第16話:救いのない者達
幹部が再び怒りに燃え、巨大な体を揺らしながら突進してきた。
その背後には異形化した部下たちが続いている。
「寧々」
俺は振り返り、彼女に声をかける。
「戦うか?」
「なに。もう戦うと決めておる。今更引くわけにはいかんし、そもそも禁忌の手法に手を染めた者を仲間だとは思わない」
「ははっ、んじゃあぶっ潰すか」
「うむ」
俺が拳を構え、寧々は袖を翻し、紫色の光を宿した瞳で幹部たちを見据えた。
すると周囲の空間がまるで歪むような錯覚を起こし、次の瞬間、幹部たちの足元が崩れたかのように一瞬の間を置いて止まる。
「何をした……!」
幹部が苛立ったように吠えるが、寧々は微笑みながら扇を手に取る。
「妾の異能――『幻影』。お主らの動きを封じるぐらい造作もないことじゃ」
その言葉通り、幹部と異形化した部下たちの動きが微妙に鈍くなる。
幻影が彼らの感覚や認識を歪めたのだ。
「よし、行くぞ!」
俺は一気に前進し、幹部に接近。巨大な腕が振り下ろされるが、軽々と回避する。
「俺の出番だな」
拳に全力を込めて幹部の巨体に打ち込む。
一撃でその巨体がたじろぎ、瓦礫の中に大きな穴を開ける。
「貴様のような人間が……!」
幹部が怒りに燃えて再び攻撃を繰り出すが、その隙を突いて寧々がさらに幻影を展開。
幹部の攻撃が彼自身の部下に向かってしまう。
「寧々、ナイスアシスト!」
「会って間もないというのに、それなりに息が合うではないか。妾も驚いたぞ」
二人で幹部を追い詰める中、他の仲間たちが徐々に動きを取り戻し、異形化した部下たちに応戦し始めた。
しかし、妖魔の数が多く、みんなが対処に回っているが限界も近い。
「寧々、しばらく任せていいか? 雑魚どもを蹴散らしてくる」
「わかったのじゃ。しかし、別に妾が倒してしまっても構わぬのだろう?」
「好きにするといいさ」
そう言って俺は駆けだし、妖魔の群れへと突っ込んだ。
腰に下げている刀を抜き、妖魔を斬り刻んでいく。次第に妖魔の数を減らしていき、残るは同一化をした構成員たちだけである。
振り返り朝比奈たちを確認するが、もう限界なのだろう。膝を突いてしまっている。
「お前たちは下がっていろ」
「黒崎先輩!」
「あんな奴ら、今までと大して変わらねぇよ。大人しく待ってろ」
俺が寧々の横へと立つ。すでに数体は倒しているようだが、幹部はまだ倒れていなかった。
しかし、かなり消耗しているようにも見えた。
「雑魚の片付けは終わった。あとはこいつらだけだ」
「そうか。妾だとどうにも火力がたりないようでのう」
「なら俺の出番ってわけか。任せておけ」
襲い掛かって来る構成員たち。もう人に戻る術はないのなら、一撃で楽にしてやろう。
攻撃を避け、懐に潜り込み一撃。同一化した構成員上半身が吹き飛んだ。残るのは下半身のみで、すぐに黒い霧となって消え去った。
妖魔と一緒で死体すら残らない。理性はあるが、人間を止めているようだ。
俺が一撃で倒したことに、驚き怯んでおり後退った。
「おいおい。俺を殺すんじゃなかったのか? かかって来いよ、まとめて消し飛ばしてやる」
「く、くそがぁぁ!」
襲い来る敵に、俺は躱して一撃を叩き込んでいく。次第に数を減らし、残りは幹部だけとなった。
「年貢の納め時だな?」
「……くっ! 化け物め!」
「そりゃあお前だろ。鏡見てから言ってくれよ」
怒りに染まる幹部が、腕を伸ばし攻撃をしてくるも、それを紙一重で躱し懐へと潜り込み、両足を切断する。続けて両腕をも切断する。
「ぐぁ!」
無様に地面に倒れる幹部の頭に俺は足を乗せ、グリグリと押し付ける。
「お前の負けだ、クソ幹部さんよ。もう抵抗は無意味だって、分かるだろ?」
幹部は苦痛に顔を歪めながらも、なお口元に薄笑いを浮かべていた。
「くっ……俺たちの……目的は、お前ごときに潰されるものではない……」
幹部が最後の抵抗として何かを呟こうとした瞬間、寧々がゆっくりと近づいてきた。
彼女の紫の瞳は冷ややかで、まるで幹部の存在そのものを見透かしているようだった。
「妾が言ったであろう。禁忌に手を染めた者に、もはや救いはないと」
寧々は静かに扇を広げると、足元から影が広がり、幹部の身体が沈んでいく。
「な、何をするつもりだ……⁉」
幹部の恐怖の叫びにも、寧々は一切の感情を見せなかった。ただ静かに告げる。
「妾の『幻影』は、影を自在に操るだけではない」
その言葉が終わるや否や、幹部の体は徐々に飲み込まれ消えていった。
「ふん、妾を怒らせた代償じゃ」
寧々が扇を閉じ、静かに呟いた。
「どうなるんだ?」
「影に飲み込まれたあやつは、直に自我を失い消滅する。あまり使いたくないのだがのう」
「怖いな」
「お主なら力技で抜け出しそうじゃが?」
「まあ、できるんじゃないか?」
多分、できると思う。
全員が勝利を確信し歓声を上げようとした直後、どこからともなく拍手が聞こえた。
拍手が聞こえる方に顔を向けると、一人の黒いローブに身を包む者がいた。
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