第2話 鏡に映らない記憶
翌朝、芹沢孝次郎は斉藤警部補とともに、老婦人の生活圏を調べるためにアパート周辺の聞き込みを始めていた。事件の核心に迫るためには、彼女の過去を紐解き、手帳に記された「彼」が誰なのかを突き止める必要があった。
「彼女は部屋の中でほとんどの時間を過ごしていたようですね。」
アパートの管理人が、記録を探りながら答えた。
「ここに住んで10年くらいでしょうか。特に訪ねてくる人もいなかったし、近所の人ともほとんど話していませんでしたよ。」
芹沢は管理人の言葉に耳を傾けつつ、建物の外壁や玄関口をじっと見つめていた。アパートの入り口は古びていて、雨に濡れた跡が乾ききらずに残っている。だが、そこには明らかに不自然な点があった。玄関の泥汚れが途中で途切れているのだ。
「斉藤さん、ここを見てください。」
芹沢が指差したのは、玄関口のコンクリートに残る靴跡だった。靴跡は、アパート内に続く途中で突然消えていた。
「これはどういうことだ?足跡が続いていない。」
斉藤もその異常さに気づき、眉をひそめた。
「誰かが途中で何かを拭ったか、消した可能性があります。」
芹沢は慎重に足跡の痕跡を調べながら言葉を続けた。「重要なのは、これが意図的かどうかです。この足跡は明らかに室内へと向かっていますが、途中で断絶している……つまり、誰かがこの建物に入った形跡を隠そうとした可能性がある。」
二人がさらに管理人に質問を続けていると、一人の老人がアパートの隅でこちらをちらちらと見ていることに芹沢が気づいた。老人は、見るからに挙動不審で、何かを知っていそうだった。
「少しお話を伺ってもよろしいでしょうか?」
芹沢が声をかけると、老人は一瞬怯えたような表情を浮かべたが、芹沢の穏やかな態度に押されて、しぶしぶ口を開いた。
「ここに警察が来たのは何の騒ぎだ?昨日から様子がおかしいと思っていたんだが……」
「昨日何かお気づきになったことはありませんでしたか?」
「いや、特に何も……ただ、深夜に誰かが出入りしているような音がした気がする。それも一人じゃない、複数の足音だった。」
老人の言葉に、斉藤の表情が険しくなる。「深夜に複数の足音?詳しく聞かせてもらえますか?」
「ええ、確か午前2時か3時ごろだったかな。外が静かで、妙に響いて聞こえたんだ。それに、何か重いものを引きずる音も……」
芹沢はその言葉を聞きながら、再び足跡の消えた場所に目を向けた。すると、玄関口の近くに水で濡れた跡があることに気づいた。その跡はまるで、何かを洗い流したかのような痕跡だった。
「ここで何かを隠した跡があります。」
芹沢は慎重にその場所を観察し、床の隅に残された微かな汚れに注目した。「この汚れ、泥ではないですね。もっと人工的なもの――油分のようなものが含まれています。」
「油分?」斉藤が疑問を口にする。
「ええ。例えば、革靴の底に付着するような油分です。この跡は、単なる住人の足跡ではありません。明らかにここで何か不自然なことが起こっています。」
芹沢は視線を落とし、深く考え込む。「足音、重い物音、洗い流された跡。これらは、誰かが彼女の死の前後に部屋へ侵入していた可能性を示唆しています。」
老人の話を聞き終えた芹沢は、次の行動に移ることを決めた。足跡や音についての情報だけでは断片的すぎる。事件の鍵を握る「彼」の存在を探るため、次に老婦人が生前通っていた近所の店や施設を訪れることにした。
「彼女は一人で過ごすことが多かったと言いますが、どこかで買い物をしたり、誰かと接点を持っていた可能性があります。それを探る必要があります。」
「確か近くに商店街があったはずだ。」斉藤が応じた。「そこを当たってみるか。」
芹沢は足跡が消えた場所に最後の視線を向け、静かに呟いた。「鏡に映らない足跡……この事件の真相もまた、何か大事なものが隠されているのかもしれない。」
斉藤警部補の運転する車で、芹沢孝次郎は老婦人が暮らしていたアパートからほど近い小さな商店街に向かった。そこは昔ながらの個人経営の店が軒を連ね、どこか懐かしさを感じさせる雰囲気を持っていた。とはいえ、多くの店がシャッターを閉じており、活気はあまり感じられなかった。
「ここが彼女の生活圏内だった可能性が高いですね。」
