第9話 〜通訳は見た〜
◇◇◇
――船上
(……こんな事が許されるのか? こんな事が起こって良いのか……?)
俺は自問する。
その答えは断じて否だ!!
眼前にいる初めての魔物。
……魔物だよな? 多分、魔物だろ!?
“しーさんぺんと”? うん、知らん!!
俺は今、それどころじゃないのだ。
“アリーシャ”……。そう、アリーシャだ。
お嫁さんの名前はアリーシャ・…………アリーシャだ!!
こんな事が起こり得るのか?
許されることなのか?
断じて否だ!!
(俺は……、お嫁さんのフルネームを忘れている!!)
確かに聞いた!
大陸横断中に、お嫁さんの名前を聞いた!!
――私の恩恵(ギフト)は【雑魚】と呼ばれるもので……。
その生い立ちを聞き、運命だと衝撃を受けた。
【皆無】だと言われ、捨てられた俺。
【雑魚】だと言われ、捨てられたお嫁さん。
その衝撃に全てを持っていかれた。
そんなクソみたいな言い訳はいい……。
「可愛いな」「運命だな」
んな事は二の次だろうに……。
その前に本名を名乗っていただろう!?
なぜ忘れる? なぜ忘れられる?
お嫁さんが“旦那様”と呼んでくれるのなら、俺は“お嫁さん”と呼ぼうだなんて……。
(ぁあああっ!! 俺はなんてクズなんだ……)
まったく……、自分が自分で信じられない。
幸せにすると誓った相手の名前すら忘れてしまっている。
ティークエン語の習得に思考が全振りしていた。グリーが残してくれた最後のプレゼントくらいしっかりと受けとらないとと焦りまくっていた。
一つの事しか考えられなくなってしまう。
こうするべきだと思ってしまえば、一直線に進んでしまう。配慮や気遣いもできやしない……。
(……俺は本当に大馬鹿者だッ!!)
自分に腹が立って仕方がない。
「たにぃーてッ!! きうくはっ!!」
「なる!! りゅーりとっば!!」
「がでんぴーらくッッ!! れっぞ!!」
「さばんてきうくはっ!」
「さばんてきうくはっ!!!!」
「がでんぴー!! らくれいわ!!」
……な、何一つとしてわかりやしない!!
「……ゔぅぅっ!! クソッ! クソッ!!」
まったくもって情けない。
こんな自分が恥ずかしくて仕方がない。
シュォオオオオオンッ!!!!
も、もう、うるんさいんだよ、お前……。
チャキッ……
俺は号泣しながら剣を抜いた。
「《空中散歩皆無(スカイウォーク・ナッシング)》……」
タンッ……
◇◇◇【side:ティアテラ】
――船上
「な、なにがどうなって……?」
ティアはただただ呆気に取られていた。
あ、あれ……?
ひ、人って空を飛べるだっけ……?
ガキンッ、ガキンッ、ガキンッ!!!!
船の上空ではレイさんが目にも止まらぬスピードで海蛇(シーサーペント)の『首』を落とそうとしている。
ガキンッ、ガキンッ、ガキンッ……!!
海蛇(シーサーペント)の鱗は大砲すら弾き返すほどの強度のはず……。おそらくは30mオーバー。
に、人間に勝てるはずがない。
ここに『Sランク冒険者』がいたとしても戦闘を避け、「海の掟」に従うはずなのに……。雷属性の魔術師でもいない限り、手を出す事など……。
ガキンッガキンッ、カシュッ!!
「……ッッ!! う、鱗を……、剥いだッ!?!?」
鉄則で言えば、食糧を海に捧げることでしか助からない。それでも助かる確率は30%だ。
ここは天命に従うことしかできない。
だって、ここは海上なんだもん。
人間は海に落ちれば息ができない。
それは当たり前のこと。
か、簡単に死ぬんだ。
人なんて、あっけなく、無慈悲に……。
「ぉ、おいおいっ……マ、マジかよ……」
「化け物だとは思ってたが……」
「む、無茶苦茶だ。“瞬間移動”してるぞ」
「バカ言え! それより鱗を剥いだんだぞ?!」
「ど、どんな腕力してやがるんだ?!」
「バカか!? 1番イカれてるのは、あの正確性だろ!?」
船上は混乱に包まれる。
この密航船はほとんどを海上で過ごしている。
航海術だけは一級品。
武力だってAランクの冒険者相当。
だからこそ、高値の品を運搬していたのだ。いつ、いかなる状況においても切り抜けて来た海の熟練者たちですら、ティアと同様に呆気に取られている。
取り引き前の数分間……。
レイさんにあっという間に鎮圧された彼ら……。
――こ、このガキ、『大厄災狩り(カラミティスト)』並の化け物だぁあ……!!
ティークエン大陸の『七魔也星(セブンステラ)』“鬼星”と同等と感じた畏怖も今ならわかる。
グチュンッ! グチュンッ、カシュッ!!
