第6話:御影寧々2

 朝比奈が去った後、周囲に漂う緊張感が一層増していく。酒吞童子の存在感は圧倒的で、その大きな体からは凄まじい気迫が放たれていた。

 周囲の鬼たちも次々と姿を現し、まるで取り囲むように配置される。


「……さて、どうするか」


 呟いた俺は刀を握り直し、視線を寧々に向けた。

 彼女は語り出す。


「かつて、妾の全ては『黄泉』にあった。妖魔から人々を守り、人間社会の陰に隠れた暗部を操り、秩序を築くこと。それが、妾たち守護者である黄泉の使命だった。誰もが妾たちを恐れ、遠ざけたが、それでも安定をもたらす守護者としての役割があった。それこそが妾の生きる意味であり、心から信じられるものだった」


 少し悲し気な表情を浮かべる彼女は、次の瞬間には怒りを浮かべていた。


「ある日、裏切りにより、家族や仲間を失った。そこで妾は自問したのだ――この世には、本当に守るに値するものがあるのかと。人々は妾たちを「化け物」と呼び、恐れた。そこで妾たちは考えたのじゃ。私たちが力で支配し秩序を築けばよいと。そうすれば、何も失わずに済むのだから。そこでかつての仲間たちと共に『夜天衆』を作り上げた」


 彼女は「それが今の妾じゃ」と告げた。

 寧々は俺に問うてきた。


「だからお主が教えてはくれないか? 私の守るべきものが、まだこの世に残っているのかを。人という素晴らしさを!」


 周囲が静まり返り、彼女がパンッと手を叩き、乾いた音が鳴り響く。

 酒吞童子の目が鋭く光り、鬼たちが一斉にこちらに向かって突進する。体が反応するより早く、俺は刀を構え、前へ踏み出す。


「来い!」


 叫び声を上げると同時に、最初の鬼が俺に襲いかかってくる。その体格は成人した人間ほどで、鬼特有の力強さが溢れている。

 しかし、その程度の力で俺に勝とうなど舐め腐っている。

 勢いを受け流しながら反撃に転じる。刀を振るうと、数体の首がまとめて切断され、黒い霧となって消えていく。


「次だ!」


 周囲の鬼たちが次々と襲ってくるが、俺は左に右にと身をかわし、刀を振り下ろす。緊張感が高まる中、身体が自然に動いていく。

 周囲の被害を心配している場合ではない。というか、普通に無理だ。寧々によって地面が切断され、酒吞童子の一撃がアスファルトを砕いている。

 俺は霧島さんとボスに、心の中で「ごめん」と先に謝っておく。


 次々に鬼を斬り裂いていき、徐々に数を減らしていくが、減ってはまた影から現れる。

 これを続けていたらキリがない。寧々を倒した方が早いだろう。

 俺は一瞬で寧々の背後を取って拳を振り抜いたが、手ごたえはなかった。寧々だった者は溶けるように影に吸い込まれた。


「――幻影。じゃよ」


 すると離れた位置から声が聞こえ、そちらを振り向いた。


「面倒だな」

「しかし、今の動きは視えなかった。移動系の異能かのう?」

「ははっ! 俺は非異能者だぞ」

「なぬ⁉ しかし、それではいままでの動きに説明が……」

「素の身体能力だわ」

「なんと面妖な……」

「怪しくて悪かったね。でも、これでも人間なんだわ」


 迫ってきた酒吞童子による槌を片手で受け止める俺は、寧々に向けて笑みを向けた。

 ビクッと震える寧々は、一歩後退さる。


「酒吞童子は特級に分類される、大妖魔じゃぞ……」

「まあ、俺には及ばなかったようだな」


 槌を弾き、酒吞童子を斬り裂こうとして、俺の刀が地面から伸びた影に掴まれた。寧々が邪魔をしたようだ。

 無理やり動かすことはできるが、酒吞童子はすでに攻撃の体勢に入っている。

 俺は瞬時に刀から手を話し、拳を叩き込んだ。

 重い音が鳴り響き、酒吞童子の腹に大きな穴が生まれた。

 膝から崩れ落ち、黒い霧となって消え去った。


「な、なん、じゃと……? 酒吞童子を一撃じゃと? 何が起きたのじゃ⁉」

「はぁ? お前、何か勘違いしていないか? 俺は遊びで刀を使っていただけだぞ」


 刀って男のロマンじゃん? 一度は使ってみたかったんだよね。それにアレは妖刀だから捨てるつもりだったし。


「遊び、じゃと?」

「ああ。俺の武器はこの身一つ。本来武器なんて使わないんだ。それに、非異能者だが、大抵のことはなんでもできる」


 俺は拳を構える。


「はぁ!」


 気合いの入った声と共に繰り出された拳は空間そのものに亀裂を生じさせ、破壊を生み出した。

 残ったのは、半径二百メートルの荒れ果てた地面のみと、回避したのか、無事の様子の寧々のみだった。

 そんな寧々だが、この光景を前に唖然とした表情のまま固まっていた。


「……ば、化け物なのか?」

「酷いなぁ。俺は普通の高校生だぜ? ほら、まだまだ戦おうじゃないか。お前の力、俺に見せてくれよ」


 俺は好戦的な笑みを浮かべ、彼女を挑発するのだった。


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