第2話 『最強の賞金稼ぎ』





   ◇◇◇【side:アリーシャ】



 ――トゥーリ王国 王都 フェレット公爵邸




(し、心臓が壊れています!! く、苦しいです……。痛いくらいにッ……!!)



 ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ……


 

 私は彼から視線を外したまま感情が表に出ることを拒絶した。いついかなるときも心を乱してはならない。暗殺者としての教えは私の深いところに刻まれている。


 それなのに……、


(顔……アツいッ……!!)


 彼が私を見ていると思うと顔に熱が込み上がって来て仕方がない。仮面を割られ、視界が開けてしまったらもう逃れようがない……。



 無造作に伸びた銀髪を乱暴に後ろで束ね、ただでさえ目を奪われた紺碧の瞳はより熱を持って私を見つめている。



 中性的な顔には男らしい傷痕。



 180前後の身長。無駄な筋肉がついていないからか、少し高く見える。かと言って細いわけでもなく、それが筋力トレーニングではなく、戦いの中で勝手についた“戦闘のための筋力”なのは一目瞭然。



 私は……精一杯、抗った。

 私は私にできることを……、彼を殺すために全ての力を注いだ。それなのに、首に剣を突き立てられた。


 “仕事”をしくじったのは初めての経験。

 それも当たり前……。

 失敗は死と同義なのだから。



 ――アリーシャ・ロン・フェレットの恩恵(ギフト)は……、ざ、【雑魚】です。



 『フェレット公爵家』……。

 私を捨てた実の両親が今回の標的だった。


 ……恨んではいない。

 ただ……命じられるがまま、人の命を奪うことはこれで最後にしようと……。“コレ”を最後に自らも「生」を諦めようと決めていた。


 操り人形でいるのは楽だった。

 ただの暗殺兵器として何も考えず、ただ標的を屠ることしかしない傀儡は楽だった。


 でも、この区切りとも呼べる仕事が舞い込んだ時……、



 ――私はなぜ生きながらえているのでしょう?



 ふと、我に帰った。

 7歳になるまで公爵令嬢として、幼い頃より社交界で生きていく術を学んだ。民を導く立場に生まれたからには完璧にこなさなければと……。




 しかし、待っていたのは……、



 ――我が公爵家の恥晒しめッ! 2度とフェレット家であることを名乗るな!!



 女神より【雑魚】の恩恵(ギフト)を授かったことによる追放だった。


 私の全てが一変した。

 お父様が私の息の根を止めるために刺客を放った。その刺客こそが暗殺者ギルド“夜風(ナイトウィンド)”の現在のギルド長だ。



 『殺すには惜しい力だ』


 彼女は私の魔力量に目をつけ暗殺ギルドに引き入れた。



 命令されるがままに鍛錬を、仕事を……。道半ばで倒れていく訓練生を横目に、明日は我が身だと懸命に堪えて……。


 ……いえ。恨んではいたのでしょうか?


 私は両親より優れていた自分を証明したかった。私を捨てた2人に「私は価値ある人間だったんですよ」と示したかったのは否定できない事実。それだけが私が生きてきた理由のようにも思う。



 ……ですが、あの瞬間。

 


 ガキンッ……!!



 私の凶刃は受け止められた。


 私はそれに安堵した。安堵してしまった。

 それは自分の中に“心”が残っていた証明のようなものだった。


 始めの頃は毎晩のようにうなされ、悪夢と罪悪感に押しつぶされそうだったが、仕事をするたびになにも感じなくなっていった心。


 暗殺兵器でしかない私に残された心。

 あの日、追放されるまでの愛された記憶。


 そんな吹けば飛ぶような思い出が私の中にはまだ残っていたのだ。きっと、私はいつも通り仕事をしてしまえば後悔していたのかもしれない。


 ……それが安堵した理由なのでしょう。



 もちろん、彼の存在は把握していた。

 距離にして14m弱。どう考えても私の刃の方が早く届くはずだったのに、彼は一瞬で私の前に現れた。



 バクンッ……!!



