第4話 〜相棒たちは見た〜
◇◇◇【side:グリー】
――王都平民街 酒場「ワタリドリ」地下
(……はぁ〜……これでよかったのかな)
ドサッ……ドサッドサッ……ドサッ……
名だたる暗殺者たちがバタバタと倒れていく。
ことの発端はレイさんの一言。
――とりあえず、潰せばいいんだな?
そう発言できる単純な思考回路でも、現に実行できているんだからなにも言えない。
(あり得ないんだよね、普通は……)
グザッグザッ……ドサッドサッ……
ズゴォオオンッ……バタッバタッバタッ……
レイさんは力技で確実に1人ずつ意識を奪い、彼女は小魚で麻痺状態にして身体機能を奪ってる。
レイさんはもちろん、彼女も化け物だ。
「確かに綺麗だけどあんな無表情女のどこがいいのさ……。レイ君のバカ……」
グラーはずっと拗ねている。
少しは集中して欲しいところではあるけど、まあ気持ちはわからなくもない。双子だからって理由じゃなくて、グラーの恋心は誰の目から見ても明らかだった。
気がついていないのはレイさん本人だけ。
とは言っても、レイさんは娘のような存在としか思っていない事もわかっていたから、この結果は当たり前ではある。
(まぁ……、いきなり“結婚した!”なんて事になるとはボクも思わなかったけど……)
ズゴォオッ! バギンッ! グシャッ!!
レイさんの戦闘音が聞こえる位置で物陰に身を潜めているなんてのは久しぶりだ。急ぎで情報を集めたから不確かなことが多すぎる。
ボクたちは不足の事態に陥ったときのサポートとして、ボクの【隠蔽】とグラーの【鷹ノ眼】で戦況を見守っているんだけど……。
(ははっ……、そんな必要はなかったみたいだね)
最強の賞金稼ぎ(バウンティハンター)は、より洗練された一挙手一投足で……。天才暗殺者(ジーニアスアサシン)も情報通りに『海』に引き摺りこんでいる……。
2人は背中合わせ……。
連携している素振りは微塵もない。
「正面の敵を行動不能にする」という単純な作戦がまかり通る。「背を気にしなくて良い」という連携が2人にとっては1番合っているのかもしれない……。
意識を奪うだけでいいとボクは伝えた。
2人の強さを喧伝してくれるヤツは多い方がいい。雑兵が怖気付いてくれれば儲けもの。
支部を丸々潰された。
この事実が時間稼ぎになってくれれば……なんて考えてたけど……。
(想像以上にすごいな……)
レイさんの【皆無】に合わせられる人なんていないのはわかっているけど、レイさんが一切後ろを気にしていない光景には来るものがある……。
「うぅ……うっうぅ……。ズルいょ……!」
泣いてしまうグラーの気持ちも、“ズルい”って言葉も共感できるのは双子だからなのかもしれない。
ボクたちが目指した場所に彼女がいる。
――よく生き残った!!
そう言ってボクたちを抱きしめてくれた。
――好きなだけ食べな?
そう言ってボクたちに居場所をくれた。
――もう大丈夫だぞ!
