第十一話 魔法の食べ物
「んじゃ、ここでちょっと遅めのお昼にしようか」
あれから白雲さんは私、門田菊と、あの現場で恋敵に下剤を盛ろうとしていた下原 宗次郎さんをここに連れて来てそう言った。
「って、ここ居酒屋じゃね? 今3時だぜ、こんな時間に空いてんのかよ」
下原さんの言い分ももっともだ。その店の看板には『ホルモン・もつ鍋の店 [ベン]』という看板が掲げられていて、一見すると明らかに夜のお店だ。
ただねぇ……ここに来る途中に白雲さんが予約の電話を入れていた事や、その話口調がやたら馴れ馴れしかった事からも、何らかの『うんこたろう』とのつながりがある店なんだろうなぁ。
何より店の名前が[ベン]なのがまた……少し前まではその名を聞いたら、騎馬戦車で戦う映画とか、熊と戦う犬軍団の小隊長を連想したもんだけど、今はもう、その……アレよねぇ、やっぱ。
「お邪魔するよー」
「おー、来たねうんこたろう。お連れさんもさぁ入って入って」
案の定というか白雲さん、しっかり常連さんらしい。時間帯的に当然と言うか、他にお客は誰もおらずに、私たち三人は招かれるままカウンターに腰かけた。
「ってか、食べ物屋がうんこなんて言っていいのかよ」
「ははは。だからこの時間に来たのさ、今なら気を悪くするお客もいないからねぇ」
下原さんの抗議をさらっとかわす白雲さん。一応、私もいるんですけど……まぁここ数日で確かに耐性はつきましたけどね。
親しげに話す白雲さんと店主の会話を聞くに、この人は白雲さんの幼馴染で、小学校の頃からの知己の仲らしい。
「あれ? 白雲さんって確か小学生の時、名前でいじめられてたんじゃ無かったでしたっけ」
そうだ。あの白雲さんの書いた本によれば、いじめに会った挙句に自由研究をうんこネタにされて、そこから大逆転人生が始まったんだった。
「うん。この店主がその時のいじめっ子、
「ああ、それで店の名前がベ……」
「ストップ! ストーップ!!」
迂闊に口を滑らせかけた下原さんを大急ぎで止める。これからゴハンなんだから、なるべくうんこネタは避けて通りたい所……
「それで、どっちが下痢気味のヒトなんだい?」
「こっちの下原君だよ。そっちは私の新しいアシスタントで、門田菊ちゃんだ。菊門ちゃんって読んであげてくれ」
だだだ台無しだあぁぁ……思わず脱力して、ばたっ、とカウンターに突っ伏す私。てか『菊門ちゃん』を定着させようとしないでよもう。
ちなみに下原さんは完全に固まっている。そりゃそうだ、仮にも食べ物屋でのこの会話に加えて、それがさも当然と言わんばかりの雰囲気。誰だって最初は引くわよねぇ。
「ま、気を取り直して。まずはホイ、お通し代わりだよ」
そう言ってこんにゃくの田楽を一皿ずつ出してくれた。ゆず味噌のいい香りと立ち上る湯気の温かさが、12月の寒空で冷えた体には嬉しい。
「いただきます。ん、ハフッハフッ、熱々でおいひー♪」
今日は探偵ゴッコもあってお昼抜きのままもう午後3時、すきっ腹にお腹にたまるこんにゃくは嬉しくなる……って?
「下原さん、食べないんですか? 難しい顔をして」
彼は出された田楽に手を付けずに、しかめっ面をして腕組みしていた。ちなみに白雲さんは一口で田楽を平らげてケロリとしている……相変わらずすごい食欲だ。
「俺、こんにゃく苦手なんだよなぁ」
幾分申し訳なさそうにそう言う下原さん。あー、好き嫌いは誰でもあるからなー、仕方ないのかも。
「そうだと思ったよ。お腹がゆるい人は苦手な人が多いからねぇ」
白雲さんのその言葉に「え?」と反応する私と彼。
「こんにゃくって、お腹を下す人にいいんですか?」
「てか、食物繊維いっぱいだって聞いたぜ。むしろそんなもん食ったら腹下しが酷くならねぇか?」
「それは間違った見識だよ。こんにゃくの食物繊維は不溶性だから、腸内の水分を吸収してしっかりとした形のうんこを作ってくれるんだ」
……もう食事中だという事は忘れよう。
「下原君、君は慢性的な下痢に悩まされているね。それはつまり大腸の水分吸収能力が弱いのと、水物をガブ飲みする習慣が原因だと推測されるが、どうかね?」
「う……確かに喉がよく乾くし、ジュースとか一気飲みするコトあるけど」
「そこを直して行けば慢性の下痢はきっちりと解消されるよ、あとこんにゃくは下痢を止める魔法の食べ物だ、大人なら好き嫌いを言わずに食べなさい」
大腸が水分を吸収しないという事は、体の水分が不足気味になって喉が渇き、そのせいで飲料物を過剰に摂取してしまう。
ただでさえ水分を吸収しきれない便はゆるくなるのに、そこへきて多量の水分を取ればそりゃお腹も下すだろう、まさに負のスパイラルが起こってるんだとか。
「こんにゃくは大腸内の水分を吸収し、なおかつ繊維質で宿便を剥がし取る効果もある。そうなれば水分の吸収が良くなって便が固くなり、体の隅々に水分が行き渡って喉が渇くことも無くなる。はい、これで下痢とはおさらばだ」
私と下原さんが「とはー」と感心の息を吐く。なんかもうあまりに理論立てられた解説にぐぅの音も出ない。というか食べ物、こんにゃく一つでここまで人体ってコントロールできるものなのかな……。
「いただきます!」
仰々しく手を合わせて、もうすっかり冷めたこんにゃくにかぶりつく下原さん。ああ、どうやらこの人も、うんこたろうマジックにかかりつつあるなぁ。
「いやぁ、うんこたろうには色々と助けられているからねぇ」
本命のホルモン鍋をつつきながら、店主と白雲さんとの話に耳を傾ける。あの自由研究騒動以来、弁財さんの方が友達からいじめられる立場になりかけたのだが、白雲さんはそんな連中こそを非難して、自分の地位の向上に貢献した彼としっかり親友になったそうだ。
まぁ、おかげで「うんこコンビ」なんて不名誉なあだ名も頂戴したらしいけど。
弁財さんはもともとシェフを志していて、イタリア料理やフランス料理を学んでいたらしいけど、店を出したはいいが全然流行らなくて商売が立ちゆかなかったらしい。
そんな折、幼馴染の
「ホルモンは腸にいいからね。ここで食事して便通が快調になれば食欲も増す。そうなればお客さんはまた、ここに食べに来てくれるという訳さ」
漢方の医食同源の考え方の一つに、動物の臓器を食せばその人のその臓器が健康になるというのがあるそうだ。
なので動物の腸であるホルモン料理を食べれば、食べた人の腸が健康になり、それは必然その人の心身をより健康にする効果があるという事だ。
このホルモン料理屋[ベン]も、それを宣伝文句にして人気店になり、めでたく商売を立て直せたらしい。だから白雲さんの無理な注文にも応えて、便通で困っている人にここの料理を振舞ったことが何度もあったそうな。
なんか色々と納得できた。うんこで人を救う白雲さんにとって、こういう店の存在はいいサポートになるんだろうなぁ。
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