芹沢は、商店街に車を停めながら静かに言った。
「おそらく、何かしらの接点を持った人物がいるはずです。聞き込みを進めていきましょう。」
斉藤は車を降りると、古びた八百屋を指差した。「あそこなら老婦人のことを知っているかもしれない。」
八百屋の店主は、小柄で年配の男性だった。斉藤の質問に最初は警戒していたが、芹沢が穏やかな声で話しかけると徐々に口を開き始めた。
「あの人ね……ええ、時々ここに買い物に来ていましたよ。でも、最近はあまり顔を見せなくなったんです。最後に来たのは、たしか1週間くらい前だったかな。」
「そのとき、何か変わった様子はありませんでしたか?」
芹沢が尋ねると、店主は少し考え込むような仕草を見せた。
「そういえば……何かに怯えているように見えました。うつむき加減で、何かを急いで買いに来た感じでしたね。」
「怯えていた?」斉藤が割り込むように尋ねた。
「ええ、誰かと会うのを避けているような、そんな雰囲気でした。まるで急いで買い物を済ませて、早く家に帰りたいみたいな。」
「そのとき何を買っていかれました?」芹沢がさらに突っ込む。
「確か……紅茶のティーバッグと少しだけのパン。それから……小さな包みを誰かに渡すみたいに、大事そうに持っていましたね。」
芹沢は手帳に記録を取りながら、次に向かう場所を目で探していた。八百屋の隣には、小さな個人経営の薬局がある。彼はその店を指差した。
「次はあそこに行ってみましょう。」
薬局の店内は薄暗く、棚にはぎっしりと商品が詰まっていた。カウンターの奥には、年配の女性が立っていた。彼女は芹沢たちの来訪に少し驚いた様子を見せたが、芹沢が話し始めるとすぐに落ち着きを取り戻した。
「老婦人のこと?ええ、たまにいらっしゃいましたよ。健康が心配だからって、ビタミン剤や睡眠薬を買っていかれていました。」
「睡眠薬ですか。」芹沢の目が鋭く光る。「それは最近のことですか?」
「そうですね……ここ2ヶ月くらいの間に何度か買いに来られました。でも、ちょっと気になることがありました。」
女性は言葉を続けた。
「この間、何か他のものを探しているような様子だったんです。『精神が落ち着く薬はないか』とか、『頭の中の雑音を止めたい』とか……。正直、少し怖かったですね。」
その言葉を聞いた斉藤が低く唸った。「精神的に不安定だったということか……」
「ただの不安定とは違うかもしれません。」
芹沢がすぐに反論する。「彼女が誰かを恐れていた可能性もあります。手帳に書かれていた『彼』の存在が、彼女の心理に強い影響を与えていたのかもしれません。」
「先生、もしこの『彼』が実在するなら、彼が彼女の不安定さに関与していたということか?」
斉藤が尋ねると、芹沢は深く頷いた。
「可能性は高いです。特に、彼女が誰かを避けるような行動をとっていたのであれば、その人物が事件に関与している可能性も考えられます。」
商店街を一通り歩き終えた頃、最後に立ち寄った喫茶店で、意外な情報がもたらされた。喫茶店の店主が語った内容は、二人にとって重要な手がかりとなった。
「そういえば……数日前に彼女が若い男性と一緒にここに来ていましたよ。」
その言葉に斉藤が驚いて店主を見つめた。「若い男性?」
「ええ、20代くらいでしょうか。少し無愛想で、彼女の方をあまり見ようとしない感じでした。でも、彼女はその男性に何かを一生懸命伝えようとしているようでしたね。」
「その男性の特徴を教えていただけますか?」芹沢が尋ねると、店主は少し考えた後、答えた。
「短髪で、黒いジャケットを着ていました。背は高くありませんが、どこか影のある印象でしたね。それから……右手に包帯を巻いていました。」
「包帯……」芹沢の瞳が一瞬だけ鋭く光る。
「何かトラブルがあったようには見えませんでしたが、二人が帰るときに彼女が妙にそわそわしていたのが気になりました。それと、その男性が『もう少し待てば分かる』って言っていたのを覚えています。」
芹沢はこの情報を聞き終え、再び深く考え込んだ。商店街の証言を集める中で、老婦人が不安を抱えながらも何かを伝えようとしていたことが明らかになった。そして、最後に登場した若い男性――おそらく彼女の息子と思われる人物の存在が、事件の核心に迫る手がかりとなりつつある。
