第12話 スカウトと忘れ任務
2人の傷がすっかり癒えた頃、事務所のドアがドンドンと叩く音がした。
サイキは新たな依頼者が来たと思い手早く身支度をし、営業スマイルでドアをゆっくり開けた。
「いらっしゃい。どうぞ中にお入りください……」
「憲兵隊だ≪ポリゴンファクトリー≫のサイキか。社長直々に出迎えてくれるなんてありがたい。お前に話が……」
サイキは咄嗟に扉を閉めてしまった。相手方の服装に身に覚えがあるからだ。憲兵が来たのだ。
マリドニア憲兵隊。主に国内の治安維持部隊の親玉、制服は本で見たことがある。こんな場末の便利屋に憲兵が来るだなんて嫌な予感しかしない。
ただでさえ、弟を学校に通わせたばっかりだというのに。とりあえず重要書類を隠していると勝手にドアが開いた。いや開けられたのだ。
逮捕されるのも時間の問題かと思い、サイキはしぶしぶ兵隊を通したのだった。
応接室のソファには2人の憲兵が座っている。1人は人間の憲兵おそらく上官だろう。年は20代後半、人間には珍しい白い髪をしている。瞳はエメラルドのような鮮やかな緑、顔立ちも全体的に整っていて人間からしてみればモテる部類だろう。もう1人は公職では珍しいハーピーの女性憲兵だ。飛ぶために袖がない制服を着ている限り、オーダーメイド品なのだろう。そっちはサイキを警戒のまなざしで見ている。
「先程はどうも驚かせてしまって申し訳ない。私たちはあなたに会いに来たのです。」
ルビリスと名乗る憲兵はここの険悪な空気をまるで関係がないようににこやかにわたった。
「会いに来たって拘束か重要参考人で連行か」
サイキは強がりの軽口をたたいた。
「いいえ。単刀直入に言います。サイキさん、私の部隊に入ってみませんか?」
あまりの突然の告白にサイキは単眼を白黒させていた。仮にも天下の憲兵隊が裏社会で生きる自分を勧誘するというのだ。裏があるどころの話ではないびっくりしているサイキをよそに彼は続けた。
「あなたのお父様のことでお話があります。私の身の上話とかぶりますがあなたのお父様と私の父が革命を引き起こしたかの伝説的なテロリストを倒したと聞いております。ぜひそのご子息を我が部隊に勧誘しようとしたわけです。」
とたんにサイキの顔から焦りが消えた。今になって父のことを掘り返してくるやつがいるなんてと思い冷静になれた。
「あんたたちの目的は分かった。でだ、その勧誘に弟も含まれるのか?」
想定外の質問があったのは彼は少し固まる。まだまだ世間知らずなところがあるのだろう。
「俺がその勧誘を受けたらこの会社はどうなる?小さいながらも弟たちとやってきた。会社をみすみす失うわけにはいかない」
サイキの追撃は続く。
「あんたの都合だけ話を飲むわけにはいかない」
彼も部下に軽く肘うちされたのか態勢を整える。
「ですがわかりましたとは言えません。父からあの夜のことの仔細を聞いております。だからこそあなたを勧誘したいのです。弟さんに関しましてはできるだけ支援したいと考えております。」
「諦めが悪いな」
「諦めが悪いのが憲兵ですから。じゃあ条件を出します。とりあえず貴方をお試しで雇います。そこで1回でも弟さんを頼ったらこの話は無しということにしましょう。それでいいですか?」
「ずいぶん強引だがいいぞ。弟たちの学費が支払えるなら約束していい。で仕事持ち込んできたんだろうな?」
「あなたのお父様の残された仕事を引き継いでほしいのです」
それまで笑顔だった彼の表情が曇る。
「内容は我が国の王族の隠し子の居所を掴み、保護すると言うものです」
マリドニアの王族は革命でかなりの数が民衆によって処刑されていた。そこに隠し子の情報が入ると国を挙げてのスキャンダルとなる。
そうなる前に憲兵隊を使って隠し子たちを保護しようという魂胆なのだろう。おそらく居所も革命と戦争の混乱で掴めなくなったのだろう。
その日の夜、サイキはシーカに昼間のことを話した。シーカはどこからか仕入れてきたのか隠し子の件までわかっていた。さすがは情報屋というところだ。
「学費のためとはいえ、相談ぐらいはしてほしかったぜ」
「悪かった」
「じゃあ、この資料借りていいか?この件だったら情報屋繋がりで心当たりがある。この件は任してもいいか?それでも2日ほどかかるが」
「わかるのか?頼んだぞ。シーカ」
サイキがそういうとシーカは急いで荷造りを始めた。シーカの提供する情報はどれも信用できる。サイキは弟を信頼した。
