【皆無】はバカで【雑魚】は笑えない〜最強の賞金稼ぎと天才暗殺者は、別大陸に駆け落ちして、初めて冒険者を知り、『新婚無双』を繰り広げるそうです〜

第1話 『100億の首』




   ◇◇◇◇◇



 7歳になると女神より恩恵(ギフト)を授かる世界。



 ――レイ・ロマディーノの恩恵(ギフト)は……、か、【皆無】である。

 ――アリーシャ・ロン・フェレットの恩恵(ギフト)は……、ざ、【雑魚】である。



 恩恵(ギフト)が原因で親から捨てられた2人が今、邂逅を果たした。最強の賞金稼ぎ(バウンティハンター)と天才暗殺者(ジーニアスアサシン)として……。






 ――某国 王都公爵邸




 フェレット公爵邸の一室。

 ふわふわと部屋中を小さな魚が宙を泳いでいる。


 色とりどりの小魚たちと真ん中に立っている女。その足元には公爵夫妻。


 女は仮面をつけており、真っ黒のワンピースとフード付きのマントで素顔は確認できない。



(コイツが『海(メル)』……!! 女だったのか!)



 俺がこの暗殺者を探し始めて2年。


 大陸全土で暗躍する暗殺者ギルドのエース“海(メル)”。


 20歳前後、性別不明、恩恵(ギフト)不明。

 王侯貴族から同業者まで、王国やギルドにとって障害になる全ての大物を専門的に暗殺している“殺しの天才”。


 あやゆる国やギルドから多額の賞金をかけられ、トータルバウンティ100億J(ジュエル)の超凶悪の暗殺者。



 ――次のメルの標的はトゥーリ王国のフェレット公爵という情報を掴んだよ。



「ハハッ! 流石だ、“アイツら”……」



 バカな俺は情報屋の“グリラーズ”に感謝を述べ、いつも通り右手に剣を左手にクナイを構えるが、メルは俺を無視して“仕事”を優先させたらしい。



 スッ……



 メルが短剣を手を振り上げると……、



「や、やめてくれぇえ!!」

「助けてぇえ!!」



 フェレット公爵夫妻は情けない声を上げる。



「《加速皆無(アクセル・ナッシング)》……」



 タンッ……



 俺は技能(スキル)とギフトを掛け合わせて展開し、



 ガキンッ!!



 メルの短剣を受け止めた。

 仮面の中の金色の瞳が少し見開かれる。



 それはそうだろう。俺以外には“瞬間移動したようにしか見えない”だろうしな……。



 パチッ……


 

 当たり前のように目が合った。

 たったそれだけ。


 俺はその瞳の美しさにゴクリと息を呑んだが、その金眼はすぐに逸らされ、感情が消えてしまう。



 ブワァアッ!!



 俺の一瞬の動揺を見逃すことなく、周囲の色とりどりの小魚たちは水色となり巨大な魚群へと姿を変える。



「《加速皆無(アクセル・ナッシング)》……」



 タンッ!! ズザァンッ!!



 つい先程まで俺がいた場所には魚群が津波のように襲いかかり部屋を半壊させる。




「お、おぉお! よくやった! よくやったぞ、賞金稼ぎ! 褒めてやる!」

「は、早くあの無礼者を殺してぇえ!!」



 ついでに避難させた公爵夫妻は声を荒げる。



「ア、アイツは何者なのだ!? 私たちを殺そうと、」


「すまん。邪魔だから早く避難を……」


「なっ、」


「えっと、守り切れる保証もないし?」



 ブワァアッ!!