「斉藤さん、この男性を特定する必要があります。彼が『彼女の鏡』に映っていた最後の人物かもしれません。」
芹沢は静かにそう告げた。
「分かった、地元の警察に確認してみる。商店街周辺の監視カメラも当たってみよう。」
斉藤はそう言い残し、電話を取り出してどこかへ連絡を入れ始めた。
芹沢は商店街を見回しながら一つ呟いた。
「過去と現在の狭間に立つ人物……それが『彼』なのだろうか。」
商店街から戻った芹沢と斉藤は、地元警察署のモニタールームにいた。斉藤が依頼した商店街周辺の監視カメラ映像がすでに準備されていた。操作を担当する若い警官が画面を操作し、事件が発生する前の数日間の映像を順に確認していた。
「これが問題のアパート付近の映像です。」
警官は画面を拡大しながら説明を始めた。「このカメラは商店街とアパートを結ぶ路地を映しています。ただし、画質はあまり良くありません。」
芹沢と斉藤は黙って画面を見つめていた。映像には、商店街の人々が行き交う様子が映し出されている。だが、老婦人と思われる姿はほとんど確認できなかった。
「少し戻してください。」
芹沢が指差したのは、深夜の時間帯に映った一台の車だった。その車はアパートの前に一時停止すると、運転席から若い男が降りてきた。男は黒いジャケットを着ており、右手に白い包帯が巻かれているのが分かった。
「これだ……この男だ。」斉藤が低い声で言った。「喫茶店の店主が話していた若い男性に違いない。」
映像はさらに続き、男はアパートの玄関に入っていく。その様子は特に怪しい動きは見られなかったが、玄関を開ける際に一瞬振り返り、カメラの方を見た。その顔には険しい表情が浮かび上がっていた。
「顔がはっきり映っていますね。これで身元が分かるかもしれません。」斉藤がモニターに顔を寄せた。
次に映像は早送りされ、男がアパートから出てくる姿が映し出された。それは数時間後のことだったが、男は両手に何か重そうな袋を持っていた。そして、車のトランクにその袋を積み込むと、そのまま車に乗り込んで走り去った。
「何かを運び出した……」芹沢が低く呟いた。「袋の中身が何かは分かりませんが、事件に関係している可能性があります。」
「袋の中身が彼女の遺品なのか、それとも別の何かなのか……調べる必要があるな。」
斉藤はそう言って警官に向き直り、「この男の身元を特定してくれ」と命じた。
さらに別の映像を確認していると、事件の発生する前夜、別の人物がアパート周辺に現れる様子が映し出された。今度は、フード付きの黒いコートを着た人物だった。その人物は顔を隠すように深くフードを被り、アパートの周辺を歩き回っていた。
「この人物も怪しいですね。」芹沢が画面を指差した。「ただ、先ほどの若い男性とは別人のようです。このフードの人物も何かを企んでいた可能性があります。」
「一度に二人の関係者が関与しているのか……これは偶然じゃないだろう。」斉藤は険しい顔で答えた。「この二人の関係を調べる必要がある。」
警察署内での短い会議の後、斉藤はさらに情報を集めるために若い男性の身元調査を急ぐよう命じた。一方、芹沢はふと映像の中の一つの場面を思い返していた。
「彼女が恐れていたもの……それは具体的な誰かだけではなく、自分自身の中にある『過去』だったのかもしれない。」
彼はその言葉を胸の中で繰り返しながら、老婦人の心理に潜む影を再び探り始める決意を固めた。
警察署の捜査室。斉藤警部補が、監視カメラに映っていた若い男性の身元について調査結果をまとめた書類を手に、芹沢のもとにやってきた。
「芹沢先生、彼の身元が判明しました。」
斉藤が書類を机に置くと、そこには一枚の写真と簡単なプロフィールが記されていた。
名前:森川亮
年齢:27歳
職業:無職(過去に精神科への通院歴あり)
住居:事件のアパートから車で30分の場所に所在。
「彼は一時期、精神的に不安定だったようです。数年前に母親と揉めて家を出ており、その後、独り暮らしを始めたとのこと。母親と関係が悪化した理由については詳細が記録されていません。」
斉藤が書類を指で叩きながら説明する。
