第9話 産婆を訪ねて街千里

ある夏の日差しがいやに強い日に≪ポリゴンファクトリー≫に依頼者が駆け込んできた。


依頼人は顔が見えない、というか透けている。いわゆる透明人間ってやつで名前はシュウラ。表の世界で銀行員をしていてそれなりの社会的地位にいる人外だ。


そんな奴がなぜ裏の世界にも顔を突っ込んでいるサイキたちに依頼を出したのか。理由を聞くと切羽詰まった回答が出てきた。


「産婆さんを紹介してほしいんです!今までお世話になった産院が閉業……てか夜逃げ同然みたいに消えちゃって、困っているんです!助けてください!」


久しぶりというかあまりにも突拍子もない依頼にサイキ一同固まっていた。民間人から依頼を受けることはあっても依頼内容はだいたい不倫の証拠集めやストーカー対策ぐらいで産婆を紹介してほしいというのは初めてであった。


気を取り直したサイキは手帳を見て社員たちのスケジュールを確認し、依頼者に任せてと言わんばかりに胸をたたいた。


「おまかせください!シュウラ様!このシーカにどうぞお任せしてください」


とサイキは後ろにいたシーカを紹介する。シーカはすでに地図を持っており、仕事の準備に取り掛かっていたがいきなり紹介されてびっくりした。


「このシーカが産院を探してまいりますので、どうか事務所で休んでください」


「妻は臨月でいつ産気づいてもおかしくないので私もご同行させてください」


終始顔がないのに圧が感じられてサイキたちはすごすごと了承した。


事務所の外は強い日差しが降り注いでおり、透明人間のシュウラにもよく見るとうっすら汗が浮かんでいるのが見えた。


対照的なのは夏にも関わらず詰襟みたいなハイネックの長袖を着こんだシーカがシュウラを見ずに地図を見ていた。シーカは顔を挙げて


「シュウラさん。この近くの総合病院に連絡しましょう」


2人はルディアの総合病院に行き産婦人科に直接問い合わせた。


しかし返答は思ってもいないものだった。


「申し訳ございません。その件は受け付けておりません」


いきなり頼みの綱が切れられたではないかとシーカは頭を抱えた。シュウラもわかっていたのかがっくりと肩を落としているように見えた。


受け入れてもらえる産院を探して2人の脚は次へと向かった。


次は商店街近くの町の産院だ。ここなら大丈夫かもしれないと思ったが、


「うちは透明人間の診療取り扱ってないから。責任取れないよ」


「透明なやつなんてそこまでマイナー種族じゃねえだろ?なんでダメなんだ?」


「出産は何かあるかわからんだよ。透明な赤ん坊なんて怖くてできないって」


あまりにも無責任なやつだ。シーカが反論しようとしたところシュウラがシーカの服を引っ張って産院を後にした。


服を引っ張られて出ていったシーカは近くの公園のベンチにドカッと座った。


「あーなんで見つからないし受け入れてくれるとこ全然ないしよ。ただでさえ人外診てくれるところ少ないしよ」


シュウラが汗拭くハンカチをぎゅっと握ってシーカのいうことに共感するようにシーカの隣に座った。


「そうなんです。透明人間を診てくれるところなんてそうそうありません。それは分かっていました。」


静かにどこか重い雰囲気があるシュウラにシーカが同情的な言葉をかけた。


「確かによ、表の世界には人外を診てくれるところ少ないしな。だからといって裏の世界の医者はピンキリだしギルドの息がかかっているところもあるから紹介はしたくないんだよな」


「確かに私も銀行員になれたのも革命が起きた後でした。透明人間という人間さんからみた偏見を受けたのは昔のことではありません。いまでも透明人間は盗みをする種族だと今でも言われます」


「まぁ俺たちみたいな人外が就職しやすくなったりしたのはつい最近だしな。それでも産むと決めたんだろ」


「はい、だからこそこれから父親になるのでなおさら頑張らないといけないなって」


シーカはどこか感心したような顔を浮かべながら


「なら産院探しの続きをしようか」


シーカが立ち上がり、いよっしゃと腕を上げて気合を入れているとシュウラが声をかけた。


「あのーその前にご飯にしませんか?なんかお腹すいちゃって」


シーカは足元から崩れ落ちた。


食堂でシーカとシュウラがテーブルで地図を広げながら作戦会議をしていた。


出されたパスタの味は二の次に栄養補給のように口にかっ込みながら2人は地図とにらめっこしていた。


午後になり作戦通りに効率的に病院をしらみつぶしに尋ねていったがどこも受け入れてもらえなかった。


「2時間かけたのに1件も見つからないってどうしてなんだ!」


シーカが不機嫌になり、地面を蹴った。いよいよ危ないと思ったのかシュウラも見えない顔を青くし始める。


シーカは街の地図からマリドニア全土の地図を広げてシュウラに言った。


「これ以上だと国出て産院探したほうがいいかもしれないな。隣国にもいく準備はしといたほうがいいかもしれんぞ」


その時だった。


シュウラの頭上に紺色の鳥が現れて何か叫んだ。


「うわっ。誘導鳥かよ、びっくりした」


「すみません。なにか妻からの連絡みたいで驚かせてすみません」


透明人間には生涯に1度まわりに存在を知らせるための紺色の動物がいる。なかには鳥の姿をしていれば、犬や猫の姿をしていることがほとんどだ。家族と誘導動物を介して遠方でもコミュニケーションをとることができる。