戦争で家族を失った時も、人攫いに遭った時も、何気ない日常の中でも、ボクたちはレイさんに救われ続けた。
レイさんが賞金稼ぎ(バウンティハンター)になったのは、まだ幼かったボクたちが長い間2人きりでいないようにするためもあったと思う。
孤児院に入るのを頑なに拒んだグラー。
ボクもなぜだがレイさんと離れ離れになるのは嫌だった。
お世辞にも頭が良いとは言えないレイさんだけど、だからこそ裏表もない。両親が死んでしまったあの時、レイさんの存在はボクたちに必要不可欠なものになってしまった。
ならば、少しでも役に立ちたい。レイさんが正しく力を使えるように、ボクたちは情報屋になった。
大恩人は放っておくと簡単に騙されちゃいそうだったから。ボクたちはレイさんの頭脳になろうって……。
ズザァアン……バタバタバタッ……
でも、本当はあんな風にレイさんの背中を守れるようなヤツになりたかったんだ。どんな死地でも共に居られるような戦士になりたかったんだ。
「ぅっ……」
「なんでグリも泣くのよ……。ぅうぅっ……あたしまで止まんなくなっちゃうじゃんっ……ううぅうっ……」
「……グラ。……お前もわかってるからずっと泣いてるんだろ?」
「……な、なにを? あたしは、」
「“ボクたちがどうしなきゃいけないか”をだよ、グラ……」
「や、やめて。言わないで……」
「レイさんには誰よりも幸せになって欲しいでしょ?」
「…………ずるいよ。うぅううっ……」
声を押し殺して大粒の涙を流す妹を抱きしめる。
いつも頭を撫でて褒めてやる時は「兄貴ヅラしないでよね!」なんてツンツンしてるくせに、グラーはボクにしがみつくようにして漏れ出る嗚咽を耐えていた。
ドスドスッ……ドサッ、ドサッ……
ズザァアア……バタッ、バタッ……
こんなこといつまでも続けられない。
いくら2人が強くても、2人に安息は訪れない。
血生臭い日々が待っているだけだ。
その果てに手に入れた幸福なんて本当のところでは望んでいないはずなんだ。彼女はともかく、レイさんはそういう人だから……。
だから……。
大恩人の幸せを願うのなら……。
「うっ……うぅぅっ……ほ、本当に……。ぃ、今までありがとうございました……」
2人を別大陸に逃すことが最善の道なんだ。
2人の名前はこの大陸に広がりすぎている。
暗殺者ギルドは追い込むことに躊躇はないだろう。あちらにだってメンツがある。裏の住人たちは信頼を失えば廃業だ。
正体不明だった海(メル)も、レイさんの細かい情報も大陸中にばら撒いて徹底的に追い込むことになるはず……。
仕方がない。
これは仕方がないことなんだ……。
グラーとレイさんとボク……。
最後の仕事が終わったら、のんびりとした場所で気ままに過ごすなんてのは夢物語だった。
今回のことで痛感した。
いつまでもレイさんに依存してちゃダメだ。
もう自分で歩ける。
もう自分たちは自分で歩いていける。
あなたに育てて貰ったボクたちだから……。
――ひ、一目惚れってヤツかなぁ?
初めて見たレイさんの顔を守るんだ。
ボクたちはレイさんの頭脳。
だから……。
レイさんが幸せになることを第一に考えるよ。
「グラ。見ておこう……。レイさんの……ボクたちの育ての親の背中を……」
「……グリ。……ぅぅうっ……」
スッ……
物陰から出ると、いち早くボクたちに気がついたのは“天才暗殺者(ジーニアスアサシン)”。彼女はボクたちを無表情で一瞥し、ボクたちをフォローできる場所に移動した。
「こんなことをしてタダで済むと思うなよ!! 裏切り者がッ! “マスター”を敵に回すことの意味がわからないお前じゃねぇだろぉお!!」
最後の1人、トゥーリ王国の王都支部を任されている“影(シャドウ)”が、彼女に吠えるが……、
「俺と彼女に降りかかる火の粉は俺が振り払おう!」
最強の賞金稼ぎ(バウンティハンター)は、(ここはカッコつける場面かもしれない!)なんて考えていることだろう。
「レイ・ロマディーノ!! こ、後悔するぞ! 絶対に許さねーからなぁあ!! 《影糸(シャドウ・ストリングス)》!」
「《加速皆無(アクセル・ナッシング)》……」
フッ……トンッ……
レイさんは一瞬で背後を取り、黒い糸を放った影(シャドウ)の首を叩いて意識を奪った。
(アハッ……。背中はほとんど見れなかった)
ボクとグラーはただただ見つめていた。
50人弱の暗殺者たちが転がっている場所にピンと背筋を伸ばして1人だけ立っている大恩人を……。
その、デカくてかっこいい背中を……。
「よぉし! グリー! この調子で全員に格の違いを見せ付ければたいいよな!?」
……そ、そう単純じゃないのよ、レイさん。
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