第18話:人の業
その場に重たい沈黙が流れた。
美羽たちの視線は俺に向けられていたが、その視線の奥には若干の呆れと、微妙な諦めが混ざっているようだった。
自称地球の意思である「世界樹」は、しばらく俺を見つめていたが、ついに観念したように口を開いた。
「わ、分かりました……ですが、私にできることは限られています。具体的に、何を望んでいるのですか……?」
俺は腕を組みながらしばらく考え込んだ。そして、少しおどけた様子で答える。
「そうだな……とりあえず、妹たちの命を危険に晒さずに済むような、何か有益な力をくれてやれ。戦うたびに傷つくなんて、馬鹿げてるだろ?」
「……承知しました。それが、彼女たちを守るためであれば……」
世界樹は頷き、ゆっくりと手を伸ばす。その手が淡い光を帯びた瞬間、美羽、桜、凛の三人の体が柔らかな光に包まれた。三人は驚きながらも、光の温かさを感じ取ったのか、少し安心した表情を浮かべる。
「これで、彼女たちは戦いの中で傷つきにくくなるでしょう。私が保有する力の一部を直接分け与えました。これ以上は……」
俺はその言葉を聞くと、さらに眉を顰める。
「まだ足りねぇな。それじゃあ、戦闘時のリスクが軽減されるだけだろ? もっと根本的な解決を提示してみろよ」
世界樹は困惑した様子で視線を泳がせる。
「根本的な解決……?」
「そうだ。異界の王を名乗る連中を倒したが、また侵攻してくるかもしれない。だから二度とこの世界に手を出せないような策を考えろってんだよ」
俺の言葉に、美羽たちが慌てたように声を上げる。
侵攻してくるたび、美羽たちや、美羽たちのような魔法少女が戦わなくて済むようにしてほしい。
「お兄ちゃん! そんな無茶なこと、簡単にできるわけないよ!」
「異界との繋がりを完全に断つなんて……いくら世界樹でも……」
俺は彼女たちの言葉を無視し、世界樹を睨みつける。その視線に圧倒されたのか、彼女は一歩後ずさりながらも、何かを考え込んでいるようだった。
「……たしかに、異界との繋がりを完全に断つことは容易ではありません。しかし、それに近いことならば、試みることが可能かもしれません」
「ほう、聞かせてみろ」
世界樹は深呼吸をし、神妙な面持ちで説明を始めた。
「異界とこの世界の境界を、完全に閉じる儀式を行うことができます。ただし、それには非常に大きなエネルギーを消費します。そして、その影響で私自身の存在も弱まる可能性が高いです……」
「おいおい、大丈夫かよ? 消滅でもしたら俺が悪者扱いされるだろうが」
「いえ、消滅はしません。ですが、地球の意思としての影響力は減少し、再び完全に機能するまでに時間がかかるでしょう。それでも、あなたが望むのであれば……」
その言葉に、俺は少しだけ思案した。後ろで美羽たちが何か言おうとしているのがわかるが、俺はそれを無視して口を開いた。
「それで異界の連中がこの世界に手出しできなくなるなら、やれ。ただし、一つ条件をつける」
「条件……?」
世界樹が首をかしげる中、俺は不敵な笑みを浮かべた。
「もしお前が弱体化して、この地球に何か問題が起きるようなことがあれば、俺が代わりにお前の役目を肩代わりしてやる。だから、安心して全力を尽くせ」
美羽たちは唖然とした表情を浮かべ、世界樹は驚きに目を見開いた。
「つまり、危機が訪れた場合、貴方を呼んでもよろしいのでしょうか?」
「そう言っているだろ?」
俺が肯定してことで、どこか柔らかい微笑みを浮かべる。
「貴女は傲慢な人の子だと思っていましたが、どうやら違うようですね。……承知しました。それでは、儀式を始めます」
世界樹の手から再び光が放たれ、空間全体が神聖な雰囲気に包まれた。その光景を見つめながら、俺は心の中で呟く。
これで、少しは安心できるだろう。美羽たちも……
その後、儀式が無事に完了し、異界との境界は閉じられるのだった。
「ねえお兄ちゃん、さっきの話だけど、ほんとに代わりをやるつもりだったの……?」
儀式後に放たれた安堵の空気の中、美羽が小声で尋ねてくる。
桜と凛も気になっている様子だ。
「さぁな。言うだけタダだろ?」
「……やっぱり、色々と強引すぎるよ……」
妹たちの呆れた視線を背中に受けながら、俺はただ笑みを浮かべていた。
でも、実際に危機が訪れたのなら、助けてやるつもりでいる。対価を要求しないとは言っていないが。
世界樹は疲れているようで、出会った当初の力や気配があまり感じない。
本当に弱っているようだ。
「これでよろしいですね?」
「ああ。もう帰ってもいいのか?」
「はい。先ほどと同じ場所に戻します」
「いや。ちょっと待ってくれ」
俺は気になったことがあったので聞くことにした。
「異能や妖魔に関して、何か知っているか?」
そんな俺の質問に、世界樹は肯定して口を開く。
「はい。異能や妖魔は古くから存在します。異能は最初の文明が出現した、太古から存在し、妖魔は飛鳥時代ごろから出現しはじめました。現れた原因は、人の
――
それを言われては、原因を排除しろとはいえない。世界樹ですら、傍観するしかないのだろう。
「日本では妖魔、妖怪、妖と呼ばれ、日本以外の国々では、モンスターと呼ばれています」
日本以外にも存在するようだ。
「なら、日本以外にもそういった機関存在し、モンスターを倒していると」
「はい。日本では異能者と退魔師が主に妖魔の討伐、あるいは封印を行っていますね」
「なるほどね。ありがとう」
「いえ。以上でしょうか? これ以上、質問などがなければ元の場所にお戻ししますが」
「問題ない。美羽たちの力もそのままなんだろう?」
「はい。妖魔も倒すことが出来ますので、心配は要らないかと」
「ならいい。美羽たちも聞きたいこととかあるか?」
三人して「ない」というので、別れを済ませた。
「それでは、この度はありがとうございました」
その言葉を最後に、俺たちは元の場所へと戻って来るのだった。
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【あとがき&作者からのお願い】
お読みいただきありがとうございます。
最後に、ここまで
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