朝起きると、シーカの姿はなかった。もう出かけたのだろうか。サイキはシーカのことだと信頼して事務仕事に取り組んだ。
2日後の早朝、シーカは帰ってきた。手には資料を携えながら。
「ただいま、兄貴隠し子の居所掴んだからさっさと行こうぜ」
コーヒーを飲んでいたサイキの背中をバンバン叩きながらシーカは兄を急かした。
2人はルディス駅につくと意外な人たちを目にする。2日前に会ったあの憲兵たちだ。
「サイキさん。おはようございます!そちらの方は?」
「弟のシーカ。ああそうだ。勧誘の件なんだが弟に情報頼んだからあの話は無しだ。俺たちは隠し子の元へ向かう」
「もう見つかったのですか?ちょっと待ってください!私たちも同行します」
部下の制止も効かず、彼は通信魔法でどこかへ連絡した後サイキたちの乗る列車に乗り込んだ。
列車の座席はサイキとシーカ、その2人に向かい合うようにルビリスとその部下のハーピー女が座っていた。
「情報を聞きつけたのは確かですか?」
先に口火を切ってきたのが彼だった。サイキより先にシーカが口を開いた。
「隠し子の件だろ。情報屋仲間でそこそこ有名になっていたから調べはある程度ついてんだ」
「俺もさっき知った。バレス県のプレヤ山麓の塔に幽閉されている。お前らはどこまで知っていた。請け負った仕事だからな最後までやらなければいけないからな」
「隠し子のことも調べはついているのか」
「聞きたいか?世間知らずの坊ちゃんには刺激が強すぎると思うぜ」
「貴様……!」
狭い車内でハーピー女が襲い掛かろうとしたが彼は彼女を制した。
「大丈夫だ。シーカくん……だっけ?続けてくれ」
「親父はあの隠し子を始末するつもりだった。でもテロ事件でそれどころじゃなかった。隠し子の出生的に王族直々で暗殺以来でも出していたのだろう」
「始末……?」
「あの隠し子は革命以前に王族同士つまり近親でできた子なんだ。いくら王権が強かった時代でもその子の存在はスキャンダルとなるはずだったが政情的にすぐには始末せず幽閉した。テロ事件の後に始末するつもりだったんだろう、親父は」
シーカはさらっと衝撃的なことを言ったのにもかかわらずカバンからオレンジを取り出し何事もなく食べ始めた。
彼らは言葉を失っていた。まさかに事実にどう返していいのかわからなかったからだ。
ルディス駅から半日、さらに馬車で4時間プレヤ山のあたりはすっかり暗くなっていた。
サイキたちは幽閉されている塔へ足を運んだ。塔には王族が住んでいるにもかかわらず見張りが見当たらない。シーカはそこも織り込み済みだった。
それでも4人はひっそりと中に入り、隠し子のいる最上階を目指した。
階段を上った先に扉がある。サイキが慎重に開けるとそこには月明りに照らされた少女がいた。
「ターゲットは確認したからさっさと始末しようぜ」
「待ってくれ!その子は保護する方針だ!」
「何もできなかったやつが漁夫の利を狙ってんじゃねえよ。見てみろよ、この女俺たちが部屋に入って騒いでいるのに気づきもしない。まあ近親の果てだ。いろいろ不具なところもあるから親父に依頼したんだろうな」
シーカは2人に向かって冷たく言い放つ。サイキは拳銃を取り出すと少女の頭に鉛玉をぶち込んだ。
「お前さんのお父様が親父のことをどう言ってたかは知らない。でも親父の仕事は王族に都合の悪い存在をこのように消す仕事だったんだ。残した仕事だったからな、ちゃんと遂行してやらないと」
サイキとシーカは少女の遺体を片付けながら塔を後にした。憲兵の2人はただ淡々と作業していく光景を見守ることしかできなかった。
帰りの列車内、ルビリスはまだ起きているシーカに声をかけた。
「どこであの情報を手に入れた?」
シーカは隣で寝ているサイキを横目に
「教えない。あれは結構有名だったからすぐにわかっただけ」
「まさかとは思うが噂話程度なら聞いたことがある。すべての情報が行き着く民間の情報機関『蜘蛛傘連盟』が存在するとまさか……」
そう言いかけたときシーカは彼の唇に指を置いた。
「それ以上はやめときな。坊ちゃん。命取りになる。そもそも兄貴に負けただろ、敗者に言い残すことはない。探りを入れるならすべて失う覚悟をとるんだな」
そういってシーカはサイキを起こすとルディス駅に降りた。2人が電車に乗っていく姿をルビリスたちはただ見守ることしかできなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます