第4話 先生と桜の樹の下

 高校の入学式。桜の花が咲き開く、明るい春の祝福のような彩りの朝を、そのときの僕は正反対の真っ暗な気持ちで歩いていた。


 つまらない理由だ。志望校の落第と、それに端を発する両親の不和。父さんが母さんの教育を責め、反論に母さんが父さんへの日頃の不満をぶちまけて盛大に喧嘩をした末に、二人は志望校に落ちた僕を責めることで停戦した。


 そして両親の平和の均衡を崩した罰のように一人で出席することになった入学式を前に、僕は自分がどうしようもないダメな人間に思えて校門の前で立ち尽くしていたのだった。


 すべてが場違いに思えた。晴れやかな入学式も、他の新入生たちのにぎわいも、美しい桜の花も、明るい春というヤツそのものが、僕の存在を否定するように僕を取り囲んでいた。これ見よがしに咲く桜の花が、僕をせせら笑っているように思えた。自分の美しさを誇示するように花を散らして、惨めな僕の醜さをあざ笑っているように思えた。


「桜の樹の下には屍体が埋まっている……」


 そこで不意に国語の入試問題に出たその一文が頭に浮かんだ。僕にはその一文が、美しいものは醜いものを犠牲にして存在していると言っているように感じられた。醜いもの……。


「どうした? もう入学式が始まるぞ?」


 そのとき立ちすくむ僕に声をかけた先生がいた。


「気分が悪いのか?」


 近づいてきた先生の前で、僕は同じ言葉を呟いていた。


「桜の樹の下には屍体が埋まっている……」


 先生が眉をひそめているのを感じ、僕はますます自分の醜さを意識して自暴自棄に続けた。


「美しい花は醜いものを犠牲にして咲いている。醜い僕はあの桜の花を咲かせるための醜い屍体にでもなった方がいいんです」


「それは違うだろう」


 はっきりとした言葉が僕の耳を打った。


「そもそも美醜など人の決めた曖昧な線引きに過ぎん」


 顔を上げた僕の前に立つ先生が、大きな瞳で僕の目をまっすぐに見ていた。


 それが三上先生と僕の出会いだった。


「それに――」


 そして先生はこう続けた。


「――逆に考えれば、醜いものこそ美しい花を咲かすことができる――だったか?」


 僕に覆い被さったまま「覚えてますか」の問いに、そうニヤリとあのときと同じ言葉を口にする先生は、人間でなくなってしまっても先生なのだ。だから結局「どうして?」なんてあらためて思うまでもないことだった。


 僕は先生が好きなのだ。

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