第8話:俺は人間だ

「……えーっと、お兄ちゃん?」


 真っ先に声を出したのは美羽だったが、その顔は混乱と驚きでぐちゃぐちゃだ。


「お、お兄さん……あの、一体どうやって……」


 次に口を開いたのは桜ちゃんだが、さっきまでの冷静さはどこへやら。その声は震えていた。


「……すごい、というか、何が起こったのか理解できない……」


 最後に凛ちゃんがポツリと呟いた。三人とも目が点になっている。まあ、そうなるだろうな。美羽に関しては、俺の力は知らないわけだし。


「おいおい、大したことじゃないだろう?」


 俺はわざとらしく肩を竦めてみせる。本当にこの程度大したことなんだけど、ここは兄の威厳を見せておくべきだろう。


「大したことないわけないでしょ! 普通の人間がナイトメアズを殴り倒すなんてありえないの!」

「しかも一撃で……」

「何か特殊な力を持っているのかもしれない……」


 三人が口々に騒ぎ始める。


「いや、特殊な力とか、異能とか持っているわけじゃない。本当に、ただの高校生だ」

「「「嘘言わないで!」」」


 同時にツッコミを入れられた。

 本当なんだよ……信じてくれよ……


 取り敢えず無視して、俺は話を進める。


「まあ、そんなことよりだな。これで危険は去ったわけだし、そろそろ帰るぞ。夕飯作ってる途中なんだ」

「いやいやいや! そんなことより説明してよ!」


 美羽が詰め寄ってくるが、俺は彼女の頭をぽんと撫でてみせた。


「説明なんて簡単だろ? 兄はいつだって妹を守る存在なんだ」

「ご、ごまかさないでよ! なんでそんなに強いのかって話をしてるの!」


 照れながらも、まだまだ騒ぐ美羽をなだめつつ、俺は三人を促して帰ることにする。

 三人とも変身を解くと、結界が解除されて壊れる前の倉庫街に戻った。


「戻ったのは結界の影響か?」


 俺の疑問に答えのは、美羽の契約精霊だった。


「結界が現実世界を「隔離」して、内部の被害を現実に影響させない仕組みなんだ」

「なるほどな」

「……お兄ちゃん、なんでティティが見えてるの?」


 この精霊、ティティって名前なのか。


「何でと言うか、幽霊や妖怪とか、そう言ったのは見えてる」

「ゆっ……急に怖いこと言わないでよ⁉」

「この前、美羽が心霊番組観て、怖くて寝れなくなって俺の布団で一緒に寝たのは黙っておく」

「い、今それ言う⁉ てか一緒に寝てないし! こ、怖くもないんだから!」


 真っ赤な顔で反論する美羽に、朝倉ちゃんと凛ちゃんはジト目で美羽を見ている。

 そこからさらに言い訳していく美羽だったが、どんどん墓穴を掘っていくのはご愛敬なのだろう。


 帰り道、美羽たちはさっきの出来事についてあれこれと質問攻めをしてきた。だが俺は曖昧な返事で切り抜ける。


「えーっと、その……お兄ちゃん、本当に普通の人間なの?」

「いや、まあ、普通といえば普通だよ?」

「普通の定義が崩壊してる……」


 桜ちゃんが疲れた声を出したが、俺は気にしない。

 家に着くと、美羽が呟いた。


「……もう何がなんだか分からないけど、とりあえず夕飯にしよっか」

「そうだな。腹が減っては戦えないって言うしな」


 俺がそう言うと、美羽たちが揃ってツッコミを入れた。


「もう戦う必要ないから!」


 いや、俺って異能者とか妖魔とかと割と戦うんだって。どうせ、今言っても信じてもらえないのは分かりきっている。

 平和が戻った我が家は、いつもどおりの賑やかな食卓だった。


 両親が仕事から帰ってきて、談笑しながら食事をしていると、美羽が母さんに質問していた。


「ねえ、お母さん」

「どうしたの?」

「お兄ちゃんって人間なの?」


 父さんと俺を含め、沈黙が流れる。

 母さんもまさか、兄である俺が「人間なの?」と聞かれるとは思っていなかったのだろう。


「そ、その、ちょっと色々あって、お兄ちゃんが人間離れしていたというか……」


 すると父さんと母さんが噴き出したように笑いだす。

 意味が分からないと言った表情の美羽に対し、母さんが説明する。


「蒼汰は人間よ。ちゃんとお母さんが産んだんから、覚えているわ」

「父さんも出産に立ち会ったからな」


 母さんは続ける。


「でも、可笑しいと気付いたのは生まれて一年の時かしら。三人で旅行に行った時だけど、目を離した時に蒼汰が旅館の三階窓から落ちちゃってね」

「え?」


 俺も初めて聞く話だ。


「その時、心臓が止まったかと思ったのだけど、下から笑う声が聞こえて、駆け付けると無傷で笑っていたのよ」


 こっわ。

 一体誰の話しだよ。……俺か。


「またある時は、包丁が落ちてその下に蒼汰が居て、刺さると思ったら包丁の方が折れちゃって」


 それ、本当に人間か?


「その時からもう、蒼汰のことは何も思わないことにしたの。変異種だと思うことにしたのよ」

「他にも色々あったからなぁ」


 父さんがうんうんと頷いて「懐かしいな」と呟いていた。

 話を聞いていた美羽は絶句。ゆっくりと俺の方を見ると「本当に、人間?」と聞いて来る。


「まあ、俺も人間か疑わしくなってきた。でも、超能力もないんだ。俺はただの人間だと思っている」

「こんなバグ個体人間じゃないでしょ……」


 失礼な妹である。



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