 またメルを中心として色とりどりの小魚が部屋を埋め尽くすと、慌てて立ち上がる公爵夫妻。



「ぶ、無礼な口を聞いたこと、忘れるでないぞ!!」

「は、早く逃げましょう!!」



 スッ……



 それを阻止しようとするのはわかっていた。

 メルの手の動きと連動して“緑”の小魚が8匹ほど加速しながら公爵夫妻の背を襲う。



「《投擲皆無(スロー・ナッシング)》」



 俺は《投擲》のスキルとギフトを併用。

 即座にクナイを投げて“緑”の小魚を撃ち落とした。



 サァー……




 半壊した部屋に夜風が頬を撫でる。

 月明かりが俺たちを照らし、色とりどりの小魚が宙を泳ぐ。仮面の隙間から覗く金色の瞳は透き通っている。夜風に煽られてフードから艶やかな長い黒髪が踊り始めた。



(……こりゃ……美しいな……)



 ひどく幻想的な光景だ。

 宙を泳ぐ色とりどりの小魚たちも相まって、ここが海の中であるような錯覚すら抱く。


(なるほど……。“海(メル)”ってのはこういう……)


 黒のワンピースはタイトでスタイルの良さを強調しつつも、スリットが入っているため身動きに支障は無さそうだ。


 美しい太ももには仕込みナイフ。

 手には短剣を持っているが、コレは本来の武器ではないだろう。明らかに無駄な装飾が多い。


 小魚たちは色ごとに違う属性を持っていると考えていいだろう。



 赤、青、白、黄、緑、黒、紫……7色か。

 どうせバカみたいに理不尽なギフトなんだろうな……。



(ふっ……、これが『100億の首』。殺しの天才……!!)



 ツゥー……



 コメカミから汗が伝う。

 敵と向かい合って汗を掻くのは久しぶりだ。


 常人では1つ、超人では2つか3つが限界とされている後天的な技能(スキル)だが、俺は《加速》、《投擲》、《八連斬》、《予測演算》、《空中歩行》の5つ。


 その全てを俺はギフトと掛け合わせることができる。


 ……俺のギフトは【皆無】。

 0.5秒間を“無かったことにする”恩恵(ギフト)。



 俺は誰よりも強くなった……はずだ。



(さて……、やりますか……!!)




 タンッ!!




 俺はメルへと駆け出した。




 

  ※※※※※




 ――レイ・ロマディーノ……の恩恵(ギフト)は……、か、【皆無】である。



 7歳になると女神より授かる恩恵(ギフト)は【皆無】。



 「女神に見捨てられた子」

 「“魔族返り”の呪い子」

 「村に禍いを呼ぶ忌子」



 辺境の山村に俺の居場所はなくなった。

 親にも捨てられ、石を投げられ、村を追われた。


 そこから1人で生きてきた。

 必死に泥水を啜り、傭兵団の雑用として過ごしながら、鍛錬に鍛錬を重ね、戦いに戦いを重ねて生きてきた。


 

 悪人を屠るだけでお金を稼げる仕事。



 俺のようなバカでもわかりやすい仕事。

 賞金稼ぎとして働き始めたのは15の頃だ。


 傭兵として頭角を現し始めたころではあったが、雇い主の命令のまま、戦争や抗争に参加するのは性に合わなかった。


 金のためだけの殺し合いは好きじゃない。



 『悪人を屠る』



 ここが気に入っていた。

 生きるためにはお金が必要だ。

 どうせなら、少しでも世界がよりよくなるように。


 そのために俺は戦い続けた。

 かつて虐げられた自分だからこそ、弱者の味方でいられるように力をつけようと必死に鍛錬し、懸命に生きてきた。


 そして、「最強」と呼ばれるまでに99人のS級犯罪者……、つまりは“億越え”の賞金首を屠ってきた。



 最後の1人……。

 最後の1人は『最高額の賞金首』に……。



 賞金が高ければ高いほど罪を重ねた証拠。


 もちろん善意だけじゃない。俺だってお金は欲しいし、英雄のように語り継がれたい。「最強」を手に入れたからには有終の美を飾りたい。



 そんな人間の欲が最後に首を絞めたのかもしれない。




  ※※※※※




 ブワァアッ!! スッスッスッスッ……!!



