第3話 決意




  ◇◇◇



 ――トゥーリ王国 王都




(……け、けけけけ、結婚してしまった!!)



 待て待て。どうしてこうなった!?

 俺は今回の仕事で引退を……。



 チラッ……



 ち、ちくしょーう! めちゃくちゃ可愛い!!

 なんなんだよ。目が合ってほっぺ赤くして!!


 君はなんで大人しく手を引かれてるんだ!?


 今、俺たちは手を繋いで王都を歩いている。

 戦闘後を確認しに来たフェレット公爵家の使用人に見つかり、逃げるように屋敷を離れた。



「「…………」」



 見つかれば色々と厄介なことになるだろうし……と連れ出したはいいが、一言も会話がない。「とりあえず逃げるぞ」「はい」で会話が終了している。


 さっきまで首の取り合いをしてたんだ。


 これからどうすりゃいいのかなんてバカな俺にわかるはずもなく、かと言って彼女の柔らかい手を離す気などさらさらないのだから、現状、詰んでいる。


 ……結婚……したんだよな?

 ……魔力が回復するのを待ってるだけ?


 俺の嫁は逃亡の機会をうかがっているだけなのか? …………わ、わからん!! とにかく会話だ。バ、バカだとバレれば嫌われるかもしれないから慎重にしなきゃな。


 

「……さ、寒くない?」


「……平気です。ありがとうございます」


「……ぅ、うん」


「……」


「……」



 ぬぉおお!! なんだそれ!

 くそぉっ! 会話が繋がらない!

 


 チラッ……パチッ……プシュ〜……



 盗み見て目が合い2人して顔を赤くする。


 なっ……、なんなの? マジなんなの!?

 無表情で赤くなるのやめて! 感情わかんないからッ! 


 ただ一つ言えるのは死ぬほど美しいってことだ。俺のお嫁さん、死ぬほど美しいッ!!


 

「いらっしゃい、いらっしゃい!」

「今日の牛串は絶品だよ〜!」

「半額セールの時間だよぉ!」

「お土産にどうだい!」

「リンガは要らないかい!? 残り10個しかないよ!」



 貴族街から平民街に出ると活気が違う。

 店じまい間近の屋台が立ち並んでいる。


 閑散とした貴族街とは対照的な平民街のメインストリート。……追手は来ていないようだ。まぁ撃退できただけで御の字だろうし、追ったところで返り討ちにされるのが関の山……。


 そこまでバカじゃないか……。


 

 ギュッ……



 俺たちは会話もなく手を繋いで歩いた。


(……とりあえず、ゆっくり話せる場所に行こう)


 酔っ払いや仕事帰りの人々の間を縫うようにして、俺は拠点にしている宿を目指した。


 もう俺1人ではなにをどうすればいいのか判断すらできない。情けない話だが、ここは相棒たちの助力が必要不可欠なんだ。



 チラッ……パチッ……プシュ〜……


 

 誰かどうすりゃいいのか教えてくれっ!!

 俺のお嫁さんの可愛いさが留まることを知らない!




   ※※※




「レ、レイさん……なに考えてんのさ……」

「レイ君……。嘘……だよね?」



 拠点としている宿に戻ると2人のお出迎えだ。

 “グリラーズ”。グリーとグラー、男女の双子。兄のグリーは頭を抱えて、妹のグラーは顔を引き攣らせる。



「……か、考えてはないな。でも、あのまま屠るのもあの場で離れ離れになるのも、俺の中ではあり得なかったんだ」


「レ、レイ君の行動があり得ないよ!! ゎ、わかってるの!? この女は100億J(ジュエル)の賞金首……。この2年間、あたしたちが必死に情報を集めてやっと尻尾を掴んだんだよ!?」


「いゃ、それは悪いと思ってる。報酬はちゃんと払うつもりだし、そこは心配しなくても、」


「あたしたちへの報酬の話なんてしてない!!」



 グラーは俺の言葉を遮り、「レイ君のバカァアッ!!」と叫びながら部屋から出て行ってしまう。


「えっ、おい、グラー!」



 ガシッ……


 すぐに追いかけようとする俺を止めたのは、


「レイさん。今は放置でいいから……」


 兄のグリーだ。


 頭の悪い俺に変わって情報を集め、作戦を練り、すべきことを教えてくれる相棒……。もちろん、妹のグラーも優秀だが、危険な場所に潜入させるのは俺もグリーも良しとしなかったため、俺の頭脳(ブレーン)はグリーだ。


 元はと言えば、2人は戦争孤児。


 たまたま俺が拾ったのがきっかけだが、2人とも超有能な人材……。


 今の俺にとっては居てもらわなきゃ困る存在だが、今の2人ならどこでだって生きていけるのにずっと俺への恩を感じてくれているよくできたヤツらだ。



「はぁ〜……。連れてきてどうするのさ……」


「わ、悪い……。たしかにお前たちの努力を踏みにじる行為だったな。俺1人じゃこれからどうすればいいのかわかんなくて、つい……」


「違うよ。別にボクたちの努力とかうんぬんは関係ない……。生かすも殺すもレイさんの自由さ。実際に闘うのはレイさんだし、勝敗に関わらずレイさんが生きていてくれるならボクも“グラ”も報酬なんてどうでもいいからね」


「……?」


「“じゃあ、なんで連れてきちゃダメなの?”って顔だね……」


「……ッ!!」


「アハハッ……。顔芸やめてよねぇ……」



 グリーは苦笑しながら頬をポリポリと掻くと、チラリと俺のお嫁さんに視線を向けた。



「状況……わかってる?」


「…………」


「なにがどうなってこうなったのか……。正直、長年一緒にいるボクだって予測不可能なのがレイさんだからね。あんたは話が通じるの? 通じないの?」


「“状況”……。それは誰の立場での話でしょうか?」


「……」


「私が……だ、だ……。“このお方”といるリスクに関するお話でしょうか……?」


「……“だ”?」


「……お気になさらず。兎にも角にも、暗殺ギルドは私を血眼になって探しているでしょうね。逃亡や失敗は“死”。“撤退”であるのなら、私がギルドに戻っていなければおかしいですし……」


「だよね。……ギルドを抜けるためにレイさんを利用してるってボクは考えちゃうんだけど?」



 グリーの言葉に俺はハッとする。


 な、なるほど……。

 そういうこともありゆるのか……。

 ……うん。もう人なんて殺めたくなかったんだな! 


