第11話:渋谷掃討3

 黒羽は肩の傷を押さえながら、唇を歪めて笑った。その表情には怒りと焦り、そしてほんの少しの恐怖が見え隠れしていた。


「ただの高校生が特級妖魔を倒すだと? 戯言を――」


 その言葉を遮るように、寧々が前に進み出る。影が彼女の足元から広がる。


「戯言かどうか、そなたが一番知っておるであろう? 妾たちはそなたに言葉を交わしに来たわけではない。今ここで決着をつけるだけのことじゃ」


 黒羽は苦々しい表情を浮かべながら、背後の残った妖魔たちに視線を投げた。そして手を振ると、無数の糸が一斉に妖魔たちに絡みつき、その身体を異様に膨らませ始めた。


「決着をつける? いいだろう。それならば、全力を尽くさせてもらう! 裏切り者に死の制裁を!」


 黒羽が叫ぶと同時に、操られた妖魔たちは次々と形を変え始めた。その姿はまるで、生きた爆弾のように膨張し、黒羽の狂気じみた笑い声が響き渡る。


「寧々、これはまずい。あれ、爆発するつもりだ!」


 俺が警戒を強めると、寧々はすぐさま影を動かし、防御の壁を作り出そうとした。しかし、黒羽の糸が影を引き裂くように侵食し、思うように防御が機能しない。


「これならどうだ!」


 俺は足を踏み込むと同時に、刀を振り抜いて糸を断ち切ろうとする。しかし、黒羽の操る糸は異様に強靭で、容易には切れなかった。


「無駄だ、これが『操糸』の本当の力だ!」


 本気で振るっていないとはいえ、斬れなかったことに驚いてしまう。しかし、このままでは爆発に巻き込まれてしまう。

 なら、俺がやることは簡単だ。次はもう少し本気で刀を振るえばいい。

 再び構える俺を見て、黒羽は嘲笑う。


「無駄だと言っている。私の糸は誰にも――」

「しゃらくせぇ!」


 振るわれた刀は糸へと吸い込まれるように向かい――スパンと綺麗に斬れてしまった。

 黒羽の嘲笑が一瞬で凍りついた。その目が、まるで信じられないものを見たように大きく見開かれる。


「な、なんだと……? 私の糸が、斬られるだと……!」


 その驚愕をよそに、俺は一気に踏み込む。黒羽が操る爆発寸前の妖魔たちを止めるためには、奴自身を封じるしかない。


「寧々! 黒羽を動けなくする手はあるか?」

「妾に任せよ!」


 寧々は足元からさらに影を広げ、黒羽の足元に狙いを定めた。その影はまるで生き物のように動き、黒羽の足を捕らえようとする。


「貴様ら……調子に乗るな!」


 黒羽が叫ぶと、無数の糸が一斉に彼の周囲から噴き出し、影を跳ね返そうとする。しかし、寧々の影はその糸に絡みつき、逆に引き込むような動きを見せる。


「そなたの糸が強靭ならば、妾の影もまたそれ以上にしなやかじゃ!」


 影と糸がぶつかり合い、空間に異様な力が渦巻く。

 その隙を突き、俺は全速力で黒羽に接近した。


「終わりだぜ」


 刀を高く掲げ、全力で振り下ろす。黒羽は糸を操り、防御の壁を作ろうとするが、その動きは鈍い。

 しかし、黒羽の目が見開かれると、糸が一つになり絡み合い槍のように鋭くなると、俺の振り下ろした刀と直撃する。

 斬れると思ったが、糸が集束したことで強靱になっており、弾かれてしまう。


「蒼汰!」

「死ね、小童が!」


 寧々の声が響き、黒羽が叫び、先ほどの糸を集束させた糸で俺の心臓を突こうと迫る。

 しかし、俺が刀を手放す方が早く、渾身ともいえる一撃を躱す。黒羽の目が驚きで見開かれる。


「――なっ⁉」

「悪いな。俺はこっちの方が得意なんだ」


 拳を構えながら黒羽に告げた俺は、笑みを深めた。


「じゃあな」


 振り抜かれた一撃は黒羽の腹部へと吸い込まれ、直撃と同時に空気を震わせた。

 拳を抜き、地面に崩れ落ちる黒羽だが、殺してはいない。でも何本か骨は折れているはずだ。

 まあ、念入りに足の骨も砕いておくけどね!

 その前に。

 俺は妖魔を見ると、膨張は止まっているが、このままにはしておけない。


「無事か、蒼汰よ!」

「この通りピンピンだ。で、アレは放置できないよな?」


 寧々から何か言いたげな視線を感じるが、「まあ、そうじゃのう」と答えてくれた。

 黒羽を倒せば解除されると思ったが、違ったようだ。


「このままじゃと、渋谷の一部が吹き飛ぶことになるのう」

「えぇ……寧々なら何とかできるか?」

「無理じゃよ。すべての妖魔を一カ所にまとめたのじゃ。私の力にも限度がある」


 そこであることを思い付いた。

 そう。綺麗さっぱり消えればいいのだ。


「うっし。消滅させるか」

「……は? 今、なんと言った?」

「消滅させれば問題ないってことだ。任せておけ」


 俺は妖魔の塊に近づき、思いっきり蹴り上げた。

 空高く打ち上がった塊は、程なくして落下してきた。それを見ていた俺は跳躍し、拳に力を込める。

 空中でぶつかる直前、俺は塊に向けて拳を振り抜いた。直後、空気を震わせ、衝撃波が地上に伝わる。

 着地した俺は満足げに呟いた。


「よし。掃除完了だな!」


 妖魔の塊は綺麗さっぱり消え去っていた。


「全力のお主と戦わずに済んで助かったのじゃ……」


 寧々が引き気味な表情で呟いていた。

 その後、黒羽の足の骨を念入りに砕いたのは言うまでもない。



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