シュウラの誘導鳥は頭上でけたたましく衝撃的なことを叫んだ。


「ハスイ!ハスイ!」


緊急連絡だった。シュウラは慌てていたが場数を踏んでいるシーカはシュウラの腕を引っ張り走り出した。


「まずいな。もう時間がない。手段は選ばんぞ」


「地図だともう残り1件しかないですよ!」


「なりふり構ってられない。最終手段をとる!」


「えっ?最終手段って?」


「脅す!無理やりやらせてもらうこっちにはナイフあるからな」


「ええーーーー」


街はずれにある個人経営の小さな産院に大の男2人が駆け込んできた。


シーカは大声で頼んだ。


「頼む!透明人間の子供が生まれそうなんだ!お産を手伝ってくれ!」


中にいたのは毛糸で編みものしていた人間の老婆だった。


「なんだい騒がしいねえ。そんな大声出さなくても聞こえるよ」


小言を言いながらも老婆は出産のための手際よく準備をしていく。


「あ……あの診てくれるんですか」


「冷やかしかい?ああそうだあんたら」


「なんだばあさん?」


「透明人間ってのは人間と作り変わらないんだって?」


「は……はい!」


「じゃあいくよ!あたしゃ妊婦の味方だからね。さっさと馬車用意するんだよ!」


「もう準備した!この距離ならあんたを担いで行ったほうが早い!」


「その案で行くよ!さっさとアタシをおぶるんだよ!」


シーカは老婆をおぶって、産院を出た。シュウラは老婆の指示があったのか先に自宅へ戻ることになった。


シーカたちは誘導鳥でシュウラ邸へ向かった。


シーカは走りながら老婆に尋ねた。


「婆さん、計画はあるんだろうな?」


「経験だよ」


「それだけじゃ心許ない。俺の魔力をあんたの眼に流し込む。そうすれは透明人間を一時的にでも視ることができる」


「最近の人外さんは器用なんだねえ」


「そりゃどうも」


軽口をたたいているとシュウラ邸に着いた。


すでにシュウラがお湯などの準備をしていた。老婆は老人とは思えないほどのスピードで着替えていく。


準備のできた老婆にシーカが合図を送る。


「いいか、婆さん送るぞ」


「いつでも来なさい」


シーカの指が細い細い枝のように変形した。枝は老婆の目元に魔力を流し込んだ。


そこからは母と子の戦いだった。叫び声をあげるシュウラの妻、それに答えるかのように

激励する老婆の声。その気迫に男たちはただ見守ることしかできなかった。


長い時間がたったのだろう。ついに産声が上がった。


姿が見えないが男児らしい。


新たな命の声に老婆は


「めっちゃ安産」


と言ってきたが、シュウラ夫妻には待望の赤ん坊が透明な両手に抱え込まれていた。


彼は老婆にお礼を言った。


「ありがとうございます。なんとお礼を申し上げればいいのやら」


「お礼を言うのはアタシじゃないよ。奥さんに言いな。すごく頑張ったんだから」


老婆はきっぱりと言いシーカにお礼を言った。


「なあアンタもよくやってくれた。何十年もお産やっているけどいい風景だ」


「俺も初めてだ。家族って良いな」


「それに……」


「それに?」


「人外の視界もいいもんだ。みんないい笑顔が視えるんだからさ」


老婆のまなざしの先には家族3人仲睦まじく抱き合っている透明人間の姿があった。


シーカは老婆の魔力酔いに気を付けながら


「婆さん魔力切れたらめまい起こすと思うから病院には行けよな」


「老い先短いババアの眩暈なんていつものことだよ」


「あのシーカさんこちら報酬です。サイキさんにもよろしくお伝えください」


シュウラは現金の入った封筒をそれぞれシーカと老婆に渡す。老婆はシュウラが用意した馬車に乗って帰っていった。


シーカも受け取った後事務所へ帰路についた。


「ただいまー」


シーカが帰るとサイキはおらず応接室でシラゴとロドクが新聞のクロスワードをしていた。いつもなら叱るのだが今日の出来事に機嫌がよかったのか2人を無言で抱いた。


「なんだよ、シーカ兄さん」


「どうしたの?いきなりだねシーカ兄ちゃん」


不思議がっているもののどこかうれしそうな弟たちを横目にシーカは報告のためにタイプライターを打つために机に座った。





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