第6話:許さんぞっ!
次の日、朝から何か嫌な予感がして、朝比奈の言葉が頭から離れなかった。
学校に着いても、どこか周囲がざわついているように感じて落ち着かない。廊下を歩いていると、後ろから勢いよく名前を呼ばれた。
「先輩! おはようございますっ!」
振り返ると、いつもより派手な笑顔で駆け寄ってくる朝比奈の姿があった。周りの視線がこちらに集中し、胸騒ぎがさらに増す。
いや、まだ俺だと決まったわけではない。ここは無視しよう。
「黒崎先輩、なんで無視するんですか!」
今度は名指しで呼ばれてしまい、無視できなくなってしまった。
「お、おはよう……なんか、テンション高いな?」
「ええ、先輩と一緒に過ごせる一日ですから!」
「やめろ、ここ学校だぞ。目立つことはするなって言っただろ」
「先輩、朝から堅すぎですよ。ちょっとくらいリラックスしてくださいってば!」
朝比奈は無邪気に笑っているが、その声に教室の中からも何人かが顔を出してこちらを見ている。俺はなるべく目立ちたくないんだが……すでに遅かったようだ。
「……それで、何か用なのか? 頼むから普段通りでいてくれよ」
「今日の昼休み、先輩のお昼を作ってきたので一緒に食べませんか? 絶対美味しいですよ!」
そう言って、手に持っている包みを見せてくる。周囲のクラスメイトたちのざわつきが増しているのを感じた。
「朝比奈の手作り弁当、だと……?」
「あの黒崎が? 一体どういった関係なんだ?」
嫌でも目立つ。すでにヒソヒソと話している。離れた位置で、ケンとタクが睨み付けていた。
「い、いや、遠慮しておくよ。俺は購買でパンを買うから……」
「ええっ、せっかく黒崎先輩のために早起きして作ったのにー! 先輩、あんまりです!」
「だから学校では目立ちたくないって言っただろ⁉」
「ふふっ、先輩が嫌でも、もう目立ってますよ!」
朝比奈の笑顔には少し悪戯っぽい光があって、なんとなく巻き込まれるのを覚悟しないといけない気がした。
結局、彼女の勢いに押されて昼食を一緒に食べることになった。
教室に入ると、男子たちから詰め寄られた。俺と朝比奈の関係を問い質される。
クラスメイトの女子も気になっているのか、俺たちの話しに耳を傾けている。それを見て内心で「勘弁してくれ」と呟いた。
「さあ、吐け! 朝比奈さんとはどういった関係なんだ!」
「何もないって。偶然困っていたところを助けただけだよ」
「にしても、あの朝比奈さんが進んで男子と話すのは見たことがないって聞くぞ」
そうなのか? そこは知らんな。
「知らん。本人にでも聞いてくれ」
クラスで俺はモブみたいな扱いになっている。故に嫌でも目立ってしまう。
それから適当に返していると、先生がやって来たので解散となった。しかし、俺の隣の席にはケンがいた。離れた位置では、納得していないタクの姿もあった。
「それで蒼汰、本当に助けただけで関係はないのか? 付き合っていたり」
「んなわけないだろ」
俺の本性を知って接してくるのは、アイツくらいだぞ。中学の時にアウトロー思考なせいで友人が離れてボッチ生活だった。
俺がいくら強くても心に傷が付いたよね。
だからこうして普通の高校生に擬態しているのだから。
それから授業が始まり、気付けばお昼になった。
「せんぱーい! お昼食べに行きましょう!」
朝比奈は嬉々として教室の入り口で俺を呼び出し、屋上に向かった。
二人きりになると彼女は嬉しそうに弁当の包みを広げた。
「どうです? 見た目だけでも美味しそうでしょ?」
「……まあ、そうだな。見た目はいい」
ちらりと弁当を見れば、見事に盛り付けられている。まるで料理屋のような出来栄えで、思わず感心する。
「食べてみてください、絶対美味しいですから!」
彼女に促されて一口食べると、思った以上に美味しかった。だが、口に出すのは少し悔しいので、顔には出さないように努めた。
「どうですか、先輩? 感想は?」
「まあ、悪くないな」
「先輩、素直に褒めてくれてもいいんですよ?」
ニヤニヤと笑っている朝比奈に、俺は視線を逸らした。
俺の本性を知っていてこの態度なので、朝比奈とのやり取りが居心地悪くないのが少し悔しかった。
「……後でアイアンクローの刑な」
「なんでぇ⁉ 助けてくれたお礼にとお弁当作って来たのに! 酷いですよ!」
「ほぉ……俺の高校生活をめちゃくちゃにしやがって。お、この唐揚げ美味いな」
「いいじゃないですか! こんな美少女一緒に食べれるんですよ? あ、その唐揚げは昨夜仕込んでおいたんですよ! 美味しいと言ってもらえてよかったです!」
食べ終わった俺は「ごちそうさま」と言って朝比奈に弁当を返す。
「お粗末様です。先輩、美味しかったですか?」
「美味かった。ありがとう」
「せ、先輩がデレました!」
「うるせぇ! あと、アイアンクローの刑は忘れていないよな?」
「冗談だったのでは⁉」
俺、男女平等だから。
その後、朝比奈の悲鳴が響き渡るのだった。
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