第十六話 横断幕を作ろう!
12月28日、午後8時。
白雲ビルの7階のラウンジで、タイ国ボクサーのフンサイ・ギャラクシアン選手の激励会が行われていた。
「それでは、3日後の新たな世界チャンピオンの誕生を祝して、かんぱーいっ!」
「「かんぱーい!」」
「
上座のコーウンさん(フンサイ選手の
ちなみに参加者は私と白雲さん、コーウンさんのスタッフやボディガード、ジムの会長さん以下スパーリングパートナーの皆さん。あとこの白雲ビルの各階の従業員(エアロビクス教室の睦さんや図書館の管理人さん等)およびその会員や常連のみなさんも加わっていて、ラウンジはほぼ満席状態だ。
「コーウン、頑張ってね、当日は応援に行くから」
「世界チャンピオン取ったれやー!」
「ふふふ、そうなったら貰ったサインも価値が出るってもんだ」
皆がコーウンさんに激励の言葉を送る。集まっているのは大半が日本人なんだけど、やっぱ雲の上のチャンプよりも、こうして縁あって触れ合える異国の挑戦者のほうが親しみが持てるだろう。当日はアウェーになり、マスコミや観客のほとんどが敵になるとなれば、かえって彼の方を応援したくなる。判官びいきというアレかな?
コーウンさんの減量は順調で、もう練習で大汗をかいた後なら計量を通るまで体重は落ちているそうだ。白雲さん曰く大事なのは、毎日ちゃんと水分を取ってその分汗を出し、きちんと食事してしっかりトイレで出す。それでこそ最高のコンディションになる、との事だ。
なので今日のこのディナーも、ちゃんとコーウンさんの為に計算し尽くされた、かつ美味しいメニューになっているそうだ。思えば私も半月前に同じ経験をしたんだったなー。
「
そう手を合わせて席を立つコーウンさん、さすがに本番も近いので夜更かしは厳禁らしい。
専属ドクターの白雲さんに連れられて2階の泊り部屋へと移動していった。ここからはシビアな体調管理が求められるので、白雲さんはもう彼につきっきりで体調をベストに整えていくとの事だ。
あ、もちろん
後に残された私たちは料理やお酒に舌鼓を打ちつつ、来たるべきタイトルマッチへと思いを馳せていた。実はサブロさんが用意してくれた当日のチケットがあり、ここにいる全員に応援に来てほしいと頼まれていたのだ。
「おお! 諦めていた当日券ががが」
「やった、プラチナチケットゲットよ!」
「行きます行きます! でも、本当にいいんですか?」
当日の入場券ともなれば何万円もするものだろう。そんな物を何十枚も景気よく私たちにプレゼントして大丈夫なのかな?
「ハハハ、問題ないよ。でもその分当日は気合い入れて応援頼むよ。なにせコーウンにとっては完全に敵地だからねぇ」
なるほど。応援団結成のための必要経費というわけだ。思えばこの激励会を企画したのもサブロさんだし、最初っからそのつもりだったのかもしれない。うーん、なかなかのやり手だなぁ。
とはいえここに居るのはほんの15人ほど。あのアリーナを埋め尽くす数万人の大観衆のほとんどが敵である
「そうだ! だったら応援の横断幕とか作りませんか?」
私の提案に皆がおお! と色の良い反応をする。以前そういうアルバイトをしていた事もあったので思いついたけど、コーウンさんにとっていいサプライズにならないだろうか。
「ナイスだよキクモン! 是非お願いするよ」
「いいわね、思いっきり目立つ横断幕にしましょ」
「壁に貼るには許可が要るんじゃね?」
「ワシらで掲げりゃええじゃろがい」
「よし、早速デザインにかかりましょう!」
ここのコックさんの鶴の一声でテーブルの上の料理が片付けられ、みんなで横断幕のアイデアをあーでもない、こーでもないと出していく。
「あんま目立つと、チャンプびいきのスタッフに撤去命令出されるかも」
「でも目立たなきゃ意味ないでしょう」
「なら書き文字はタイ語にすればいいよ。それなら日本人が見ても分かる人はそうはいないよ」
「なんかこう……この応援団ならではってモノ欲しいわね」
私のバイト時の経験から、こういう個人応援の横断幕はあくまでシンプルに、かつ印象に残るものがいい。何よりそれで応援する選手がその横断幕を見て、その支援に感動するような物でなくてはならない。
(うーん……このメンツで作ったもので、コーウンさんの心に刺さって、かつ目立つものかー)
ここにいる面々の共通の話題と言えば……残念ながらウンコしかないんだよなぁ。何せ大半はこの
でも、それも面白いかも知れない。コーウンさんも白雲さんに付きっきりで排便の指導を受けているし、コーウンさん自身もその効果にとても感心しきりだった。
タイ人の気質なのか、あるいはボクサーという職業から来るのか、彼は私たち日本人ほどウンコと言うものに嫌悪感を持っていなさそうだし。
「あ、あの、じゃあ例えば、こんなのはどうですか?」
私がノートに書いたデザインを皆に見せる。それを見た一同は一瞬固まった後……
「ぎゃははははははは!」
「菊ちゃんそれ飛ばし過ぎ、でもナイスアイデア!」
「これマスコミがカメラ向けてどんなコメントすっかなぁ」
「別の意味で警備員が飛んできそうじゃのう、うひゃひゃひゃひゃ」
笑い声と共に賞賛の声が飛んで来た。うん、こ。良かった。
――こうして白雲さんとコーウンさんには内緒で、当日のサプライズが着々と進行していくのであった。
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※タイ語指導:土岐三郎頼芸(ときさぶろうよりのり)様
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