第十七話 そして戦いのドラが鳴る!
※今回の話はタイ人ボクサー、フンサイ・ギャラクシアン(コーウン)視点になっております。なので彼や彼と話しているトレーナーや主治医のうんこたろうの会話は、基本タイ語でのそれになっております。
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12月31日。関東某所のアリーナ会場、その選手控室にて。
「さて、セミファイナルもそろそろ終わる。どうだいコーウン、体で少しでも違和感を感じるところがあるかな?」
主治医のコタロウ・ハクウン、通称『ウンコタロウ』にそう問われて俺、コーウンはアップの手を止めて、上機嫌で返事を返す。
「ベスト、オブ、ベストですよドクター。多少の違和感なんざ今朝の快便ですっ飛んで行きました!」
本当に、ここまでのベストコンディションで試合に臨むなど初めての事だ。上半身はまるで羽根の様に軽やかなのに、下半身は戦車のような安定感と力強さを備え、どっしりと床を踏みしめている。これなら自分のパワーをすべてパンチに乗せることが出来るだろう。
間もなく始まる世界タイトルマッチ。絶対王者と言われるテンガイ・チート選手との一戦。自分の人生のまさに晴れ舞台の中の晴れ舞台に、ここまで完璧に体調を整えてくれたウンコタロウには本当に感謝しかない。これで負けたなら、全ては自分の責任。もし勝ってチャンピオンになれたなら、それはウンコタロウのお陰だ、といいたくなるほどに。
「それは何よりだ。じゃ、そろそろ支度を」
「世界とベルトを頂戴に行こうじゃないか」
彼と、そして私を見出したトレーナーのサブロ。人生の恩人といえる二人に即されて、俺はいよいよ戦いの場へと向かう。
大丈夫だ、負ける気はしない。たとえ相手がいくら強くても、ここが敵地であっても。必ず相手を倒してチャンピオンになり、ベルトをタイに持ち帰るんだ!
◇ ◇ ◇
”それではまず、挑戦者、フンサイ・ギャラクシアン選手の入場です!”
通路に青いレーザービームが走る。四方から俺たち三人をスポットライトで照らし出す。その栄光の道を、リングに向かってゆっくりと歩いていく。
万雷の拍手が鳴り響き、日本語でのがなり声が四方から飛んでくる。それが激励なのかヤジなのかは分からないが、どちらにしても自分の闘争心を否応なく掻き立ててくれるのは確かだ。
いいぞ、もっと騒げ、もっと盛り上がれ!
”フライ級世界ランキング1位! 通算成績47戦45勝で43KO! 間違いなく最強の挑戦者が今、花道から姿を現しましたぁっ!”
”インファイトを真骨頂とする驚異の連打と、なおかつ鉄壁のガードを武器に、対戦相手を名前の通りに粉砕し続けてきたその拳が、ついに王者のベルトを掴む時が来たのか!”
”ご覧ください! この肌のハリ、色ツヤ、そして自信に満ちた表情! まさに万全の態勢でチャンピオンを打ち砕きに来ております”
”タイにとっての希望は、日本のボクシングファンにとっての絶望の使者となるか!? フンサイ・ギャラクシアン選手、いま世界戦のリングに立ちましたぁっ!”
リングに上がると同時に拍手が収まり、しん、とした静寂が訪れる。観客たちは間もなく現れる地元の英雄の為に、声と気合を『溜めて』いるのだろう。アウェイとはそういうものだ……。
「「コーウンさーん、がーんばれぇーーっ!!!」」
と、客席の一角からキレイに息の揃った声援が飛んできた。察するに20人ほどだろうか、思わずその方向に目をやる私。そして観客たち――
「ぶっ!?」
”こ、これは……”
観客たちや場内アナウンスが一斉に絶句する。なんと声のした方向には、ドクターと共に世話になったキクモンをはじめとする一団が、なんとも微妙な横断幕を掲げて拳を突き上げていたのだから!
