第3話 青春の味、チップスと共に
星鳴高校の校則には、「お菓子持ち込み禁止」というものがある。理由は単純で、「勉強中に集中力を欠く原因になるから」だそうだ。
だが、蓮見翔からすれば、そんなものは取ってつけた理由に過ぎない。
「これさ、全然意味わかんねぇよな」
昼休み、教室の隅で翔がため息をついた。隣には幼馴染の柊花恋がいる。彼女は翔が何を言い出すのかと、不安と期待の入り混じった表情で見つめていた。
「何が?」
「お菓子禁止のこと。勉強の邪魔になるとか言うけど、そもそも休み時間くらい自由にさせてくれたっていいだろ」
「まぁ、言いたいことはわかるけど……」
「なあ、花恋」
翔は花恋の方に顔を向けると、小声で提案した。
「今日、放課後にちょっとだけ残って、教室でお菓子食わねえ?」
「はぁ?」
花恋は驚きの声を上げた。
「お菓子食べるだけで放課後残るの? しかも校則違反して?」
「そうだよ」
翔はニヤリと笑う。
「たったそれだけだけど、青春ってそういうささやかなことじゃないか?」
「青春のためにポテトチップス?」
花恋は呆れながらも笑ってしまう。その笑顔に、翔は確信を持ったように頷いた。
「そうだよ。ささやかだけど、そういうのが大事なんだって」
花恋は少し考えた後、肩をすくめた。
「……しょうがないなぁ。付き合ってあげるよ」
放課後、教室にはほとんど人がいなかった。
部活に行く生徒たちや、まっすぐ帰宅する生徒たちがいなくなった後、翔と花恋は教室の隅でこそこそと袋を開けた。
「はい、これ」
翔が取り出したのはコンビニで買ったポテトチップスだった。塩味が効いた定番の商品だ。
「これが青春の味かぁ」
花恋は笑いながら、ポテトチップスを一枚取り出した。
「いただきます!」
二人は顔を見合わせながら、バリッと音を立てて一枚目を頬張る。塩気のある味が口の中に広がり、二人は思わず「うまっ」と声を揃えた。
「やっぱりこういうのだよなぁ」
翔が満足げに言うと、花恋も同意するように頷く。
「休み時間にお菓子食べるだけでも、楽しい気がしてくるよね」
「だろ? 青春はこういうちっちゃなことから始まるんだよ」
そう言って笑う翔だったが、次の瞬間、足音が近づいてくるのが聞こえた。
「やばい!」
翔は慌ててポテトチップスの袋を机の下に隠す。花恋も飲みかけのペットボトルをカバンに押し込み、二人で息を潜める。
教室のドアが開き、教師の篠田先生が入ってきた。
「おい、誰かいるのか?」
篠田先生の鋭い声が教室中に響く。翔は隣にいる花恋と目を合わせた。
(どうする? 見つかったら終わりだぞ)
花恋は一瞬悩んだが、小声で翔に言った。
「机の陰に隠れて……」
翔も頷き、二人でそっと机の影にしゃがみ込む。
篠田先生は数秒間教室を見回した後、何も言わずに出て行った。ドアが閉まる音を聞いた瞬間、二人は顔を見合わせてほっとため息をついた。
「いやー、スリルが青春のスパイスってやつだな」
翔が額を拭う仕草をしながら冗談めいて言うと、花恋は少し疲れたように笑った。
「こんなのがスパイス? 私は普通に食べたかっただけなんだけど」
「いいじゃん、青春にはちょっとしたドキドキが必要なんだよ」
翔がポテトチップスをもう一枚手に取り、花恋に差し出す。
「ほら、これがスリルの味ってやつだ」
花恋は苦笑しながら、それを受け取った。二人は再び少しずつお菓子を食べながら、静かな教室でしばらくおしゃべりを続けた。
「ねえ翔、こういうのが青春だって、なんとなくわかったかも」
「だろ? 小さくても、こういう楽しさが大事なんだよ」
花恋のその言葉に、翔は満足そうに頷いた。
(たったこれだけのことでも、学校生活がちょっとだけ輝いて見える)
翔はそう思いながら、最後の一枚を口に放り込んだ。
(第3話・完)
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