第15話:ナイトメアズ3

 美羽たちが心配そうに見守る中、俺は一歩ずつ敵へと近づく。足音がやけに大きく響く静寂の中、イグニアスが不敵に笑った。


「貴様一人で我ら三王に挑むか。愚か者が……」

「愚かなのはそっちだろ。ただの人間をあまり舐めるなよ」


 三王たちは顔を見合わせ、不気味な笑みを浮かべた。


「無力な人間が何を戯言を……その自信、せめて物語にする程度には楽しませてくれるのだろうな?」

「まあ、消し飛ばすのは一瞬だが、それも悪くない」


 【虚無の王】ニヒルスが手を掲げると、周囲の空間がぐにゃりと歪み始めた。空気中の色彩が抜け落ちるような感覚に、俺は眉一つ動かさない。だって効果がないからね。


「……何か言ってみろ。命乞いでもいいぞ、愚かな人間よ」

「授業中は俺が話すんだよ。お前らは黙って座ってろ」


 俺は両手を軽く叩き、準備運動のように身体をほぐす。必要はないが、何となくだ。


「まずはお前からだ、ニヒルス」


 次の瞬間、俺は地を蹴った。音もなく消えるように加速し、瞬く間に虚無の王の懐へと入り込む。驚愕する暇も与えず、拳を振り抜く。


「――ッ!」


 虚無の王の体が衝撃で吹き飛ばされ、背後の木々をなぎ倒す。空間を歪める力が弱まり、色が戻ってくるのがわかる。俺は軽く手を振り払い、肩越しに振り返った。


「次は……お前だな、イグなんとか」

「イグニアスだ!」


 【灼熱の王】イグニアスは巨大な炎の剣を振り上げ、俺に向かって叩きつけてきた。熱波が周囲を焼き尽くす勢いだったが、俺はその剣を正面から素手で受け止めた。


「おいおい、その程度か? もしかして地球に観光にでも来たのか?」


 剣の刃に手を押し付けたまま、力を込める。ゴキリと音を立て、剣が砕け散った。イグニアスの驚愕の表情を確認しながら、俺は拳を突き出した。


「おらよ」


 一撃でイグニアスは地面に叩きつけられ、動かなくなる。残るは一人。


「……ほう、面白い。だが、遊びは終わりだ」


 【深淵の王】アヴェルクスが冷ややかに呟くと、無数の触手のような闇が俺を包み込む。しかし俺は動じなかった。


「終わり? 違うな。始まりだよ」


 闇の触手が俺に触れ、絡みつく。しかし、俺はその中を悠然と歩き、触手を引き千切っていく。


「なにっ⁉ なぜ効かない!」


 慌てふためくその姿に、俺は終わず笑みを浮かべてしまう。


「滑稽だな。俺のその程度の攻撃が効くと思っていたのか?」

「ふざけるな! これに触れた者は意識を奪われるはず! どうして無事なのだ!」

「悪いな。俺の意識の方が強かったみたいだ」


 そして俺は、アヴェルクスの目の前に立った。


「まずは一撃だ」


 拳がアヴェルクスに命中した瞬間、広がっていた深淵の闇が一気に消滅した。周囲には静寂が戻り、黒い渦もまた消え去っていた。


 深淵の闇が消え、静寂が戻ったのも束の間、三王たちは再び立ち上がった。傷つきながらも、まるで不死身のような様子でこちらを睨みつける。

「……ほう。さすがに一筋縄ではいかぬか」

「だが、次はこちらの本気を見せてやる!」


 【灼熱の王】イグニアスが再び炎を纏い、巨大な剣を形成する。それに呼応するように、【虚無の王】ニヒルスは周囲の空間を更に歪め始め、【深淵の王】アヴェルクスは地面から無数の闇の触手を生成した。


「……貴様の傲慢さを後悔させてやる」

「すぐに貴様の命も、無に帰すだろう」


 だが、俺は肩を軽く竦め、ゆっくりと構えを解いた。


「負け惜しみはいいって」


 その言葉とともに、俺は一瞬で三王たちの真ん中に移動した。彼らが驚愕する間もなく、拳を振り上げた。


「じゃあ、さっさと終わらせるか――後悔する間も与えねぇよ」


 まずは【灼熱の王】イグニアスの剣に向かって拳を突き出す。その刹那、剣は再び粉々に砕け、炎のオーラも消し飛ぶ。


「な、なぜ……!」

「答えは、俺が強くて、お前らが弱いからだ」


 イグニアスが何かを叫ぶ前に、俺は追撃の拳を胸元に叩き込んだ。ヤツの胸元に大きな穴が空き、身体の端から黒い霧となって消えて行く。


「く、そ……」


 そんな言葉を残し、イスニアスは消滅した。


 仲間の死に目もくれず、【虚無の王】ニヒルスが手を掲げる。空間が再び歪み始めるが、その歪みの中心へ俺はまっすぐ歩いていく。


「なぜ⁉ これに耐えられるはずが……!」

「耐える必要なんてない。ただ壊せばいいんだからな」


 歪んだ空間を拳で叩き潰す。すると、空間の歪みは一瞬で崩壊し、ニヒルスは愕然とした表情を浮かべる。


「そんな、馬鹿な――」

「馬鹿なのはお前だよ」


 俺は足を踏み込み、彼の腹部に肘を叩き込む。続けざまに回し蹴りを叩き込むと、ニヒルスの腹部が消し飛んだ。そのまま地面に倒れ伏し、イグニアス同様に身体の端から塵となって消えて行く。


「見事だ……」


 消滅したニヒルスを一瞥し、俺はアヴェルクスへと顔を向けた。


 【深淵の王】アヴェルクスは、闇の触手を無数に生成し、俺を包み込もうとする。


「貴様らの想い、この我が引き継ごう! 死ぬがいい、人間!」

「無駄だって言ってるだろ」


 俺は拳を振り抜いた。

 轟音とともに、すべての触手が拳圧によって消し飛ぶ。


「んなっ⁉ だが! ――深淵の渦エターナル・アビス!」


 足元に闇が広がり、空間が捻じれるように暗黒の渦が現れる。


「――深淵に還れ!」


 渦から無数の触手が俺を捉え、渦へと引きずり込み――そのまま渦の中へと俺は取り込まれた。

 渦の中は暗闇だったので、拳を構える。


「――はぁ!」


 拳を振り抜くと、空間がひび割れ、俺は元の場所に戻って来た。

 そこには、呆然とするアヴェルクスがおり、喜ぶ面々の姿があった。


「ど、どうして……どうやって出てきた!」

「どうやって? そんなの力技に決まっているだろ」

「化け物め……」


 化け物とは心外である。


「化け物に言われてもなぁ? まあ、自覚はあるんだ。許してくれよ」


 俺が歩を進めると、アヴェルクスは「く、来るな!」と怯えながら無数の触手を俺へと向ける。

 しかし、俺は触手を引き千切りながら進み、ヤツの胸倉を掴む。アヴェルクスが何かを呟こうとした瞬間、俺は静かに言った。


「これで終わりだ。地球侵略の授業料は高くついたな」


 振り抜いた拳が命中するや否や、広がっていた深淵の力が完全に霧散し、アヴェルクスの胴体に巨大な風穴が空き、崩れ落ちた。


「我らの、理想、郷の、ため、に――……」


 そう呟いたアヴェルクスは、塵となって消え去った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る