 俺は襲いかかってくる小魚を斬り続けている。



 身体は毒に侵され、全身に火傷を負っている。



 小魚であるが故に、対処はギリギリ。

 魚群を斬って散らしても、方向性は消えない。風圧ですら影響を受ける小魚ではあるが、弾けると散布される属性に身体を蝕まれる。



 ……ったく、本当に厄介この上ない。



「ハァ、ハァ、ハァ……」

「ふぅ、ふぅ、ふぅ……」



 メルは胸を押さえて座り込んでいて、俺も立っているのがやっと状態だ。



(……さすが100億。これまでのどんな相手より強い……)



 俺としても首を取りに来ているのだから、首を取られる覚悟もできている。



(まったく……、これで引退しようと思ってたのに……)



 もうすでに充分すぎる貯金はある。

 今回の仕事で賞金稼ぎ(バウンティハンター)から足を洗うつもりだった。穏やかで美しい土地に住み、ゆっくりのんびりと酒場でも始めようと思っていたのだ……。




「ゴボォッ……」




 血を吐いた俺は自分の限界が近いと悟る。

 火傷は問題ないが毒に侵された状態で剣を振い続ければそりゃあ……、こうなる。



 【皆無】の使用回数の限界もあと7回。

 上限が1日に60回。

 時間にして30秒が俺の限界だ。



(はぁ〜……アイツらを助けるんじゃなかったな……)



 公爵夫妻のための2回が悔やまれる。

 まあ、これも俺の慢心が招いたことかもな。



「「…………」」



 俺はメルを見つめ、メルも俺を見つめていた。


 おそらくメルも限界に近いはずだ。

 明らかに小魚の数は減っている。


 赤が火属性。紫が毒属性。

 黄が土属性。緑が風属性。

 青が水属性。黒が闇属性。


 一度も俺に向かってきていない白は聖属性。

 おそらくは治癒系統だろう……。確証はないけど。



 スタッ……



 メルはゆっくりと立ち上がるとゆっくりと俺に手を向けた。俺もいつも通りに構えてそれに応える。

 


 お互いがもうわかっている。

 次の攻防が最後になることを……。



 ギュッ!



 メルが突き出した手を握れば、



 ズワァアッ!!!!



 白以外の小魚が魚群となると、絵本に出てくる“ドラゴン”のような顔をした巨蛇を形作った。



 パッ!!



 再度、手を開いたメルに従うように虹色の巨蛇が俺へと突進してくる。



「《八連撃皆無(エイトラッシュ・ナッシング)》……」



 ズチャアッ、ズチャズチャズチャッ……!!



「《八連撃皆無(エイトラッシュ・ナッシング)》……」



 ズチャアッ、ズチャズチャズチャッ……!!



 俺はそれを繰り返した。

 残りの回数7回、全てを《八連撃》と掛け合わせ、一息で56の斬撃を持って迎撃し……、



 パッーー……!!



 全てを斬り伏せた。



「ゴボォッ……、ァ、《加速(アクセル)》」



 タンッ! スパンッ……!



 即座に距離を詰め、メルの仮面を斬る。

 パカッと縦に割れた仮面から素顔が現れる。



 チャキッ……



 首元に剣を添えた俺は、そこで言葉を失った。



「「…………」」



 俺を見つめるメルを見つめる。



 ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ……



 大きな瞳は透き通る金眼。

 スゥーとした鼻筋に小さめの口。

 まるで作り物のような無表情の頬はほんのりと紅く、汗に張り付いた黒髪が色っぽい……。



 バクンッ、バクンッ、バクンッ……



 心臓がうるさい。顔が熱い。

 ……こ、これは毒のせいか? 



 カランッ……



 俺はメルの首に添えていた剣を投げたが、彼女は無表情でじっと見つめてくるだけ……。

 


「……す、好きだ!!」



 な、何を言ってんだ、俺はぁあ……!!

 あり得ないだろ! コイツは100億の……!!



 ボンッ!!



 メルはゆでダコのように耳まで紅くなると、



「……ゎ、私もです!!」



 無表情で叫んだ。


 途端に視界は『白』に染まり、全身がポワポワと温かくなる。スゥーッと徐々に光が消えていくのに合わせて自分の身体から毒素が消えていくのを自覚する。



「「………………」」



 真っ赤な無表情のメル。

 おそらく真っ赤な顔をしているであろう俺。



 ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ……



 この鼓動の高鳴りがメルに聞こえてしまうかもしれない。俺はそんな馬鹿なことを考えながら、ただただ美しく、恥じらうように俺から視線を外した100億の首に見惚れていた。





 




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