第十二話 うんこたろうの手にかかれば……
午後六時。私と下原さんは白雲さんのビルに戻って、三階のエアロビクス教室で大勢の人と一緒に汗を流していた。
「はいワンツー・ワントゥ! 息を吸いつつ足を上げて~、ほらそこ、下原君、足上がってないわよ」
下原君がインストラクターの
これも下痢解消の一環だそうで、とにかく汗を流して体内の水分の循環をよくすると共に、腸を刺激する運動や肛門付近の筋肉を鍛えるのにも役立つらしい。
「今日から三日間は体験入門だから無料サービスだ、やってみて効果が出たら会費を払って続ければいい」
白雲さんは下原さんにそう言って、今日は別の用事があると言って私に彼を任せてどっか行ってしまった。なので指示通り睦さんに事情を説明して、こうしてエアロビに精を出しているというわけだ。
ちなみに私も毎日通っているけど、それは助手という事で経費で落ちるらしい。まぁ代わりに毎日の運動メニューとその後の体温測定や、日々の食事と朝の排便の報告の仕事があるんだけど……なんかモルモットにされてる気分。
「はい5分休憩~」
睦さんの指示で全員が体を休める。総勢で20人ほどがここに通っているけど、意外にも半数は男性で、年齢も学生さんからお年寄りまで様々だ。
ただ……彼らの共通の話題がアレなのが、ねぇ。
「昨日は快便だったわー、生理も来てるのにぜんっぜん影響ないし」
「俺は明日大事なプレゼンだからなー、是非朝イチでスッキリしたいんだよ」
「勝負デート間近! 是非ともベストコンディションで挑みたいから今から頑張る!」
「ふぉふぉふぉ、垂れ流しの時は孫も寄り付かなんだが、今や喜んで「おじいちゃん」って言ってヒザに乗ってくれるわい」
「……すごい光景だなー」
「ですよねー。私も最初はドン引きしましたもん」
男も女も老いも若きもウンコ話で盛り上がるという、異様な休憩時間を目の当たりにしてボーゼンとする下原さんに私も思わず相槌を打つ。ここにいる面々はほぼ全員が白雲さんにウンコの悩みで縁が出来て、それ以来健康のために通い詰めているみたい。
中でもすごいのが、かつてはほぼ寝たきりになっていたおじいちゃん、
半年ほど前に彼を引き取ってから数週間面倒を見続け、食生活と排便活動を正し続けた結果、なんと元気に日常生活を送れるまでに快復し、今や元気にシルバー人材センターで働いているとか。
「Hi、キク。こちら新入りさんネ!」
「あ、ダリア。こんにちわー」
私に挨拶をしてきたのは金髪碧眼のモデル、アメリカ人のダリア・ステイシーさんだ。
「うぉ! すっげぇ美人。あ、いや失礼。は、初めまして……下原と言います」
とたんに食いついて来る下原さん。というか私とえらい反応の違いだなぁ。
「ユーもあのウンコタローに助けられたのデスネ! ドーユー症状ダッタデスカ?」
「は、恥ずかしながら下痢気味で。それでその……」
人様に下剤を盛ろうとしたことはスルーかい、ホント男って美人に弱いんだから。
ちなみにダリアさんは子供の頃のトラウマ持ちで、一時は食事すら受け付けなくなって栄養失調状態になっていたらしい。ご両親が犯罪者に酷い殺され方をして、それを隠れて見ていたのが原因とか……。
環境を変える意味で日本に引っ越して来て、それで白雲さんと出会ったみたい。でも相変わらず痩せこけていて、うんこたろうに「食べなきゃ大腸やお尻の穴が可哀想だ、ちゃんとウンコする仕事を与えてあげないと」って説得され、それが可笑しくて食べる気になったんだって。
「ハイコレ、昔のワタシ」
「ひ、ひえぇぇぇ……怖っ!」
結局、翌日以降も下原さんはエアロビ教室に通い詰め、めでたく会員になった。ウンコが快調だったのか、ダリアさん目当てだったのかは分からないけど……多分後者のほうが可能性高いよねー。
真理子一筋とか言ってたのは誰だったかなぁ(笑)。
あと白雲さん、私の後ろでニコニコしながら「計画通り」って呟くの止めて下さい。っていうかホンットにこの男、他人をあっさりと手玉に取って誘導するなぁ……うんこで。
◇ ◇ ◇
それから半年ほど過ぎた、ある日のこと。
あのショッピングセンターのオープンカフェで、一組のカップルが今まさに破局を迎えようとしていた。
「うっせーんだよ、大体お前って俺にタカるばっかでなんにもしねーじゃねぇか!」
「はぁ? うっざ。私がパチンコで稼いだ金を競馬でスッたのは誰でしたっけ!」
目じりを釣り上げて醜く口ゲンカしているのは、かつて下原さんを寝取ったチャラ男、
まぁチャラ男と尻軽ギャルの破局に相応しくというか、実につまらない理由で大勢の注目を集めつつ醜く
「よう、真理子じゃねーか、久しぶり」
そう声をかけたのは、すっかり角が取れてイケメンになった下原さんと、その彼に寄り添うようにくっついているダリアさんだ。
「え……ひょっとして、宗次郎?」
「ウッソだろ……あの退屈野郎がこんな、美人まで連れて?」
目を丸くして固まるバカップル(破局寸前)。それを見下ろしながら「んじゃーねー」と爽やかに去って行く二人。
そのひと幕は残されたカップルに、さらなる油を注ぐ原因となった。
「あーもう失敗した! 宗次郎と付き合ってりゃ良かったーっ!」
「ンだとテメェ! 俺の下でアンアン言って『あんな短小と全然違う、素敵!』なんて言ってたクセに!」
あーあ。公衆の面前で何を言ってるんでしょうかねぇ、このお二人は。
「もしもし、おふたりさん。人前でイライラするのはみっともないですよ」
そこに満を持して颯爽と現れた我らが
「お二方、 便 秘 でお悩みのようですね。出すモノを出さないとイライラするものです。なーに、私に任せて下されば――」
……ああ、またここに『うんこたろう』の犠牲者が誕生するんだろうなぁ。
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