第2話 Bitter-Sweet(2)
「・・だと思ったんだけどね、」
萌香は昼休みに時間がなかったので、社食で簡単にランチを済ませようと思っていた。
午後の会議に遅れてはいけないと思い
焦っていたせいか、食べ終わった途端周りの声が耳に入ってきた。
聞き覚えのある声・・
振り向かずともわかった。
夏希が近くにいるらしかった。
「それで。 『キクラゲ』を買いに魚やさんに行ったのね。 そしたら魚屋のおじさんが『きくらげ』なんかウチにないよって! あたし、ずううううっと昨日まで『キクラゲ』ってクラゲの仲間だと思ってて!」
彼女の声はよく通るので
会話のすべてが丸聞こえだった。
キクラゲを魚屋に・・
萌香はもうそれだけでおかしくなってしまい笑いをこらえた。
「なんだよ、それは~~」
夏希の話の相手は高宮だったようで、彼の笑い声もよく聞こえた。
「だから。 黒いクラゲっているんだな~~~って思ってたのに。 アレってなに? 結局わかんなくって買えなかった・・」
「『キクラゲ』はキノコの一種なんじゃないの?」
「えー? キノコ??? うっそ~~~。 どこがキノコなの? スーパーだったらどこ売り場???」
「どこって。 乾物とかそういうとこじゃない?」
「かんぶつ??? シーチキンとかあるとこ??」
もう夏希のボケ連発に高宮は笑いが止まらなかった。
「かんって。 缶詰じゃねーって・・」
もう萌香もおかしくておかしくてどうしようもなかった。
思わず吹き出してしまい、咳をしてごまかした。
それで彼女の存在に気付いた夏希が
「あ、栗栖さーん!! ね、『かんぶつ』って缶詰のことですよね~~~???」
そんなに大きな声で・・
萌香はもうキクラゲが海のものでも山のものでもどっちでもよくなってしまった。
そんな彼女の横で高宮は本当におかしそうに笑っている。
まるで別人。
萌香はいつものことながらそんな風に思ってしまった。
この二人が夫婦だということはもちろん社内でも知れ渡っていて
もう
ホクトの七不思議
という逸話があるとすれば
そのうちの一つに入るのではないかというほどの
ふたり。
「あ、いけない! 昨日ジャンプ買うの忘れてた!」
夏希はキクラゲの答えはもうどうでもいいようにハッとして言った。
「いいのかよ、キクラゲは。」
高宮は笑いが止まらなかった。
「栗栖さん、コレ。 順番変えた方がよくない? 今度の舞台の概要、先に持ってきた方がいいと思うんだけど、」
昼休みが終わり
午後の会議の資料をまた見直していた高宮が萌香に言った。
「え? ああ、私もちょっと思ったんですけど。 志藤取締役が先に秋の映画製作の話をもってきたほうが・・とおっしゃったので。」
高宮はしばし考えた後
「志藤さんには僕から言っておきます。 この前舞台の方の反応がイマイチだったからスポンサーにはこっちを印象付けたいんで。」
顔色も変えずにさらりとそう言った。
さっきまで
夏希のバカバカしい話で涙を流さんばかりに笑っていた人物とはまるで別人だった。
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