第18話:土岐宗景2

 暗闇が一瞬にして広がり、目の前が完全に消失した。音すら消え、周囲は死のような静寂に包まれる。まるで俺の五感が奪われたような感覚が広がったが、実際、俺の身体は反応していた。


 「闇天」と呼ばれる異能の力に包まれた瞬間、俺は不安も恐れも感じなかった。

 ただただ、無心にその感覚を受け入れる。目が見えなくても、耳が聞こえなくても、体が感じる限りで動ける。俺はこれまで、常に自分の身体能力に頼ってきた。

 だから、五感を失うくらいで手が出せないなんてことはない。


 「ふっ」


 息を吐きながら、俺は足を踏み出す。音がない世界で足音が響かないのが不気味だが、それも問題ない。俺には空気の流れが感じ取れる。ほんのわずかな違和感、彼が移動した先を掴んでやる。


 宗景の影がどこかから現れる気配を感じ取った瞬間、俺はすぐにその方向に踏み込んだ。

 影月が再び鋭い音を立てて振られたが、その気配を感じた俺は反射的に右腕を振り下ろし、刀を交差させる。だが、その瞬間、金属音が響くと同時に、手にした妖刀が強烈な衝撃を受けて砕け散った。


「――チッ、お気に入りだったのに」


 柄だけになった妖刀を投げ捨てる。


「それは悪いことをしたな。しかし武器を無くしたお前にもう、勝ち目はない」


 宗景が俺に降参を促してくるが、俺は思わず笑ってしまった。

 どうやら先の戦いではあまり見ていなかったようだ。


「悪いな。俺はこっちが得意なんだ」


 そう告げて俺は拳を構えた。刀は使い勝手良かっただけだ。まあ、カッコいいから使ってはいたけど。


「だが、お前はそろそろ限界だろう? この領域内から抜け出すことなど不可能」

「はぁ? いや、抜け出そうと思えばここから出れるけど」


 実際、空間でも破壊すれば出れるはずだ。俺の直感がそう告げている。

 しかし、宗景は呆れたように笑っていた。


「負け惜しみか?」

「なら、照明してやるよ。――はぁ!」


 俺が力を込めて拳を振り抜き、空間が悲鳴を上げて崩壊した。

 すぐに俺の視界が広がり、五感が正常に戻る。

 うん。やっぱりできたわ。

 宗景を見ると、ありえない者を見たような目を俺に向け、呆然と呟いていた。


「あ、ありえない……私の異能を力技で破るなど……貴様、本当に人間なのか⁉」

「失礼だな。正真正銘、人間様だ」


 宗景はしばらく呆然とした表情を崩さず、目の前の男――俺を、まるで信じられないものを見るように見つめていた。

 その目には驚きと困惑が入り混じり、やがて不意に冷徹な笑みを浮かべる。


「なるほど、貴様がここまで来た理由がわかった気がする。だが、所詮は力任せか。力技で異能を打破したところで、全てが解決するわけではない」


 宗景は再び手をかざし、黒い闇が集まり、空間をねじ曲げるようにして形を成し始める。その目には確固たる自信が宿っている。


「ここで終わりだ。お前がどんな手を使おうと、もう逃げられん」


 だが、俺はその言葉に耳を貸すことなく、冷静に一歩踏み出す。


「お前のその自信、どこから来る?  異能を持っているからって、それが絶対とは限らないんだよ。特別に、少しだけ本気を出してやる」

「今まで本気じゃなかったと?」

「一割も出してねぇよ」


 本気出したらすぐに終わっちゃうからね。みんなは早く終わりにしてほしいと思っているだろうけど、悪いね。少しだけ俺の我儘に付き合ってもらうとしようか。

 俺はボキボキよ指を鳴らし、一歩を踏み出し宗景の眼前へと移動した。


「――え?」


 宗景から驚いた声が聞こえた。

 十メートル近く離れていたのに、突然目の前に現れたのだから驚いて当然だ。

 そのまま足払いをして、体勢を崩した宗景の腹部を軽く小突いてやると、息を意欲吹き飛んで地面を転がった。


「ごはっ、ぐぅ……」


 血を吐きながらも、ゆっくりと立ち上がる宗景は俺を見据える。


「どういう、ことだ? 異能はないと言ったはずだ……」

「当たり前だろ。縮地や瞬歩のような歩法なんだからな」

「いや、どう見ても瞬間移動だろ⁉」


 まあ、そう見えなくもないよね。


「ゴチャゴチャうるせぇよ。かかって来いよ」


 宗景は一瞬、怒りの表情を浮かべたが、すぐに冷静さを取り戻し、再び手をかざして黒い闇を集め始めた。空間が震え、異能の力がうねりを上げる。


「なるほど、縮地や瞬歩で瞬時に移動できるお前の速さを、私の異能で封じることはできない。それならば……」


 宗景の目が鋭く光り、闇が渦を巻きながら俺に向かって圧力をかけてくる。まるでその闇が触れることで、俺の体を押し潰そうとしているかのような感覚だ。


「だが、そんなことはさせない」


 俺はその闇を受け止めるように、深く呼吸をして力を込める。そして、右腕を振り上げ、闇の流れに逆らって拳を打ち込んだ。


「――はぁっ!」

 拳が空間を突き抜け、異能の力を打ち砕くと、周囲の空気が一気に振動して、圧倒的な力が反響する。


 宗景の顔に一瞬、驚愕が走った。しかし、その表情もすぐに冷徹なものへと戻る。


「……強い。だが、それだけでは終わらん」


 宗景は再びその闇を操り、空間をひねりながら攻撃を仕掛けてくる。だが、俺はその異能の流れを感じ取ることができた。すでにその動きを見切っている。攻撃が迫る直前、俺は身をよじってその場から飛び退く。


「ふっ……やっぱり、違うな」


 宗景はその攻撃が空を切ったことに気づき、額に汗をかきながらも、冷静に次の手を考えているようだ。しかし、俺の動きは一切止まらない。すぐに間合いを詰め、今度は逆に宗景を追い込む形で拳を繰り出す。


「ならば、これでどうだ!」


 宗景が黒い闇を掌に集め、強力な圧力を放った。闇が膨れ上がり、今度こそ俺を包み込むように広がる。だが、俺はそれを見て一瞬だけ笑みを浮かべる。


「まだ、足りないな」


 俺が力を込めて拳を振り抜くと、周囲の闇が消し去った。


「んじゃ、俺の番だな」


 笑みが浮かび、宗景の表情には恐怖が浮かんでいた。

 そのまま俺は宗景をサンドバッグのように殴り続けた。寧々が後ろで「いや、ちょっとやり過ぎじゃ……」と言っていたが無視である。

 残業でのイライラが溜まっているので、その解消に付き合ってもらわなければ。


 それから数分後、血だらけでギリギリ生きてる状態の宗景がそこにはおり、俺は満足そうに頷くのだった。


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