第3話:戦いの始まり

「何者かが妖魔を操れる。あるいは妖魔を捕らえていた。そう結論を出すしかない」


 場面は一層緊迫してきた。

 霧島さんも険しい表情で、指示を続ける。


「そんな数の妖魔が出現するなんて、確かに異常ね。全員、警戒レベルを最大に引き上げて! 黒崎くん、朝陽さんも、すぐに現場に行ける準備を」


 俺は静かに頷き、お茶を置いて立ち上がった。


「やれやれ、仕方ないな」


 朝比奈が不安そうに見上げてくる。


「先輩、危険かもしれませんから、もっと気を引き締めてほしいです」

「心配しなくても、妖魔どもを倒してくるさ」


 霧島さんは、ほんの少し安堵したように微笑む。


「頼もしい限りですよ。けれど、油断は禁物よ、黒崎くん。夜天衆が絡んでいるとなれば、何か予想外のことが起きるかもしれない。たしかな情報ではないけど、夜天衆のメンバーが一人、街中で確認されているの。注意して」

「心配無用だ、俺が負けるわけないだろ」

「黒崎くんは大丈夫でも、ペアの朝陽さんは無事とは限らないのよ?」


 俺がいくら強くても、朝比奈が無事とは限らない。


「朝比奈、俺が戻れと言ったら先に撤退しろよ?」

「でも!」

「これは譲れない。引き際だけは間違えるな」

「うっ……はい。わかりました」


 まだ納得いってないようだが、こればかりは仕方がない。


「霧島さん、夜天衆の奴らと遭遇した場合はどうする? 殺すか捕らえるかだけど」

「殺すって、躊躇いはないんですか? はぁ……まあ、可能なら捕らえてほしいです」

「おっけ。んじゃ、いっちょ大暴れしますか」

「行きましょう!」


 軽く手を振り、俺と朝比奈は対策室を後にする。

 職員たちは緊張の面持ちで見送っているが、俺にとっては退屈しのぎにしかならない。

 俺を楽しませてくれよ?


 外に出ると、薄暗い光が、地平線の向こうから少しずつ消え去っていく。

 日が沈む寸前の空気はまるで静まり返ったようで、音ひとつ聞こえない。どこか異質で、ぞくりと肌が粟立つような……この感覚。

 これが「逢魔が時」と呼ばれるものなのかもしれない。


 目の前の景色が徐々にぼやけていき、建物や木々が曖昧になっていく。

 なんてことない見慣れた都会の街並みも、夕闇の中では全く違う表情を見せている。

 辺りと遠くからも、無数の妖魔の気配が漂っていた。

 俺はその場に立ち尽くし、辺りをじっくりと見渡す。静寂の中で、異様な雰囲気が増していくのを感じる。


「朝比奈、準備はできてるか?」

「はい、万全です!」


 朝比奈の返事にうなずきながら、少し前方に目を凝らした。霧島さんの言った通り、どこかに夜天衆のメンバーがいるとしたら、それが妖魔の異常発生に関係している可能性が高い。


「気を抜くなよ。奴らの動きには注意だ」

「わかってます! でも、黒崎先輩がいるなら大丈夫だって信じてますから!」


 朝比奈は少し緊張しつつも、俺を信頼しているようだ。その表情を見て、少し微笑んだ。

 だが、ここで油断するわけにはいかない。


「さて、いっちょ始めるか」


 その時、不意に空気が裂けるような音が響き、黒い影が目の前に現れた。

 闇の中から現れたのは、夜天衆のメンバーと思われる一人の男だった。黒い外套を纏い、手には奇妙な形の刀を持っている。


「これは珍しいことだな。対策室の奴らが二人も揃っているとは。しかし、まだ子供ではないか」


 その男は低く笑い、冷ややかな視線をこちらに向けてきた。

 妖魔たちが彼の周りを囲むように集まっているのが見える。


「早々に出くわすとはな。お前が夜天衆の一員か?」

「いかにも。お前らが俺を止めに来たのか? だが、無駄だ。この妖魔たちはお前らにはどうしようもない数だ」


 俺は冷静に彼の言葉を聞き流しながら、周囲の状況を観察した。

 妖魔は、影から次々現れ続けている。彼に攻撃しないことから、どうやら彼が操っているわけではないようだ。


「無駄かどうか、試してみるさ」

「そうか。では、存分に、無様に踊ってくれたまえ!」


 無数の妖魔がこちらに襲いかかってくる。

 周囲の暗闇の中で、彼らの影が蠢き、まるでうねるように迫ってくるのを感じる。

 だが、俺には恐れなどない。


「朝比奈、あんまり無茶するなよ!」

「わかってます! 先輩、行きましょう!」


 朝比奈の声に応え、俺は前に出る。

 妖魔たちが一斉に襲いかかる瞬間、俺はその場から飛び上がり、急速に一体の妖魔の頭上を越える。

 空中からの蹴りで、その妖魔を地面に叩きつけ、瞬時に次の敵へと切り替える。


「ふんっ!」


 その一撃が当たった瞬間、周囲の妖魔たちが驚いて足を止めた。

 俺はその隙を見逃さず、続けざまに妖魔たちを叩きのめしていく。身体能力だけでなく、反射神経も異常なまでに冴えているため、次々と襲い来る敵を容易に躱し、瞬時に反撃する。

 周囲には、倒れた妖魔たちの悲鳴が響き渡る。俺の動きは、まるで踊るように軽快で、妖魔の攻撃はすべて無駄に終わる。

 朝比奈もその隙をついて、俺の側でサポートに回る。


「こっちも片付けました!」


 朝比奈の声が耳に届き、順調に倒しているようで、今のところ無理をしている様子はない。

 まだ大丈夫だろう。

 しかし、妖魔の数は一向に減る気配がない。

 都心と言うこともあり、大きな技は使えないのがネックだ。最悪の場合、ビルをいくつも倒壊させる恐れがある。

 さて、どうしようかな?


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