第7話:悪か正義か

「舐めるでない、小童が! ――影断」


 彼女から影が俺へと伸び、あと少しで触れそうになところで、拳で弾いた。

 弾かれた影は地面を深く斬り裂く。


「お~、危ない危ない」

「その程度で終わるものか!」


 俺は次々と影を避けながら、彼女との距離を詰めていった。寧々の攻撃は鋭く、動きに無駄がなく、影の一撃は地面を軽々と斬り裂いていく。


「小童が……妾の影に触れられると思うな!」


 彼女の手から伸びる影は、一瞬で形を変えて刃や槍のような鋭い形に変わり、俺に襲いかかる。俺は冷静に動きを読み、身をひるがえしながら次々と攻撃を躱していった。


「そっちこそ、俺を甘く見てるんじゃないのか?」


 寧々は怒りで目を光らせ、さらに力を込めて影を操る。

 その影は次第に速度と威力を増していき、俺のすぐ近くをかすめていく。俺は手応えを感じながらも、彼女に向かって冷静に進んでいった。


「くっ……!」


 彼女は焦りを見せつつも、なおも影の攻撃を繰り出してくるが、俺は一瞬の隙を突いて、彼女の懐へと飛び込んだ。

 彼女が反応する前に、俺は拳を振るう。しかし手ごたえはなく、寧々の身体は影へと戻る。

 離れた位置に立つ寧々は淡々と告げる。


「妾を捉えることなどできん」


 闇が広がり、無数の鬼で溢れかえる。


「また面倒なことをしてくれたな」


 倒すこっちの身にもなってほしい。

 俺は拳を構えて振り抜いた。指向性をもった衝撃が寧々に向けて一直線に突き進む。

 地面が抉れ、妖魔は一瞬で塵となり消える。


「ぐっ!」


 影の壁を出して身を守る寧々だが。敵を見失ってはダメだろう?

 俺は寧々の背後に移動し、肩をトントンと叩く。恐る恐ると言った感じで振り返った彼女の表情は、驚きに染まっており、すぐさま俺から距離を取った。


「いつの間に……影は妾の支配下なのに……」

「あん? 少し本気を出せば、認識するより速く動けるっての」

「しかし、いいのか?」


 何が? 俺は足元を見て理解した。ここは影の上。つまり、彼女の支配下であると。

 寧々の口元が不敵に歪んだ。


「今更気付いたところでもう遅いわ! ――影の牢獄」


 俺の周囲を黒い影が取り巻いた。視界が遮られ、周囲が闇に包まれる。


「これは……!」


 寧々の声が闇の中から響く。


「妾の『影の牢獄』にかかったようじゃな。ここから抜け出せると思うなよ、少年」


 闇の中で、俺は笑ってしまった。この程度で俺を閉じ込めたつもりでいるようだ。

 思わず声を出して笑ってしまった。


「……気でも触れたか?」

「いいや。面白くてつい、な」

「まさか、破れるとでも? そこは影の世界。異能者であったも、ここを抜け出すことはできん」

「それが愚かだと言うんだ。お前と影は繋がっている。なら――不可能はない!」


 俺は暗闇の先へと両手を突き出し、空間を力技でこじ開けた。

 ベキバキと音がし、空間に亀裂が生じ、そこに寧々の驚く声が聞こえた。


「馬鹿な! 無理やりこじ開けている、じゃと⁉」


 バリンッと砕け散り、俺は笑みを浮かべながら寧々の前に立つ。


「繋がってさえいれば開ける」

「空間に干渉するなど、非能力にできるはずがない!」

「まあ、俺は突然変異みたいなものだ。運が悪かったな」

「――死ね!」


 少しは本気を出そう。

 無数の影が四方から襲い掛かるが、俺は防がなかった。なぜなら、身体を硬化させれば、防げる威力だったから。

 軽く腕を振るっただけで、影はすべて霧散する。ゆっくりと、一歩、また一歩と歩を進める俺に、寧々は焦りを募らせていた。


「ど、どうして効かないのじゃ!」

「そりゃあ、お前が弱いからだ」


 俺はついに、寧々の前へと立ち、濃密な殺気を放つ。

 彼女は小柄なので、必然的に俺が見降ろす形になるのはご愛敬だ。


「自信満々に攻撃してきて、その全てが無意味だった感想は?」

「ヒィッ……ば、化け物め!」


 彼女は俺が怖いのか、小刻みに震え怯えていた。


「なあ、それはお前のことを化け物と呼んだ連中と、何が違うんだ?」


 彼女の表情が険しくなり、一瞬の迷いがその目に浮かんだ。それは彼女にとって「化け物」と呼ばれることの痛みを思い出させる何かだったかもしれない。だが、その迷いはすぐに怒りに変わり、彼女は力強く睨み返してきた。


「黙れ! 妾と奴らを同じにするでない! 妾は秩序を保つために力を振るっているのだ!」

「秩序、ねえ……それで守れるものが本当にあるのか? 自分たちの行いが正義だとでも思っているのか?」


 俺は冷たい視線を送りながら彼女の言葉を否定する。

 彼女は顔を歪め、再び影を操り始めたが、その動きは先ほどのような鋭さを欠いていた。


「黙れ! これこそが正義なのだ!」

「日本をめちゃくちゃにしようとするのも、自分たちが正義だからと?」

「そうだ」

「それなら正義を邪魔する俺は悪か?」

「……悪だ」


 言い淀む寧々は、俺は悪だと言う。

 それを聞いて俺は声に出して笑ってしまった。


「あっははは! 滑稽だなぁ!」


 俺の笑い声に、寧々はさらに怒りを募らせていた。

 だがその怒りも、どこか歪んでいるように感じる。彼女の視線は、俺ではなく過去を見つめているようだった。


「妾は……妾のやり方でしか、この国を守ることはできぬのだ!」

「それがお前の正義か?」

「そうだ! 妾は、影を操るこの力で、妾の使命を果たすしかない。誰にも理解されなくても!」



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