第6話:思春期だもんね
巨大な影がゆっくりとその姿を現す。それは不気味なクジラのような形状をしており、宙に浮かぶ巨体からは黒い霧が漏れ出している。その霧は瞬く間に形を変え、刃や触手のような形を成して空中を漂う。ナイトメアズの中でも異質な存在――その名を『カリブディス』という。
「……これが、カリブディス……!」
美羽が息を呑みながらステッキを握りしめる。美羽の隣に現れた性別不明の契約妖精のティティが、急いで説明を始めた。
「みんな、気をつけて! カリブディスはナイトメアズの中でも特に強力な個体なんだ。負の感情を集めて無限に霧を生み出すんだ。それに、その霧は実体化して攻撃に使われる。 一瞬でも油断したら危険だよ!」
凛が冷静な口調で応じる。
「あの霧をどうにかしない限り、延々と攻撃され続ける。……厄介」
「でも、だからって引き下がれないよね!」
桜がステッキをガントレットのように変え、戦闘態勢を整える。
「美羽、指示を! 私たちでやるしかない!」
「……うん! やるよ!」
美羽たちは必死に攻撃を繰り出しながらも、カリブディスの圧倒的な力に押されていた。黒い霧が次々と形を変え、刃となり、触手となり、三人を容赦なく攻撃する。
「くっ、強すぎる……!」
美羽が声を絞り出しながら、ステッキを弓の形に変えて再び光の矢を放つ。しかし、カリブディスはその攻撃を簡単に霧で吸収し、さらに大きな触手を生み出して彼女たちを追い詰める。
「このままじゃ……!」
凛が鋭い目つきで周囲を見渡し、瞬時に状況を判断する。
「桜、美羽! 一旦距離を取る! あの霧をどうにかしないと、攻撃が通らない!」
「わかった!」
桜が力強く応じると、ステッキをガントレットに変え、巨大な触手を殴り飛ばして進路を切り開く。その間に、美羽と凛が後方へ飛び退き、態勢を整えた。
桜も二人の元へ合流しながら息を整える。
「どうする、美羽? 何か作戦は?」
美羽は迷いながらも、ちらりと仲間たちに視線を送った。それぞれが必死に耐え、戦い続ける姿を見て、胸の奥にある決意が揺るぎないものに変わる。
「……あたしたちなら、絶対に勝てる! だから、信じてついてきて!」
美羽の言葉に、凛と桜は同時に頷いた。
「了解。やれるだけやるわ」
「うん、私たちで突破する!」
三人は再びカリブディスに向かって突撃する。
美羽は弓の形をしたステッキを高く掲げ、全力で光を集め始めた。そのエネルギーは次第に形をなし、無数の小さな星々となって弾けるように輝き出す。
「凛、桜! 霧を散らして! 一瞬でいいから隙を作って!」
「任せて!」
凛は冷静にステッキを振り、鋭い光の刃を無数に放つ。その刃は霧を切り裂き、一瞬の間だけ視界を開けることに成功した。
「桜、今!」
「行っくよ~っ!」
桜が全身にエネルギーを集中させ、ガントレットの拳を地面に叩きつける。そこから生まれた衝撃波がカリブディスの巨体にまで届き、一時的にその動きを鈍らせた。
「今!」
美羽が全力で放った光の矢が、まっすぐにカリブディスの中心を貫く。矢が命中した瞬間、カリブディスの霧が一瞬にして広がり、その巨体が揺れる。
「やった……!?」
美羽が小さく呟いたその時、再び黒い霧が濃くなり、カリブディスがゆっくりと体勢を立て直し始めた。
「嘘……まだ動けるの……!?」
三人は息を呑み、再び迫り来る黒い霧を前に立ち尽くす。しかし、彼女たちの瞳には決して諦めの色はなかった。信じる仲間がそばにいる限り、彼女たちは何度でも立ち上がる。
悪には決して負けない。それが魔法少女というものなのだ。
カリブディスが放つ黒い霧がさらに濃さを増し、空間全体が不気味な暗闇に包まれる。その中心で、不気味に輝く赤い瞳が三人をじっと見据えていた。
「これ……さらに強くなってる……!?」
美羽が震える声で呟く。カリブディスはまるで新たな力を得たかのように霧を蠢かせ、無数の刃を空中に浮かべ始めた。その一つひとつが鋭い殺意を帯び、三人を狙っている。
「このままじゃ……!」
桜が歯を食いしばりながら構えを取る。凛も冷静な表情を保ちながらも、わずかに緊張が見え隠れしている。
突然、カリブディスが放った霧の刃が一斉に飛び出した。三人は防御に専念するが、その猛攻の前では次第に追い詰められていく。
「美羽、これ以上は……」
凛が警告を発するが、美羽は必死にステッキを握りしめて叫ぶ。
「まだ……負けない! 絶対に負けるわけにはいかないんだ!」
その時、視界に何かが移り――次の瞬間、ものすごい衝撃とともにカリブディスの霧の刃が一斉に弾き飛ばされた。
「えっ……!?」
何事かと三人が驚きに目を見張る中、一人の少年が三人の前に着地した。
それは、三人が美羽の家にやってきた時、玄関で顔を合わせた人物――黒崎蒼汰だった。
三人とも、どうして彼がここに居るのか、理解ができなかった。何より、今の攻撃を彼が行ったものだとは信じられなかった。
振り返った蒼汰は、三人をジッと見つめていた。
そこで、自分たちの格好がどういったものなのかを考え、顔が赤くなる。
「お、お兄ちゃん⁉ こ、これはその――」
美羽が言いかけたその時、蒼汰は優しく声をかけた。
「まあ、そういう時期もあるよな。うん」
完全に中二病だと思われたのだった。
実際に中学二年生だし。
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