第3話:初耳なんだが
屋上に着くと、すでに朝比奈が待っていた。
校内でも人気のある彼女は、相変わらず昼休みだというのに他の生徒から熱視線を浴びていたが、本人は全く気にしていない様子だ。
「先輩、寧々さんが教師として来たって聞いた時は驚きましたよ」
「俺もだよ。何も聞いていなかったからな」
俺と朝比奈は寧々へと視線を向けた。
「寧々、いい加減に白状しろ。お前の“助っ人”発言のせいで俺の学校生活が危機だってのは、わかってるよな?」
「助っ人……?」
朝比奈が聞いてくるので、俺は教室で起きたことを説明すると、同情した目を向けられた。
すると、寧々は視線を逸らしながらも、頷いた。
「そ、そのことはすまぬと思っておる」
申し訳なさそうな表情をする寧々を尻目に、俺は徐にスマホを取り出して電話をかける。
何回かのコールで繋がった。
『黒崎くん、こんな時間に珍しいですね。どうしました?』
「霧島さん、寧々が来ること聞いていないんですけど……」
『それについては以前説明しましたよね? 監視を付けるって』
「その監視役が俺と朝比奈ですか?」
『ええ』
「ボスは納得しているんですか?」
ボスとは風間室長のことである。
『風間室長からの提案ですから。もし暴れても、黒崎くんが無力化するでしょう?』
「まあ、敵に回るなら容赦はしないですけど。徹底的に恐怖をその身に刻み込むので。言っておきますけど、俺は男女平等主義者なので」
「わ、妾は敵対などしないぞ⁉」
寧々を見ると震え、怯えた表情で俺を見ていた。
「まあ、本人もこう言っているからいいけど」
『ありがとう。それで、寧々さんが教師としていれば、何かあったとき便利でしょう? 二人の通っている学校の校長はこちらから派遣した人なので、協力してくれますから』
まって。それは初耳なんだが……
「まあ、わかりました。ではのちほど対策室で」
通話を切った俺は寧々に向き直る。
「ここの校長も関係者だったのかよ……」
「え? 先輩は知らなかったんですか?」
どうやら知らなかったのは俺だけのようだ。
まあ、そんなことはいい。お昼休みも少なくなってきたので、さっさと昼飯を食べとしよう。
俺は朝比奈が作ってきた弁当を食べながら、ふと思ったことを寧々に尋ねた。
「寧々、今はどこで暮らしているんだ?」
「む? 妾は対策室が用意したマンションで暮らしておる。中々に良い部屋だぞ」
「そうか。宗景も同じマンションか?」
「うむ。住んでるマンションは元夜天衆のメンバーが多いからの。今後は全国に散らばって対策室の力になるじゃろう」
なら別にいいか。俺の仕事が減ればそれはそれで楽になる。
「まあ、マンションの住人が味方ばかりなら心強いな。お前が何かやらかしてもすぐに対処できるし」
俺が皮肉を込めて言うと、寧々はむっとした表情を浮かべた。
「妾がやらかすなどと言うでない! 妾は常に慎重じゃ!」
「その割には、学校で俺を巻き込んでくれたけどなぁ?」
「そ、それは……ちょっとした勘違いじゃ! 以後、気をつけるゆえ、許してほしいのじゃ……」
寧々がシュンとする姿に、朝比奈がくすりと笑った。
「黒崎先輩、そんなに責めなくてもいいじゃないですか。寧々さんも反省してるみたいですし」
「朝比奈、お前は甘いんだよ。こいつは元テロリストだぞ」
「まあ、そこは……」
国家転覆を目論んだテロリスト集団の幹部の一人である。
しかも、中核を担っていたのだ。普通なら処刑ものだろう。降参してまた起こそうものなら、今度は殺されるだろう。
「とにかくだ。俺の学校生活に変な影響を与えないようにしてくれよ、寧々」
「わ、わかっておる! 妾もお主たちの日常を崩すつもりはないからの!」
その言葉に、俺は半信半疑で頷いた。
昼休みの時間が終わり、午後の授業が始まる。すると、学校から離れた場所で妖魔とは別の嫌な気配を感じ取った。
窓の外に顔を向け、俺は注視する。距離は凡そで三・五キロメートルほど。
俺は席を立ち、先生に「ちょっと保健室行って来ます」と言って教室を出た。
そのまま校長室に向かい、ノックをして「黒崎です」と告げると中から声が聞こえた。
「キミが黒崎くんだね。話は対策室から聞いているよ。今は授業中のはずだけど」
「嫌な気配と戦闘音がして。少し見てこようかと」
「ふむ。私の方には連絡は入っていないが……」
「念のために」
「うん。わかった。戻らなかったら上手く言っておくとしよう」
「助かります」
俺は校長室を出て行こうとして、校長先生が「連絡先を」というので交換を済ませた。
何かあれば連絡するようにとのことなので、有難く活用しよう。
学校を出た俺は、屋根伝いに気配がした方へと移動していく。
気配がした場所は街から離れた場所にある、人気のない公園であり、何か薄い膜のようなものが張られていた。
恐らく結界的な何かなのだろう。音などは何も聞こえないし、人がいる様子もない。しかし、複数の気配がするのだ。
人と人じゃないモノの気配が。
俺は結界へと手をかけ、中へと入り込むのだった。
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