第17話:土岐宗景1

「いやはや。まさか同一化した同胞を倒すとは、君は強いようだ」


 寧々が男の名前を呟いた。


「土岐宗景……」


 男はローブを脱ぎ捨てた。見た目は四十代半ばで、身長は190cmほど。筋肉質だが、無駄のない身体つき。黒い長髪を後ろ一つで結んでいる。紅い瞳が印象的で、人を圧倒するような威圧感を持っていた。


「寧々が組織を裏切るとは思っていなかった」

「頭領……いや、宗景よ。妾はもう、迷わない」

「迷わない?」


 土岐宗景の表情に、わずかな驚きの色が浮かぶ。


「妾はもう、貴殿の信念に従うつもりはない」


 寧々は冷たく答える。彼女の瞳はまっすぐに宗景を見据え、その紫色の光を一層強く放っていた。


「そのつもりか、寧々」


 宗景は冷ややかな笑みを浮かべ、ゆっくりと前に歩み寄る。

 彼の一歩一歩が、まるでその場の空気を圧縮するかのように重く、周囲に緊張をもたらす。


「何百年と守ってきた民から、化け物と呼ばれ裏切られた。まさか、お前も我らを裏切るつもりか?」

「もうお前の言葉には意味はない」


 寧々の言葉が、まるで彼の言葉を切り裂くように響く。

 その瞬間、宗景の目が鋭く細められた。


「やはり、君は我々を裏切る覚悟があるのか。同胞はもう私と寧々、お前しかいない。今ならまだ、やり直せる」

「妾はもう、迷わないと決めておる。ここでお主を倒し、すべてを終わらせる」


 宗景の言葉が響き渡る中、俺は静かに息を吐き、目の前の戦況に集中した。

 寧々が宗景に対峙している間、俺はその隙を見逃さなかった。

 ここまで来たら、もう遠慮している場合じゃねぇ。敵の数も少なくなったし、残るはこいつだけだ。


 俺の身体は自然に動き、背後にある敵を意識することなく一歩を踏み出す。もはや、言葉じゃなくて、力で決着をつける時だ。

 彼が俺を見て口を開いた。


「少年、貴殿の力もまた奇妙だ。化け物だと恐れられなかったか?」

「悪いな。猫を被って生活していたんだ。それに、俺の異常性は俺が一番理解してる」

「ふむ。ではこちらに付く気はないか? 我らが日本を支配して新たな秩序を作れば、誰もが平和な世界になれる。我々こそが、正義なのだ!」


 俺は呆れてしまう。


「支配、正義? あんたみたいな奴が作る『秩序』なんざ、ただの力任せだろ。恐怖による支配だ」


 俺は「だが」と言葉を続ける。


「お前の言う通り、世の中は単純だ。強い方が正しい」

「然り。それがこの世界のルールだ。弱者の悲鳴など、神には届かない。それが、この世の摂理だ。結局は弱肉強食なのだよ」

「そうか。寧々、みんなも下がってろ」


 振り向くと、寧々は俺の目を見て少しだけ頷く。そのまま、朝比奈や仲間たちも察したように後退し始める。

 俺の背後から感じる気配が、確かにいつもとは違うことを示していた。今から始まるのは、普通の戦いじゃない。


 宗景が俺に目を向けて、冷ややかな笑みを浮かべる。その笑みはまるで、俺を見下ろすかのようなものだった。しかし、俺にとっては、それがただの挑発に過ぎない。


「少年、見ていたが、貴殿もまた異常な力を持っている」

「俺に異能なんてないけどな。天然物なんだ」

「ほう。私の力を見てもまだ、それが言えるか見物だ」


 俺は一歩、踏み出す。

 冷徹な目を向ける宗景とは対照的に、俺はニヤリと笑みを浮かべ、人差し指で軽くクイクイと動かしながら、相手に対して無言の挑戦を突きつけた。


「ならその強さを証明して見せろよ。こっちは残業でイライラしているんだ。今からお前の掲げる正義を徹底的にぶっ潰してやるよ」

「ならば、我が力を存分に見せてやろう」


 宗景は静かに刀を鞘から抜き放った。

 黒漆に金の模様が入った長い刀は、月光に照らされて怪しく輝く。

 俺も刀を抜き放ち、無造作に構えて彼と対峙する。


「……妖刀か」

「あんたのお仲間さんから拝借したんだ。わりと使い勝手がよくて困っちゃうよ」

「この“影月”に敵うとでも?」

「ははっ、なら勝ったらもらおうかな」

「ふん、口だけは達者だな」


 宗景の冷たい声が響いた。

 彼の手元が一瞬動き、次の瞬間にはその妖刀「影月」が月光を浴びて一閃した。

 刀が斜めに振られた瞬間、空気が震え、音もなく刃が俺の横を掠めた。


「おっと、速いな」


 俺は軽く体を捻って、刃を躱す。

 宗景が次の行動を取る前に、俺が先手を取る。刹那、足を踏み込み、刀を構えたまま突撃する。

 だが、宗景の反応は予想以上に速い。影月が弧を描き、俺の刀を軽々と受け流した。その瞬間、彼の顔に冷笑が浮かぶ。


「やはりか。お前の力は、ただの力任せではないようだな。まだまだ雑だが、技術がある」

「はっ、そんなの漫画やアニメで十分に鍛えられるさ」


 実際、俺の剣技はほとんどが漫画やアニメによるものだ。そこに現代の技術で補っているだけのなんちゃって武術。


 俺は反射的に体をひねり、次の攻撃を繰り出す。

 しかし、宗景の姿が一瞬で消える。目の前にいたはずの彼が、どこかから再び現れる。まるで影が動くように。


「この俺の異能を侮るな。『闇天』」


 その瞬間、周囲の空気が変わった。まるで世界から音が消え、視界もなくなったかのようだ。光が完全に消え去り、まるで俺の五感が全て奪われたかのような感覚が広がった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る