第10話:渋谷掃討2

「一級妖魔を一撃……蒼汰よ。お主、本当に人間か?」


 寧々の呆れたような、それでいて非常識なものを見たような目を向けられていた。


「正真正銘、人間の両親から生まれた人間様だ」

「疑わしいのう……」

「んなことより、さっさと片付けるぞ。可能な限り壊すなって言われているから、こっちは手加減しないとなんだぞ」

「……あれで手加減していたのか?」


 もちろん。じゃないと妖魔による死傷者よりも、崩落とかに巻き込まれて死んだりする被害の方が多くなってしまう。

 集まってくる妖魔を蹂躙しながら、俺は悪態を吐いた。

 一向に減る気配がしないのだ。


「寧々、いつになったら妖魔は減るんだ? もしかして元凶がいたりする?」

「何人かいる。私の場合は影に取り込んでいたが、もうほとんどいない。一級が数体と特級がもう一体いるくらいだ。その者の名は――」


 まだ特級いたのね。そっちの方が驚きじゃい。

 寧々は渋谷を任されている夜天衆の名前を教えようとして、声が聞こえ妖魔は動きを止めた。


「――寧々、裏切ったのか?」

「「ッ⁉」」


 そこには、大型の鳥のような妖魔の背に乗っている、黒衣の男がこちらを睥睨していた。

 黒衣の男は鋭い目つきで寧々を見下ろしながら、冷ややかな声で言葉を続けた。


「御影寧々、お前は我ら『夜天衆』の一員として渋谷の妖魔を統べる立場にあったはずだ。

それがどういうわけでこの男と共にいる?」


 寧々は一瞬、男の言葉に表情を曇らせたが、すぐに毅然とした態度で答えた。


「妾がどう動こうが、そなたには関係なかろう。今の妾にとっては、この者と共に行動することが最善と感じただけじゃ」

「はっ、思った通り裏切り者だったか。だが、お前がこの程度の小僧に付き従うとはな。そんな奴に屈服するなど、お前も堕ちたものだ」


 男が嘲笑し、鳥の背から軽々と飛び降りると、手を一振りして周囲の妖魔たちに指示を出した。妖魔たちは再び動き始め、俺たちを取り囲むようにしてじわりと距離を詰めてくる。


「……おい寧々、あの男の正体は?」


 俺は小声で尋ねると、寧々がわずかに唇を噛み、低い声で答えた。


「あれは『夜天衆』の幹部の一人、名を黒羽という。特級妖魔を操り、数多の妖魔を従えている。能力は『操糸』。糸で人形を操るように、他人や妖魔を意のままに操ることが出来る。糸による攻撃も厄介じゃ」

「なるほど、ただのザコじゃなさそうだな」


 黒羽は不敵に笑い、俺を嘲るように指差した。


「小僧、名は?」

「ただの高校生さ。それ以上に言葉は必要か?」

「ふん。まあいい。寧々を手懐けたつもりでいるようだが、今すぐその愚かさを思い知ることになるぞ」


 その言葉とともに、黒羽が片手をかざすと、彼の背後に立っていた鳥型の特級妖魔が鳴き声をあげ、周囲の妖魔が動き始めた。


「さあ、楽しませてもらおうか。生きていられると思うなよ」


 俺は刀を握りしめ、気を引き締めた。目の前にいる黒羽、そしてその背後に控える特級妖魔。これは一筋縄ではいかない戦いになるだろう。


「寧々、準備はいいか?」


 寧々は静かに頷き、決意を込めた目で黒羽を睨んだ。


「うむ。妾も全力を尽くすゆえ、そなたも油断せぬようにな」


 俺は寧々と共に構え、黒羽に向かって叫んだ。


「黒羽、かかってこい! お前ごときに俺たちは倒せない!」


 黒羽はその言葉に一瞬目を細めたが、すぐに冷たい笑みを浮かべ、無数の妖魔と特級妖魔をけしかけてきた。

 黒羽の指示に従うように、無数の妖魔たちが一斉にこちらに向かって突進してきた。

 その異様な迫力に一瞬圧倒されかけたが、俺は深く息を吸い込み、意識を集中させた。


「行くぞ、寧々!」

「心得た。妾も援護するゆえ、存分に暴れよ!」


 寧々はその言葉とともに、両手を広げ、周囲に漂う影のようなものを操り始めた。

 彼女の力によって影が動き出し、妖魔の動きを縛りつける。


「お前ら、邪魔だ!」


 俺は刀を握り直し、一体の妖魔の首を跳ね飛ばすと、その勢いのまま次々と切り伏せていった。だが、妖魔たちは全く怯む様子を見せず、ひたすらに向かってくる。

 黒羽の能力のせいか、まるで操られた人形のように無機質で恐れを知らない。


「どうした? それで全力のつもりか?」


 黒羽が不敵な笑みを浮かべ、さらに妖魔を繰り出してくる。


「雑魚をいくら集めたところで無駄だぜ!」


 俺は一気に加速し、特級妖魔の元へと踏み込んだ。

 だが、その瞬間、足元に黒い糸が絡みつくのを感じた。黒羽が手をかざし、無数の糸で俺の動きを封じようとしているのだ。

 しかし、俺にその程度の攻撃は効かない。俺を操ろうなど無駄だ。


「ふん!」


 頭の中で「この糸邪魔だな」と念じると、足元に絡みついた糸は弾かれるように消えた。

 それを見た黒羽から「なんだと⁉」と驚きの声が聞こえてくる。


「だが、相手は特級だ。貴様程度の攻撃で倒せるわけがない!」


 その時、寧々の声が響いた。


「そう思うのは早計じゃ!」


 寧々が黒羽の背後から一気に接近し、巨大な影の槍を繰り出した。槍は黒羽に向かって一直線に突き進む。

 黒羽は糸を操り、防御の壁を作り出そうとしたが、槍がその糸を突き破り、彼の肩口をかすめて深い傷を負わせた。


「ぐっ……! 貴様!」

「蒼汰よ、今じゃ!」


 寧々の攻撃により糸の束縛が一瞬緩んだその隙を突き、俺は力を振り絞って動きを解き放ち、特級妖魔の懐へ一気に飛び込む。

 刀を振り下ろし、特級妖魔の胸元に一閃を放った。妖魔は叫び声を上げ、その巨大な体が崩れ落ちていく。

 その光景に黒羽は驚愕の表情を浮かべ、後退りながら俺を睨みつけた。


「貴様……一体何者だ?」


 俺は黒羽に向けて刀を構え直し、静かに答えた。


「ただの高校生だよ」




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