を置くところかなと……」
「そう……だね」
尚は特に不快な顔などはせずに穏やかな表情のままで、足をとめて、楓に説明をしてくれる。
「その……スカートも短いし、階段を後ろからついていったりしては駄目かなと……だから先に上に行っていようと……」
「……なるほど。気にしてくれてありがとう」
露骨に避けられたわけではないことが分かって、楓はちょっとだけ安心した。
「じゃあ、お先にどうぞ馬場くん」
「あ、うん。ありがとう」
階段に向かってちょっと大げさに手を広げながら、先に階段を上ることを促した。
「さっきの不快だったらごめんね。こういうの妹がうるさかったから」
尚が階段を上る一段後ろについて楓も階段を上がっていた。
「妹? え? ああ、『私がいる階段の下に立たない』でみたいなことを言われたってことかな」
「うん。前の家の妹ね」
楓は一人っ子だから、兄妹間のルールというものを考えたこともなかった。階段を上りきって自分の部屋の前で、楓は尚に話しかける。
「わ、私こそごめん。……家族が増えて嬉しいと思っているか……」
話かけるのに、躊躇している間に、尚は自分の部屋に入ってしまった。廊下に一人取り残され、楓は尚の部屋に手を伸ばすが、虚しく宙で止まってしまう。
「おかえりなさい、楓ちゃん」
荷物を置き、着替えてリビングに降りると、母親の由香が笑顔で迎えてくれた。
尚はいない。部屋から出た物音がしなかったから分かっていたけれど、楓としては残念な気持ちでソファに腰掛けた。
「楓ちゃん。真由美ちゃんとさっさと先に行っちゃうんだもの。せっかくの入学式なんだから三人で写真を撮りたかったのに」
「恥ずかしいから。いいじゃない、息子ができたんだから」
楓はそう文句を言いながら、尚には悪い気持ちにもなっていた。
(男の子の方が、母親と一緒とか嫌そう)
実際には尚が嫌がっていないのを楓も見たけれど、『むしろ、実の母親でないとその辺は恥ずかしくないのだろうか』とか『どちらにしても由香に頼まれたなら断りにくいだろうか』とか考えていた。
「そうね。ずっと一緒にいてもらったし、帰りもスーパーからお米を持ってもらっちゃった。息子がいる生活もなかなか良いものよね」
「そう。良かったわね」
楽しそうに母親が言うのをちょっとすねたように楓は受け止めていた。
「なんで、馬場……尚くんは、うちに養子に来る約束になっていたの?」
あまり話したくなさそうな雰囲気だったので今までは深く聞かなかったけれど、ちゃんと聞いておこうと楓は立ち上がり母親と向かい合った。
「小さい頃に両親が事故で亡くなって……。お祖母さんに引き取られたのだけれど、すぐに追い出されて……次に引き取られた家はもう虐待に近い扱いだったみたい。両親にも、兄や妹にも酷い扱いを受けていたみたい」
「妹……?」
ぼそりと楓は呟いた。そう言えば、さっき階段で尚が妹との話を思いだす。あれは微笑ましいエピソードだと思っていたが、実は立場が弱くて色々と強制されていたのかもしれない。
「だから、うちのパパと勇介さんのところと話し合って、山縣の家から尚くんを引き取ることにしたのよ」
「ふーん。そうなんだ」
勇介って誰だっけ。
親戚のおじさんの名前だったかなと思いながら、楓はうなずくとソファに座りなおした。
母の説明に、楓は複雑な思いを抱きながらも、尚に同情する気持ちも芽生えていた。
せめてこの家では、尚に平穏な生活を送ってもらいたい。
そう心に誓いながら、立ち上がった。
(そう言えば、もしかして……自分の部屋があるのって初めてだったのかな……)
自分の部屋に戻る前に、奥の尚の部屋をじっと見る。
ノックして、話してみようかとも思ったけれど、物音も何も漏れ聞こえてこない静かな尚の部屋へと向かう勇気がなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます