第13話:ナイトメアズ1

 気配の場所を調べたら、東京タワー近くの公園、芝公園とのことで、俺たちはひたすら走っていた。


 俺たちがいる『超常災害対策室』は東京都の市谷にある防衛省の地下にある。そこから芝公園までは徒歩では一時間以上。電車で四十分。来るまで十五分ほどだ。

 しかし、俺たちは異能者と魔法少女の集まりということもあり、目的地まではそこそこ距離があるが、このメンバーにとっては大した問題じゃない。

 屋根伝いに走っていけば、車よりも早く着くことだろう。


 美羽たち魔法少女は問題なく、朝比奈の異能は風系統なので問題なく移動できている。

 寧々に関しては影を操る異能なのだが、影から影にと移動していた。

 いわゆる『影渡り』というヤツだ。


 長く生きていることもあり、芸達者である。


「……先輩、見えてきました!」


 朝比奈が少し先を走りながら指差した。視線の先に見えるのは芝公園の広場だ。普段は家族連れや観光客で賑わう場所だが、今日は妙に静まり返っている。


 公園に入ると同時に、空気が変わったのを感じた。さっきまでの普通の街中の雰囲気が一変し、どこか冷たくて重たい気配が辺りに漂っている。

 ティティが浮かび上がり、眉を顰めるように顔を顰めていた。


『やっぱり……気配はさらに強くなってる。もうすぐ現れるかもしれない!』


 美羽たちが緊張感を増しながら公園の広場に陣取る。俺も少し後ろに立ち、周囲を見渡した。


「ティティ、ここで待ってれば出てくるの?」

『ここで間違いないと思う! 気配の中心がこの辺りだよ!』


 美羽アの質問にティティがそう答えた。

 公園内は不気味なほど静かだった。風も止んで、木々のざわめきさえ聞こえない。俺たちはしばらく警戒しながら待機していたが、その時――


『――みんな、来るよ!』


 ティティが叫んだのと同時に、地面が揺れ、目の前に黒い霧のようなものが渦巻き始めた。


 霧の中から現れたのは、これまでに見たナイトメアズとはまるで違う、異様に巨大で禍々しい姿だった。まるで地獄の怪物そのものって感じの奴だ。


「……おいおい、でかすぎるだろ……!」


 俺は思わず息を呑んだ。美羽たちも緊張で身体が固まっている。


「みんな、気をつけて! 普通のナイトメアズじゃない……相当強いかもしれない!」


 ティティがそう警告する中、美羽たちは魔法少女に変身して、ステッキを武器に変えて構えた。


「お兄ちゃん、絶対無茶しないで!」


 美羽が振り返りながら俺に言う。俺は肩を竦めて答えた。


「わかってるよ。でも、ヤバい時は助けてやるから安心しろ」


 俺たちは緊張感を保ちながら、目の前の怪物と向き合った。この休日がさらに大変な一日になりそうな予感しかしない。


 黒い霧の中から、ゆっくりとその全貌が現れた。

 巨大なナイトメアズは、異形そのものだった。骨のようにむき出しの体躯に、ところどころが赤黒く脈打っている。その姿はまるで地獄から這い出てきた怪物のようで、周囲の空気まで震わせていた。


「……なに、あいつ……こんなの、初めて見た……」


 美羽の呟きに、他のみんなも息を呑むのがわかった。

 そんな中、ティティが震えた声で告げる。


『な、名前がわかったよ! あれは異界の上位種――『アビサル・アローダ』』


 ゴクリと唾を飲み込む音が聞こえて来る。


「妖魔に例えると、特級に分類される力を感じるのう」

「だね……」


 寧々と朝比奈は引き攣った笑みを浮かべていた。

 でも、俺的にはそこまでの威圧感はまったく感じない。むしろ、一撃で倒せそうな感じがしてしまう。


「なあ、一撃で倒したら不味い?」

「……私たちに任せてほしい、かな?」


 美羽の言葉に桜と凛が頷く。


「現状、ナイトメアズを倒せるのは私たちと、お兄さんだけです」

「でも、あいつを倒すのは本来、私たちの役目です。任せてください」


 二人にそう言われてしまっては、引き下がるほかない。

 しかし、兄としても譲れないところだってある。


「本当に無理だと思ったのなら、俺を呼べ。必ず助ける。それでいいな?」


 美羽たちは俺の言葉に頷き、ナイトメアズへと向き直った。


「桜、凛、行くよ!」

「了解!」

「いつでもいける!」


 三人が同時に動き出した。そのスピードと連携はさすがと言うほかなかった。魔法少女としての戦闘経験が浅いとはいえ、この短期間での成長は目を見張るものがある。


 美羽たちはナイトメアズに接近し、それぞれの武器を構えた。

 美羽はステッキを剣に変え、一直線に突進していく。彼女の剣術は力強く、そして無駄がほとんどない。ナイトメアズの足元を狙い、鋭い一撃を繰り出した。


「そこ!」


 刃が命中した瞬間、硬質な音が響いた。だが、ナイトメアズの体表は予想以上に頑丈で、美羽の剣撃が浅くしか刺さらない。


「くっ……硬すぎる!」


 美羽が後退すると同時に、桜が地面を蹴って飛び込んだ。彼女の両手には巨大なガントレットが装着されている。その一撃一撃はまるで岩を砕くような重さと破壊力があった。


「このっ……壊れなさい!」


 桜の拳がナイトメアズの腹部を打ち抜くが、わずかに怯んだだけだった。それでも桜は間髪を入れずに次の攻撃を繰り出す。拳の連打が怪物の体を叩きつけ、徐々にナイトメアズの動きを鈍らせていく。


 その間に、凛が後方で矢を番えて狙いを定めていた。彼女の弓はまるで光の弧を描くように輝いており、矢そのものが魔力で形成されている。


「弱点を狙う……集中して……」


 凛が小声で呟きながら放った矢は、ナイトメアズの右目を狙って一直線に飛んだ。


 ――ビュンッ!


 矢が霧を切り裂き、ナイトメアズの目に命中した。怪物が大きく咆哮を上げ、その巨体が一瞬ふらついた。


「ナイスショット!」


 美羽が凛を称えるが、ナイトメアズはすぐに体勢を立て直し、巨大な腕を振り回して反撃に出た。その動きは鈍重だが、一撃一撃が地面を砕くほどの威力だ。


「みんな、無理しないで! 慎重に攻めよう!」


 美羽が指示を飛ばしながら剣を構える。

 俺はその様子を後方から見ていたが、心の中でじっと耐えていた。

 確かに、美羽たちは互いに補い合いながら戦っている。だが、相手の耐久力があまりにも高すぎる。このままでは体力を削られていくだけだ。


 ナイトメアズの動きが一瞬止まり、また新たな霧を呼び寄せるような動きを見せた。

 本能が危険を知らせ、前に出ようとしたが、美羽が振り返って叫んだ。


「お兄ちゃん、まだ動かないで! 絶対に大丈夫だから!」


 その声に俺は踏みとどまる。正直、今すぐ出て行ってあのナイトメアズをぶん殴ってやりたい。

 しかし、美羽が大丈夫というのなら信じるしかない。

 ゆえに、美羽たちが攻撃を続ける中、俺は警戒しつつ、見守るしかなかった。

 隣では寧々が「蒼汰も過保護じゃのう」と揶揄ってきたのでグリグリとお仕置きしておいた。



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