「母親……」芹沢が静かに呟いた。「老婦人と彼が母子関係にあった可能性は高いですね。喫茶店での目撃証言、そして監視カメラに映った姿からも、その線が濃厚です。」
「だが、彼が母親に会いに来た理由が問題だ。」斉藤は険しい表情で続けた。「ただの親子の再会ならいいが、彼が何かしらの動機を持っていた可能性もある。」
芹沢は書類を手に取り、森川亮の写真をじっと見つめた。そこに写る彼の顔は、どこか無感情で、目の奥には深い影が宿っているようだった。
その日の午後、芹沢と斉藤は森川亮の住むアパートを訪ねた。住所を頼りに辿り着いたのは、築年数の経った小さな建物だった。外観にはほとんど手入れがされておらず、窓枠には汚れたカーテンがかかっていた。
「ここが彼の住まいか……見たところ、生活感はあまりないな。」
斉藤がそう言いながらインターホンを押すが、中からは何の応答もない。
「鍵がかかっていますね。」
芹沢がドアノブを確認した後、斉藤に視線を送る。
「仕方ない。状況次第では中に入る許可を取る。」斉藤は無線機で連絡を取り始めた。
しばらくして、開錠の許可が下り、二人は森川亮の部屋に入った。部屋の中は荒れた様子はなく、比較的整然としていた。しかし、その中にいくつか奇妙なものが見つかった。
机の上に置かれた額縁には、若き日の老婦人が写っている写真があった。その隣には、森川亮が幼い頃の家族写真も置かれている。
「母親への執着が見て取れるな。」斉藤が呟く。「だが、この写真を飾る一方で、家を出たまま疎遠になっていたのは矛盾している。」
「執着は、時に矛盾を孕むものです。」
芹沢はその写真に目をやりながら静かに言葉を続けた。「この写真を飾りながらも、彼は母親との関係に葛藤していたのでしょう。そして、その葛藤が今回の事件に影響を及ぼした可能性がある。」
引き出しの中から、一冊の日記が見つかった。それは森川亮がここ数年の出来事を断片的に綴ったものであり、ページの大部分は空白だった。しかし、最後の数ページには、不穏な記述がいくつか書き込まれていた。
「あの日の記憶が消えない。母の言葉が今も頭に響く。」
「全て終わらせるために、もう一度会わなければならない。」
その一文を読み上げた斉藤の声が重く響いた。「……これをどう解釈すればいいんだ?」
「彼は過去の出来事に囚われ、それを清算するために母親に会いに行ったのでしょう。」
芹沢は手帳を閉じ、考え込むように視線を落とした。「問題は、その『清算』がどのような形を取ったのかです。」
部屋の隅に置かれた大きな袋。その中身を確認すると、老婦人の部屋から持ち出されたと思われるいくつかの遺品が見つかった。手帳、古びたアルバム、そして割れた鏡の破片の一部が入っていた。
「鏡の破片……?」
斉藤が袋を開けながら驚いたように言った。
「これは……母親の部屋にあった鏡と同じものです。」芹沢は破片をじっと見つめながら、思案するように続けた。「彼が鏡を持ち出した理由。それが事件の鍵になるかもしれません。」
森川亮の部屋で見つかった物証と彼の日記から、芹沢は一つの仮説を立てた。
「彼は過去の記憶――特に母親との関係に深いトラウマを抱えていた。そして、そのトラウマを断ち切るために母親に会いに行ったのです。だが、会話の中で何かが彼を刺激し、彼が計画していた『清算』が予期せぬ方向に進んだ可能性があります。」
「つまり、母親を……殺害したと?」
斉藤が慎重に問いかける。
「断定はできません。」芹沢は静かに首を振った。「ただし、彼の行動が母親の最期に影響を与えたことは間違いないでしょう。それが直接的なものなのか、間接的なものなのかをこれから突き止める必要があります。」
森川亮の部屋から戻った芹沢孝次郎と斉藤警部補は、警察署の捜査室で再び事件の全体像を整理していた。老婦人の遺品、森川亮の日記、そして監視カメラに映ったもう一人のフードの人物――全ての要素が絡み合いながらも、事件の核心に迫るにはまだ決定的な何かが欠けているようだった。
芹沢は、森川の部屋から持ち帰った鏡の破片を慎重に手に取り、その表面をじっと見つめた。破片は微かに汚れており、そこに何かが反射しているのが分かる。
「斉藤さん、この鏡が映したものをもう一度考え直す必要があります。」
「映したもの?」斉藤は首をかしげた。「割れた鏡が事件の鍵だって、最初から言ってるが、いったい何がそこまで重要なんだ?」