 それなのに自分の命を人質に“仕事”を強要されていたに違いない!! そうか……。……ぅん、そうだよな。


 出会ってすぐに結婚を申し込むようなバカを利用しない手はないよなぁ〜……。ぶ、武力だけはあるしね……。


 幸せの絶頂にいた俺は、なんだか現実に引き戻されたような気分だ。繋いだままだった手も、未だに高鳴っている鼓動も、全てはまやかし。



 まぁ……、彼女が抜けたいなら力を貸そう。



 その後の彼女の人生に俺はいないかもしれないが、報われなくとも彼女のためにできることはなんでもしてやりたいと思ってしまっているんだから、俺はもうこの直感に従うだけか……。




 ギュッ……



 俺が離そうとした手を彼女に握られた。

 思わず彼女に視線を移せば、そこには真っ赤な顔をした美しい無表情がある。



「お言葉ですが……、だ、だ……だ、“旦那様”の力をお借りするつもりは毛頭ございません……」


「「…………」」


「本来、私は幸せになることなど許されない犯罪者です。私のような“殺戮兵器”が、だ、旦那様のようなお方の妻になるなど許されません……」


「そ、そんなこと、」



 ギュッ……


 

 俺の言葉を遮るように手を握られる。



「……ですが、今からでは遅いでしょうか? 私も……、旦那様のように力無き者たちのために、これまで磨き上げた自分の技術を使い、少しでも多くの命を……。これまで奪ってしまった命より多く……」


「「…………」」


「旦那様の隣に立つに相応しい人間になるため、『贖罪』に生きたいのです……」



 ジワァ……



 無表情のまま金眼には涙が溜まる。



 ズキッ……



 俺の胸に鈍痛が襲う。


 もう、どうでもいい。

 利用されようが、騙されてようが、もうそんなことはどうだっていい。


 俺は俺を信じる。

 

 直感を。運命を。本能を信じる。


 今すぐにでもその涙を拭ってやりたいと思うこの感情を今は大切にしたい……。



「現実的な話をしなよ。あんたの“これから”なんて、」


「少し黙ってくれ、グリー……」



 グリーを黙らせてから俺は彼女と向き合う。



「……俺はそんな立派な人間じゃないぞ? 人の首を狩って金を稼ぐ……。賞金稼ぎ(バウンティハンター)も暗殺者(アサシン)も似たようなものだろ?」


「……それは違、」


「違わない。幼い頃は傭兵として戦争に参加し、たくさんの命を奪ったこともある。立場が違えば敵と味方だけ。そこには善人、悪人の区別もない……」


「……」


「俺はバカだからわからないけど……、本来であれば戦争に発展するような争いが、君が暗殺したことで止まっていたのかもしれない。本来であれば数100万人の死者が出るような“火種”を君が消しただけなのかもしれない……」


「…………」



 俺の言葉に彼女はツゥーと涙を流す。嗚咽もなく呼吸も乱すことなく、ただただ俺を見つめて涙を流す。



「……なにが正しくて誰が間違ってるのかなんて、本当のところは誰にもわからないんじゃないか? 俺はバカだから“世間が決めた悪人を”って言い訳を用意して、賞金首を狩ってきただけなんだ」


「……私は考えること放棄しました」


「待て待て。俺なんてずっと放棄してるって話だが? まぁ、犯罪者を狩ることが人々にとって……いや、弱者にとって少しでもいい世界につながるとは信じてるが、」


「私にはその信念すらなかったのです……」


「……善悪を考え出したらキリがなくないか? 贖罪に生きたいって気持ちがあるならちゃんと俺が見守るよ。ぅん! 俺はそう決めた!」


「…………レイ・ロマディーノ様……」


「ハハッ! いいよ、もう。誰がなんと言おうと、『これからに期待!!』ってことで!」



 ポンッ……



 俺が彼女の頭に手を置くと、彼女はグッと唇を噛み締めてポロポロと大粒の涙を流し始めた。



 無表情とは呼べない初めての表情は痛々しい。



 ズキンッ……



 なんだか俺の胸まで痛くなって、どうにかしてやりたくて、ふわりと抱きしめた。



「ぅっ……うぅぅっ……」



 小さな声で泣く彼女を抱きしめながら、いつか必ずとびきりの笑顔を見たいと思う……。


 そりゃそうだ。

 今はもう俺のお嫁さんなんだから。

 幸せにするためならなんだってするさ。


 俺は心からの笑顔を彼女にプレゼントすると誓う。





「あのさ……、盛り上がってるとこ悪いんだけど、“海(メル)”は大陸最大の暗殺者ギルド“夜風(ナイトウィンド)”の『看板』だよ? 大陸中の暗殺者を相手にするってことになるってわかってる?」




 うるさいな、グリー。

 今、いいとこなんだから黙ってろ。









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