第5話:御影寧々1

 妖魔の大群を前にした俺は、深く腰を下ろして抜刀の構えを取る。


「先輩、早くしないと妖魔がこっちに来ちゃいます!」

「わかってるよ。刀を使うのは初めてだから、周辺のビルとかを斬らないように集中してる」


 加減をミスって斬ったら大惨事だからね。霧島さんだけじゃなくて、風間室長にも怒られちゃう。

 まあ、お叱りで済めばいいけど。

 そうならないために、こうして集中する必要がある。

 斬撃を飛ばすのはもってのほかだ。漫画などで見る技を使ってみたいが、俺には魔力なんてものもない。

 しかし、俺の身体能力をもってすれば、大体のことは再現可能だ。


「――音無」


 妖魔たちが一瞬遅れて気付く間もなく、俺はすでに刀を収めていた。周囲には無音の静寂が訪れ、時間が止まったかのような錯覚に陥る。

 その瞬間――妖魔たちの体が次々と線を描くように裂け、静かに崩れ落ちていく。


「……先輩、今のは?」

「抜刀の音もなく敵を斬る技だ。ギリギリまで力を絞ったから、周辺の被害はないだろうな」

「まあ、先輩だからで納得するとして、まだ残ってますね」

「多いよなぁ~」


 本当に、ゴミみたいな数いるな。


「んじゃ、さっさとここも片付けよう」

「はい!」


 俺と朝比奈は駆け出し、妖魔どもを滅していく。次第に数を減らし、順調に進んでいたが、突如、嫌な気配を感じて朝比奈の襟元を掴んで後方に下がった。


「ひゃっ⁉ せ、先輩⁉ 急になにを――」


 瞬間、俺たちが先ほどまで立っていた所に、黒い刃が通過して周囲を妖魔ごと斬り刻んだ。


「い、今のは⁉」


 驚く朝比奈だが、少女の声が聞こえた。


「多くの妖魔が倒され、何事かと思ったが……」


 声が聞こえた方に顔を向けると、交差点にある歩道橋の手すりに、長い黒髪を和風にゆるく結い上げ、赤や紫を基調とした和服を纏っている少女が佇んでいた。

 俺は彼女に見覚えがあった。


 その少女は静かに地面に降り立ち、静かにこちらに歩み寄る。妖魔たちの無残な残骸を一瞥してから、俺の目をじっと見つめた。

 頭の片隅に残っていたあの紫の瞳――以前、昼間に街中で見かけた少女と同じだ。


「……まさか、再び相まみえるとは、これも因果なのかのぅ」

「君はこの前、昼に見かけた……」


 どうして彼女がここに?

 疑問だった。しかし、すぐに納得した。彼女もまた、異能者だったのだと。


「少年、あの時ぶりじゃのう。妾は『夜天衆』が一人、寧々と申す。かつてこの国の守護者であった『黄泉』の一人でもある」


 夜天衆ということは、この騒動の原因であり、俺たちの敵ということ。


「少年、名を聞こう」

「黒崎蒼汰だ」

「黒崎蒼汰か。妾は基本、他人を覚えようとはしない。じゃが、あの一瞬とはいえ、お主のことは中々忘れられなかった」

「同感だ」


 俺の言葉に、彼女はふふっと嬉しそうに気に微笑んだ。


「嬉しいことを言う。お陰で忘れかけていた古い記憶が蘇り、煩わしい限りじゃ」

「……一体何歳だ?」

「淑女に年齢を尋ねるものではないぞ? だが、少年には特別に教えてやろう」


 そう言って驚きの年齢が飛び出ることになる。


「もう年は数えていないが、五百年は超えておる」


 寧々から飛び出した年齢に、俺も朝比奈も唖然としてしまった。

 その年齢でその見た目って、どう見てもロリババァじゃねぇか。


「寿命どうなっているんだ?」

「異能じゃよ。それで身体を弄っているだけじゃ」

「なるほどね」


 異能によっては干渉できるということだろう。

 とにもかくにも。


「敵には変わりねぇんだ。なら、やることは一つしかないよなぁ?」

「うむ。その通りじゃ」


 互いに笑みを深める。


「――酒吞童子」


 地面に広がった影から、六メートルの巨体と五本の角を生やした鬼が現れた。

 手には巨大な槌が握られており、放つ威圧感は凄まじいの一言だった。

 さらには無数の鬼が影から現れ、周囲を埋め尽くしていく。


「せ、先輩……酒吞童子って……」

「伝承にも残る、大妖怪と言われている鬼だな」

「それはわかりますけど、特級の妖魔ですよ⁉」

「いかにも。本物の酒吞童子童じゃ。妾の力で存在を縛っている」


 本物かよ……


「朝比奈は逃げろ」

「で、ですが!」


 逃げたいが、俺を置いては逃げられないのだろう。朝比奈の中にある良心がそれを許さないのだろう。

 しかし、朝比奈にこの数の鬼と、酒吞童子、寧々の相手は荷が重い。最悪の場合は死ぬ。


「いいから逃げろ。約束しただろ?」

「でも……」


 すると寧々が口を開いた。


「そこの女子は逃げても構わぬ。先ほどまでの戦いを見させてもらったが、すぐに死ぬぞ? 妾たちの目的は、政府の異能者を狩ること。だから、蒼汰が死ねば、お前も後から殺す。逃げて救援を呼ぶなら今しかないぞ?」

「うっ……でも……」


 それでも逃げたくないのだろう。


「寧々の言う通りだ。先に撤退しろ」

「……わかり、ました」

「今も本部と通信機は繋がっている。向こうは現状を理解して、動き出しているはずだ。こっちのこと俺に任せていいから、他を頼む」


 通信機越しに慌ただしい声が聞こえる。この状況に対処しようとしているのだろう。


「わかりました。先輩、必ず生きて帰ってきてくださいね!」

「当然だろ」

「相変わらずですね……」


 そして朝比奈は「ご武運を!」と言い残して去っていった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る