第8話:本当に守りたいもの

 寧々の声には、覚悟と悲壮感が混じっていた。

 彼女の影は再び俺を取り囲み、地面を刻むようにして、次第に俺の足元に迫ってくる。俺はその動きに注意を払いながらも、あえて軽く笑って言った。


「結局、お前は『力』に頼ってるだけじゃないか」

「黙れ! 小童に何がわかる!」


 彼女は再び影を鋭い刃に変え、俺に向かって放ってきた。その攻撃は確かに鋭いが、俺にとってはもはや脅威ではない。軽く腕を振るうだけで消え去る。


「俺にはわからないな。別に家族や友人が殺されたなら、復讐すればよかったじゃないか」

「……」

「守っていた奴らに裏切ったんだろ? そんな奴ら、守る価値なんてねぇよ。お前だってそう思ったから、こうして行動しているんだろ」


 俺の言葉に彼女の動きが一瞬止まる。その隙を見逃さず、俺は彼女の前に立ち、静かに言った。


「寧々、お前が本当に守りたいものはなんだ?」


 その問いに彼女は一瞬だけ戸惑い、影の動きがわずかに緩んだ。しかしすぐに強張り、再び冷たく俺を睨んで言い放つ。


「妾が守りたいものは、すでに決まっている! お前などに邪魔されるわけにはいかぬ!」


 迫る影を、俺はその影を無造作に振り払うと、彼女に向かって静かに問いかける。


「寧々、お前は本当にそれで満足か?」

「……っ! 妾には……それしか道がないのだ! もう、後には引けぬ……」


 彼女の表情には、どこか諦めと悲しみが浮かんでいた。だが、俺はその言葉に首を振り、力強く告げる。


「そんなことはない。お前の選択肢は、もっと他にあるはずだ」


 その言葉に彼女は再び影を操る力を失い、ただ俺の前に立ち尽くしていた。

 寧々は震える手で影を操ろうとするが、その力は明らかに衰えていた。俺はその様子を見て、ゆっくりと口を開いた。


「寧々、お前は本当にこの力が自分を守ると思ってるのか?」


 彼女の目が揺れ、唇がかすかに震えた。

 けれども、すぐに無理やり口元を引き締めて、再び俺を睨みつける。


「妾には、この力しかない。影を操り、安定のため、敵を払うことこそが妾の生きる道だ。それ以外に何があると言うのだ!」

「力だけが頼りだと思ってるなら、お前はずっとその影に縛られることになる。お前自身を守りたければ、その正義を疑うことも必要なんじゃないのか?」


 俺の言葉に、彼女の顔には複雑な表情が浮かぶ。彼女は苦しげに目を伏せ、拳を握り締めた。まるで自分の心の中の葛藤と向き合っているようだった。


「妾には、もう誰にも頼れぬのだ……!」


 その言葉には、これまでの孤独や悲しみが込められているように聞こえた。俺にも共感できるところはあるが、孤独だった俺は「関係ねぇ!」と吹っ切れた。結果、今の俺が誕生したとも言える。


「そんなことはないだろ。自分で決めつけているだけだ。過去に囚われ過ぎだ。もっと自由になろうぜ?」

「自由……」


 俺は深いため息を吐き、ゆっくりと口を開いた。


「力ってのは、結局のところ自分を縛るための鎖にもなるんだよ。強さを手に入れたって、すべてが自由になるわけじゃない。むしろ、周りがその強さに期待して、勝手に決めつけてくる。『正義』だの『責任』だのって、どうでもいい縛りをかけてくる」


 彼女は黙って話を聞いている。


「自由ってのは、誰かに求められることなく、自分がやりたいことを好きなようにやれるってことだ。けど、その『自由』とやらを掴もうとすると、世間からはいつだって反発が来る」


 俺は肩を竦める。


「でもな、だからって周りに合わせて妥協して生きるなんて、俺の性には合わない。結局、自分の生き方を決めるのは自分だろ? 誰かの期待に応えるために生きてるんじゃねぇんだ。俺は俺のためだけに生きてるんだよ」


 寧々は、その言葉にどこか納得がいかない様子だった。正義や使命に生きる彼女にとって、俺の考えは理解しがたいものだったのだろう。

 俺はそれを見て、ふと顔をほころばせた。そして、少しだけ声を落として言った。


「何かを守るために戦うのも、誰かの期待に応えるために力を使うのも、間違いじゃないと思う。だけど、そいつは自分の自由を犠牲にして成り立ってるもんだ」

「……私が守るべきものは、まだ残っているのだろうか?」

「それを教えるのは俺じゃない。自分自身で見つけ出すものだ」

「私が守るべきもの……それが何であるのか、わからない……」


 彼女の声は震えていたが、その中には決意の片鱗が見え隠れしていた。


「何かを守るために戦うことは、尊いことだ。正直尊敬するよ。だけど、守るべきものが本当にあるのか、自分に問いかけることも大事だ。それを見つけることができれば、もっと自由になれる。誰かの期待に応えようとするあまり、自分を犠牲にする必要はない」

「私には、もう選択肢がないと思っていた。過去に囚われて、前に進むことができなかった。でも……」


 寧々はつぶやき、彼女の声は次第に力を取り戻していくように思えた。


「だからこそ、今がその時なんだ。お前には、未来を選ぶ力がまだ残されている。自由を手に入れることは、怖いかもしれない。でも、それが本当の意味での『力』だろ?」


 寧々は再び視線を上げ、その目には新たな光が宿っていた。


「お前が守りたいものが、力の源になるのなら、その源を見つけることができれば、過去に縛られずに済む」


 彼女はゆっくりと口を開いた。


「蒼汰よ。初めてお主を見た時、不思議だった。かつて、私が守りたかった者と同じ、楽しく生きているように見えた」

「当然だ。人生楽しまなきゃ損だろ? それに、俺は世の中のルールに従う気なんかない。力と自由。これが俺の信念であり生き方だ。どんな理不尽が待ち受けていようと、俺は一歩も引かない。すべてを踏み潰し、自分の道を行くだけさ」


 彼女の顔には、何か付き物が落ちたかのようだった。


「そうか。お主の守りたいものを聞いてもいいか?」

「俺の守りたいもの? 決まっているだろ。信念と自由さ。後は家族と友人かな」

「ありがとう。妾にも守りたいものが見つかりそうな気がするのぅ」

「小さなものでもいいだ。気長に見つけようぜ?」

「うむ。新しい自分を見つけにでも行こう」


 そして彼女は、初めて笑みを見せたのだった。


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