[👊💩เพื่อน! เราอยู่ด้วยกัน! ชนะได้! ปราบแชมป์! สู้ๆ! ฟุนทราย กาแลกเซียน!💪💩]
(友よ! わたしたちがついてる! 勝てるぞ! チャンピオンをやっつけろ! 闘えフンサイ・ギャラクシアン!)
横断幕の左右に描かれた、ウンチをイメージしたキャラクターが何とも言えずシュールだ。まるで昔の日本のアニメ『ア〇レチャン』を彷彿とさせるなぁ……みんな何やってんの。
でもまぁ、彼らはみんなドクター・ウンコタロウの縁者だ。ウンチで自らを健康にするのを日課としている集団らしい応援の仕方じゃないか。そして私も……もうすっかりその一員なのだから。
”これはいけませんねぇ。タイ人ボクサーを侮辱する絵ではないですか?”
”でもフンサイ選手大喜びですよ、ホラ笑顔で手を振ってますけど”
”まぁ、本人たちにしか分からないネタというわけですか……リラックス出来るならいいんでしょうね”
会場のアナウンスが、なんか微妙な声で会話している。意味は分からないけど多分あの絵を話題にしているんだろう。こっちには最高の応援になってるけどね。
◇ ◇ ◇
赤コーナー(王者側)に深紅のレーザービームが灯る。同時にこのアリーナ全体がまるで沸騰するかのような大歓声と、興奮の足踏みやウェーブが巻き起こる……
(来たな。絶対王者、チイト・テンガイ!!)
”花道からチャンピオンが今、姿を見せましたぁっ! 黄金のベルトを高々と掲げ、王冠のような金と桃色の髪をなびかせて、5度目の世界防衛に臨みます!”
”27戦27勝27KO! 驚異のKOアーティスト、インファイトでもアウトボクシングでも無敵の強さを誇る絶対王者が、今日もその圧倒的な実力を見せつけるのか!”
”我ら日本の誇り、日本ボクシング界の至宝! その強さ、まさにチート級っ! しかし彼のあくなき強さへの欲求は決してチート、つまりズルなどではありません。努力と研究、創意工夫と流した汗が、この怪物を作り上げたのです”
”世界フェザー級王者、テンガイチイト! 今颯爽とリング・イン!”
――チ・イ・トッ、 チ・イ・トッ、 チ・イ・トッ――
――チ・イ・トッ、 チ・イ・トッ、 チ・イ・トッ――
――チ・イ・トッ、 チ・イ・トッ、 チ・イ・トッ――
会場を揺るがすチートコール、だがそれも無理はない。日本は豊かな国で、それゆえにボクシングの盛んな国ではあるのだが、現在の世界チャンピオンは彼だけしかいない。
日本のファンにとっても、俺にベルトを奪われるのは絶対に嫌であろう。だが遠慮はしない、今日は必ず俺が勝つ!!
『~♪』
国歌斉唱が始まり、まずタイの国歌が流れる。この静寂の中で母国の歌が流れるのを聞くと、否応なしに自分がタイの代表であることを感じる。
続いて日本の国歌が流れる。多くの観客がその歌を一緒に歌っているのはさすが地元だな。これは是非チャンプになって、防衛戦でこの空気をタイで味わいたいものだ。
両陣営がリング中央に呼ばれ、レフェリーからの注意事項を受ける。まぁこれは形式ばったもので、そうそう真剣に聞く必要はさして無い。
と、チャンピオンが俺の方に一歩進み出て「おい」と声をかける。ゴング前の
「なんだありゃ?」
果たしてそれはキクモン達の掲げたうんち横断幕であった。ああ、さすがに気になるかな、チャンピオンでも。
なので俺は試合前の軽いジャブを、言葉に変えて軽く放ってやった。
「ヘイチャンピオン、今朝の
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※タイ語指導:土岐三郎頼芸(ときさぶろうよりのり)様
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