あ、あまりに圧倒的……。
消えては現れ、斬っては離れ……。
キュゴォオオオオッ!!
徐々に……徐々に、海蛇(シーサーペント)の首は細くなっていく。
レイさんの表情は見えない。
残像すら視認できない。
でも……、レイさんは宙を駆けながら執拗に一点を斬り続け、的確にダメージを与えている。
スッ、カシュッ!! スッスッ、カシュッカシュッ!!
信じられないことに、音が遅れてやってくる。
「……コ、コイツ、“海蛇王(シーサーペントロード)”の可能性もあるだろ? なんで鱗がこんな簡単に……!! な、なんで『幻』が血まみれになってやがる……?」
ポツリと呟いたのは船長(キャプテン)“キラー”。彼自身Aランク冒険者にして、裏ギルドの貿易を務めている傑物だ。
ギュオォオオオオオンッ!!!!
突然の咆哮に身体の自由を奪われる。
首周りの太さと異形である白い立髪……、海水を自在に操り、一部は氷にまで変換させるほどの変異種……。確かに幻と呼ばれる『海蛇の王』の可能性も否定できない。
(げ、幻獣……!? か、海獣……。こ、これが、大海の主……!!)
ズゴォオオオオオオオ!!
立ち昇る海水は16本の巨大な槍に……。
切先はピキピキと冷気を纏い、一つでも船に着弾すれば一瞬で海の藻屑に……。
ドスドスドスドスドスドスッ!!!!
不安と焦燥に駆られるティアたちを他所に、見たことのない暗器を投げたレイさん。高速移動の中だと言うのに左右の目に3つずつの暗器が的確に目玉を射抜く。
ギュオォオオオオオッ!!!!
悲痛の叫びを上げ、天を仰ぐ“幻獣”は、
グザッグザッグザンッ……グチュンッ!!
レイさんの連撃の餌食となり、首が飛んだ。
「「「…………ッッ!!!!」」」
ザパァアンッ!!!!
亡骸は海上に大きな穴を作り、驚愕しているティアたちに大波が襲うが……、
ブワァアッ!!!!
目の前が真っ赤に染まる。
小さな魚たちが船を包み込むような大きな魚群となり、グジュウッ……と音を立てて消えていく。
視界が拓けると、銀髪が風に揺れている。
雲ひとつない青空と同じ碧い瞳が光っている。
タンッ……
船上に帰ってきたレイさんに駆け寄る黒髪の女性。
「申し訳ありません、旦那様。お怪我はございませんか?」
「いや、大丈夫! それより波から船を守ってくれてありがとな!」
「……い、ぃえ」
「にしても、すごいなぁ〜!! アレが魔物ってモンスターなのか? 首を斬るのに苦労したよぉ!」
「お疲れ様でした、旦那様。一枚の鱗の隙間を的確に刻むお姿……。とても凛々しく猛々しく、美しかったです……」
「ハハッ、ありがとう! でもなぁ〜……、やっぱり俺の武力は対人間用だなぁ〜……。お嫁さんならもっと早く仕留められただろうけど、」
「そんなことはありませんよ? とても硬そうな外皮でしたし、私では体内に毒を仕込むしかありません。それも効果が出るまでかなりの時間を要したことでしょうし……」
2人はなんでもないことのように戦闘を振り返り、テレテレモジモジしている。
ゾクゾクッ……
身体が思い出したかのように鳥肌が立つ。
今になって先程の光景の数々を脳が処理し始めたような……そんな感覚に包まれる。
「ォ、オイラはなんて化け物をティークエンに……!!」
船長(キャプテン)キラーがポツリと呟いた。
他の乗組員たちも事の重大さを理解したのか、「あ、ぁあっ!!」などと自分を抱きしめ、「ど、どうすりゃいい!」なんて頭を抱え始めた。
その光景に顔を引き攣らせ苦笑するレイさん。
「お嫁さん、俺、なにかおかしかったかな?」
「いえ、完璧な仕事でした。旦那様」
「そ、そっか?」
「……は、はぃ」
ティアは2人の会話を聞きながら、ゴクリと息を呑む。
――ごめんなぁ。俺、バカでさぁ……。でも、頑張るから、見捨てず頼みます!!
ワイルドは傷痕があっても、少し女の子のような顔をしている綺麗な顔立ちのレイさん。笑顔が可愛らしくて、とても頑張り屋さんで、子供のように表情をコロコロ変えて……。
――教え疲れたらすぐ言ってくれな?
そして、心根はとても優しい人……。
ゾクゾクッ……
(……ぜ、絶対に敵に回しちゃダメだぁ)
優しい人だからこそ来るものがある。
サァー……
(テ、ティア……頭を叩いちゃいましたッ!!)
数分前の混乱中の自分を振り返り、少し失禁してしまったのは内緒にしておこう……。
ーーーーー【あとがき】
フォロー、☆、♡、ありがとうございます!
明日も20:00頃に〜!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます