《密話休憩》夢のようなもの

「ああっ! やっぱり雪が降り出した!」

「やだ、ちょっと、急いで!」

「手が空く人、外! 外!」


騒がしくバタバタと動くのは、別館にある洗濯室で働くメイド達だ。

大きなからの籠を抱えて、チラチラと雪が舞い始めた外へ駆け出して行くと、物干し場に干してあった洗濯物を急いで取り込んでいく。



チラチラと降っていた雪の粒は、次第に数を増し、いつの間にか外は霞んで見える。

ここ数日、よく陽が差して所々に見えていた土色は、この勢いで降り続けばまた隠れてしまうかもしれない。


「明日中に揃えなくちゃいけない物もあるのに、乾くかしら」


室内に戻って来て、メイド達は外と山盛りの洗濯物を交互に見た。


領主夫妻が、国主主催の新年祝賀から帰って来て約半月。

上三人の子供達が長期休みの今は、一家八人が揃っていて、洗濯物の量は一番多い。

しかも、明後日には、三人は休み明けの寄宿学校に向けて出発する予定になっていて、その時の荷物に入れる衣類などを、明日中に揃えなければならないのだ。


「それよりも、このまま積もったらお嬢様達の出発は延期になるかもよ?」

「そんなに空は暗くないけど……積もる程降るかしら」

「さあ……。ま、なるようになるでしょ! 仕事するわよ!」

「そうね!」


一人が鼻歌交じりにシャツを広げると、続けて隣の台にシーツを広げたメイドが小声で歌を口ずさみ、別のメイドがそれにのってアイロンに焼けた木炭を入れた。

洗濯室は忙しいが、何やらいつも賑やかで楽し気だ。


洗濯室を仕切る古参のメイド、通称“室長”のハンナが、重いアイロンを難なく滑らせながら、太い声を上げた。


「アンタ達! 口を動かしてもいいけど、手を止めるんじゃないよ!」

「は〜い、分かってま〜す」

「「「シミは抜いても手を抜くな!」」」


一人が返事をすれば、全員が心得ていますというように声を揃えた。


ハンナは、メイド達が手を真剣に動かしてさえいれば、お喋りをしていても文句を言わない。


“仕事は楽しく。シミは抜いても手を抜かず”


それがハンナのモットーだ。

だからこそ、メイド達の鼻歌に調子外れの声でハンナが歌い始めても、メイド達は顔を見合わせて笑うだけで手は止めないのだった。




「今日も楽しそうね」

「あら、エルナ」

「前掛けをもらいに来たわ」


厨房の下女エルナが、洗濯室の入口から笑いながら声を掛けた。


料理人達の調理服は各々が休みの時に自分で洗うことになっているが、前掛けはとにかくよく汚れるので、その都度、洗濯室で洗ってもらえる。

それをまとめて受け取りに来るのは、下女の役目だ。

毎日のことなので、エルナは声さえ掛けると、室内に入って、洗濯済みの前掛けが畳んで積まれている棚へ向かった。



「ねぇ、エルナ。その後、青果業者の彼とはどうなってるの?」


一人のメイドが声を掛けると、アイロンを掛けていた他のメイド達もサッと視線を向けた。

恋愛の話題恋バナは、洗濯室のメイド達の大好物だ。


「仲良くしてるわよ? 次の休みはデートなの」


フニャと表情を緩めてエルナが笑うと、メイド達は一斉に声を重ねて騒ぎ出した。


「やだ、ノロケよっ!」

「うらやましい〜っ」

「それで、結婚とかは!?」


少し前に厨房の料理長と女料理人オルガが結婚したことは、領主館の誰もが知っている。

洗濯室のメイド達は、そのロマンスを想像して、……いや、勝手に好きなだけ脚色して盛り上がり、うっとりしたものだった。

その内容は、オルガが聞いたら頭から湯気を立てることは間違いないので、彼女達だけの秘密であるが。


エルナは白い前掛けを抱えて、首をすくめた。


「結婚なんて、そんな約束してないわ」

「え〜、してないの?」

「エルナ、結婚したくないの?」

「そういうわけじゃないけど……。うちは父さんが亡くなってるし、まだ未成人の弟もいるから私が働かないと。それに私、領主館ここで働くの好きだから、今の生活を変える気はないの」

「そうなの? でもさぁ……」


メイド達が次々と意見を述べる中、今まで黙っていたハンナが、重いアイロンをドスンと置いて振り返った。

 

「アンタえらいよ、エルナ。下女の仕事はキツイって辞める子も多いのに」


アイロン掛けの終わったシャツをバサリと振り、ハンナはフンフンと鼻息を荒くする。


「自立した女は素晴らしいね。自分の人生にしっかり向き合うのは大事さ。アタシの若い時もそうだったよ」


メイド達が顔を見合わせたが、ハンナはそんなことは気付かず、次にアイロン掛けするシャツを持ち上げて素早く台に広げる。


「今のダンナにアタシが見初められたのは十八の時で、その頃のアタシは……」



「ちょっとぉ、室長、また変なスイッチ入ったわよ」

「完全に自己陶酔モードじゃない」


エルナに一番近いところにいたメイドが、軽く顔をしかめて小声で言った。


「エルナ、もういいから行って行って」

「え? でも……」

「真面目に聞いてたらこの話、小一時間かはかるから。ほら、行って」


おそらくメイド達は、何度も聞いたことがあるのだろう。

自分の世界に入って喋り続けているハンナを確認し、メイド達は目配せして、エルナを洗濯室から送り出した。




既に止みかけている雪を見ながら、エルナは前掛けを抱えた腕に力を込める。


「結婚、か……」


頭の片隅にあったその言葉は、胸の鼓動を早くするが、まだまだ実感はなく、遠い遠い先のことに感じた。


「夢みたいな話よね」


エルナはふと笑って、小走りに厨房へ戻って行った。




《 密話休憩/終 》

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