 彼の紺碧の瞳が私を見上げた瞬間に、任務も呼吸も忘れて、攻撃をすることで遠ざけた。



 おそらく……、本能的に拒絶した。



 その時にはもう遅かったように思う。

 彼の紺碧の瞳に射抜かれたあの瞬間に、私はもうやられていた。それを振り払うように排除しようとした。自分の持ちうる全ての力を使って、拒絶しようと……排除しようとした。


 私の恩恵(ギフト)は【雑魚】。

 7種の属性の『雑魚』を具現化するギフト。


 持ち前の魔力量で無尽蔵とも言える“雑魚”の創造。後天的な技能(スキル)は《気配遮断》、《予測演算》、《暗殺体術》。


 負けるはずがない。

 常人でも1つの技能(スキル)。

 超人でも2つが関の山。


 天才と呼ばれる私でも3つ……。


 「何かの間違いだ」

 「そんなはずはない」

 「私は人である事を辞めた」


 懸命な拒絶。持ちうる全ての力を拒絶に変えて……。これまで奪ってきた命のためにも、私は一瞬たりとも幸せになどなってはいけないのだと……。



 それなのに……、



 ズチャッズチャッズチャッ……!!!!



 彼は全てを真正面から受け止め、私の首にその剣を突き立てた。


 強かった。果てしなく……。


 おそらくは“時間”を操るような強力な恩恵(ギフト)。それを支える後天的な技能(スキル)。


 スキル習得がどれほど過酷なものなのかを私は知っている。……その努力には意志がある。


 私は彼を知っていた。

 暗殺者ギルドにおいて最重要人物。

 「邂逅すれば逃亡一択」とギルド長にも言われていた。


 目の前に立てば命はない。

 『最強の賞金稼ぎ(バウンティハンター)』。



 “レイ・ロマディーノ”……。



 凶悪犯のみにその力を振るう正義の執行者。




 ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ……



 

 その力をこの身を持って知ってしまえば……、



(なんてかっこいいのでしょう……)



 憧れずにはいられない。



「「…………」」



 彼はどこまでも澄んだ紺碧の瞳で私を見つめている。どこまでも手が汚れていて、考える事を放棄した殺戮兵器を見つめている。


 目を合わせるなんておこがましい。

 胸を高鳴らせるなんてもっての他です。



 ――……す、好きだ!!



 ブワァアッ!!



 思い出しただけで顔から火が出てしまいそう。

 “私もです”だなんて、身の程知らずでしかない。



 バクンッ、バクンッ、バクンッ……



(い、いっそのこと……殺して下さいッ!!)



 私はあまりの恥ずかしさに両手で目を覆った。

 


「……もう抵抗はしません。あなた様の手で屠ってくださるのなら本望です……」



 消え入りそうな声で私が呟くと……、



 ふにっ……



 唇に柔らかい感触が降って来た。

 目を覆っていた手に降り注ぐサラサラの髪の毛がくすぐったい。私の鼻先は柔らかいところに触れ、頬には少し硬い“なにか”が触れた。



 バッ!!



 慌てて目を覆っていた手を外せば、ハッとしたあとに苦笑を浮かべる彼が待っている。



「……ごめん。気がついたらキスしてしまってた」


「……ッッ!!」


「それから、ありがとうな。毒も火傷も治ってるみたいだ……」


「…………」


「ハ、ハハッ……、ごめん。“私も”って言われてつい舞い上がって……。あんなの生き残るための嘘に決まってるのにな……」



 彼はほのかに頬を染めながら苦笑を深めた。




 キュュュウゥウウウゥウンッ!!!!



 心臓を直接握られたかのような痛みに悶えながらも、私は初めてキスをしたことを今更ながら自覚し、尋常ではない熱が顔に込み上がる。



 

「ぃ、ぃえ……。虚偽ではありませんし……、その……別に……構いません……。あなた様なら……」



 な、何を言っているのですか!! 私はッ!!



「……そ、そうか! ハハッ……。そっか!!」



 パッー!!



 彼は弾ける笑顔を浮かべた。


 クシャッとした少年のような笑顔に私は痛む胸を押さえて悶えることしかできない。その笑顔のためならどんな事でもしてしまいそうになるほど魅力的な笑顔を前に、私はグッと唇を噛み締めたのだが……、



 スッ……



 ふと手を差し出され、彼を見上げる。



「……俺と結婚してくれ」


「……はぃ」



 スッ……



 半ば無意識に私が彼の手を取ると、グイッと引き寄せられ、ふわりと彼に包み込まれた。



「…………な、なに言ってんだ、俺……。こんなにいきなり……。本当に自分が信じられない……」


「…………」


「でも、やばい……。死ぬほど嬉しい……」



 彼の甘く低い声が、私の耳元で囁く。



(………………ぇっ? えぇええええッッ!?)



 私は心の中で大絶叫した。

 私はもう奴隷になってしまったのかもしれない。



(か、彼になにを言われても拒絶できる気がしません!!)



 ドッドッドッドクドクドクドクッ……!!!!



 私は一生分の鼓動を打ってこのまま死ぬかもしれない。













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