芹沢は静かに破片を回転させながら答えた。
「この鏡は、老婦人の心理状態と事件の真相を結ぶ象徴です。彼女の手帳には、『鏡に映る私が、私ではない』と記されていました。そして、その鏡が破壊された――これは偶然ではありません。」
その時、捜査室に若い刑事が駆け込んできた。「斉藤さん、喫茶店の監視カメラの追加映像が手に入りました!」
映像が再生されると、そこには喫茶店の店内で森川亮と老婦人が向かい合って座る姿が映っていた。音声はなかったが、二人の間で何か緊迫したやり取りが行われている様子がうかがえた。
森川が何かをテーブルに置き、それを老婦人が手に取る。その後、老婦人が動揺した表情を見せ、テーブルの上のカップを倒してしまう場面が映し出されていた。
「このやり取りが何を意味しているのか……」芹沢が呟くと、再び画面に動きがあった。映像の最後、森川が立ち上がる直前に一言だけ老婦人に向けて何かを口にした。その瞬間、老婦人の顔が凍りつき、手が震えているのがはっきりと見えた。
「彼が何を言ったのかが問題ですね。」芹沢は考え込むように画面を凝視した。「その言葉が彼女を激しく動揺させたのは間違いありません。」
次に映像が切り替わり、森川が喫茶店を出た後の様子が映し出された。彼はアパートに向かわず、近くの路地裏へと足を運んでいた。そしてそこでフードを被ったもう一人の人物と合流している様子が確認された。
「こいつだ……フードの人物。」斉藤がモニターを指差した。「森川と何か話しているな。だが、これじゃ顔が分からない。」
二人は何かをやり取りしているようだったが、その内容は分からなかった。その後、森川がその場を立ち去り、フードの人物がアパートの方向へ向かう姿が映し出されていた。
「彼らは何らかの計画を立てていた可能性がありますね。」芹沢は映像を見つめながら言った。「特にフードの人物がその後にアパートに向かったという事実は、この事件における彼の役割を大きく示唆しています。」
映像を見終わった後、芹沢は立ち上がり、窓の外を見つめながら静かに語り始めた。
「この事件は、表面的には母子の再会とその過程で起きた偶発的な出来事のように見えます。しかし、その裏には彼らだけではなく、もう一人の存在が深く関与している可能性がある。」
「フードの男がか?」斉藤が問い返す。
「その通りです。」芹沢は頷き、続けた。「森川亮が母親に会いに行ったのは、自分の過去と向き合うためだった。しかし、彼はその過程で別の人物――フードの男と接触していた。その接触が、母親の死に繋がる何かを引き起こした可能性があります。」
「だが、動機はなんだ?森川自身の目的は分かるが、フードの男の狙いは?」
芹沢は少し間を置き、静かに答えた。「動機はまだ完全には見えていません。しかし、この『鏡』が象徴するもの――つまり、老婦人が過去に抱えていた秘密が、フードの男にとっても重要だったのではないでしょうか。」
部屋に再び静寂が訪れる。芹沢は手に持っていた鏡の破片をそっと机に置き、深い思索に沈んだ表情で言葉を紡いだ。
「鏡は真実を映すと言われます。しかし、この鏡は割れることで何かを隠した。真実を隠したのか、それとも守ろうとしたのか――その答えはもうすぐ見えてくるでしょう。」
斉藤が重々しい声で呟いた。「事件の全貌が見えてきたようで、まだ霞がかかっている。森川、フードの男、そして老婦人が抱えていた過去……それらが全て繋がったとき、真実はどう映るのか。」
窓の外では、夕暮れの光が町を薄く染めていた。まるでその光が、真実を照らし出す一筋の希望であるかのように。
読者の皆様へ
「芹沢孝次郎シリーズ第一弾」第2話をお読みいただき、ありがとうございます。作品を楽しんでいただけたでしょうか?
ぜひ、皆様の評価レビューや応援コメントをお聞かせください!ご感想やご意見は、今後の作品作りの大きな励みとなります。
次回は、2024年12月7日(土)投稿です!
皆様に楽しんでいただける物語をお届けできるよう頑張りますので、応援よろしくお願いいたします!
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