第33話 王国の反撃

 感染症が猛威を振るった王国軍の後方拠点。その一角に設けられた仮設の医療施設では、負傷し、感染症で苦しむ兵士たちの呻き声が響いていた。布製の仕切りが簡易的に作られた病室を区切り、医療班と魔術師たちが慌ただしく動き回っている。


 エリアスはその中心で額に汗をにじませながら、次々と患者に回復魔法を施していた。


「癒しの光よ、穢れた肉体を浄化せよ!」


 エリアスの手から溢れる柔らかな光が兵士の身体を包み込む。しばらくすると、兵士の青白かった顔色が少しずつ赤みを取り戻していった。


「回復しました……が、体力はまだ戻りきっていません。無理に動かさないでください」


 エリアスは魔力を消耗しながらも、一人でも多くの兵士を救おうと努力していた。しかし、限界も近づいていた。


「魔法が……効かない場合があるなんて……」


 エリアスは小さく呟いた。感染症の根源を取り除くことができない回復魔法の限界。それは彼の信じてきた魔法万能主義を根底から揺るがすものだった。


 彼の目の前で苦しみ続ける兵士たちは、魔法で一時的に症状を和らげても、またぶり返す者が少なくなかった。


「エリアス様、この患者はどうしますか?」


 医療班の一人が苦しむ兵士を指差した。激しい咳に喘ぎ、全身の痙攣に耐えかねている。


 エリアスは静かに頭を振った。「もう手遅れだ……この者を安らかに送ってやるしかない」


 医療班の表情が曇り、その場に沈黙が流れる。しかし、次の瞬間には別の患者の叫びが響き渡り、沈黙はすぐに掻き消された。


 それでも、エリアスの治療で助かった兵士たちもいた。彼らはまだ十分とは言えないが、戦場に立てる程度には回復していた。


「立てる者は再び戦場に向かわせろ」


 エリアスは指示を出し、復帰可能な兵士を選り分けていく。


「この戦いを終わらせるには、我々が耐えるしかない。感染症で倒れる者がいれば、その分だけ戦線が弱まる。だからこそ、治療を続けなければならないんだ……」


 その声には疲れが滲み出ていたが、エリアスの目には未だ強い決意が宿っていた。


 その時、施設の外から雷の音が響き渡った。


「なんだ!? 敵襲か?」


 慌てて兵士たちが駆けつけると、そこには翔太が立っていた。雷魔法を操る彼は、空に向かって一閃を放ったところだった。


「俺が敵だったら、お前たち全員やられてるぞ」

 彼は冗談めかして笑いながら、兵士たちを見渡す。


「だ、大勇者様!」

 兵士たちは驚きと敬意の入り混じった声を上げ、次々と翔太の前に集まってきた。


 翔太はその場に集まった兵士たちを見回し、腕を組んで声を張り上げた。

「お前たち! 確かに今は辛いかもしれないが、俺たちは王国の兵士だ! 弱音を吐いている暇はない。俺がいる限り、王国は負けない!」


 その言葉に、兵士たちの間から歓声が上がる。


「俺たちはここで終わるわけにはいかない。敵の罠に引っかかるたびに後退していたら、奴らを調子に乗らせるだけだ!」


 翔太は再び雷魔法を披露し、目の前の岩を粉々に打ち砕いた。


「この雷が俺の力だ。そして、お前たち一人ひとりが俺の力を支える盾だ。立ち上がれ!」


 翔太の言葉に触発された兵士たちは、少しずつだが再び士気を取り戻していった。


「翔太様がいる限り、負けるはずがない!」


「こんなところでくたばるものか!」


 翔太は、病床を訪れて励ましの言葉をかけ続けた。そして、治療を終えたばかりの兵士たちに自ら声をかけ、肩を叩いて回る。


「お前が戦場に戻る姿を、俺が見届けてやる」


 彼の言葉に、兵士たちは目に涙を浮かべながら頷いた。


 エリアスもまた、翔太の奮闘を静かに見守りながら、彼の力に頼らざるを得ない現実を受け入れていた。


「魔法の力だけでは、この戦争は勝てない。だが、翔太がいれば……いや、彼だけでは足りないかもしれない」

 エリアスは目の前の現状を憂いながらも、今できる治療を続ける覚悟を固めていた。


 こうして、王国軍は翔太を中心に再編成を進め、次なる進軍の準備を整え始めたのだった。



 森の入り口に並び立つ王国軍の兵士たちは、翔太を中心に士気を高めていた。大規模な進軍の号令が下され、目の前の連邦拠点を叩き潰すべく全軍が動き出そうとしていた。


 翔太は鋭い目で森の奥を見据え、拳を握りしめる。


「ここで奴らを叩き潰せば、王国の勝利は揺るがない。俺が先陣を切る! 全員、ついてこい!」


 兵士たちは一斉に「翔太様!」と声を上げ、武器を掲げた。翔太は手を空に向けて掲げ、雷魔法を放つ準備を整える。その右手からほとばしる青白い光が、森の暗闇を切り裂いた。


「雷鎖の裁き(サンダー・ジャッジメント)!」


 翔太の声とともに、巨大な雷の鎖が彼の手から放たれた。それは目にも留まらぬ速度で森の奥へと突き進み、連邦軍が設置していた防壁を粉々に打ち砕いた。


「連邦の罠がどれほどのものか見せてもらおうじゃないか!」


 翔太は笑みを浮かべ、雷の余波で焦げた木々の間を歩き出した。その後ろを、王国軍の兵士たちが続く。


「リリス様、連邦の罠への対策は?」


 王国軍の参謀がリリスに尋ねる。彼女は冷静な表情で前を見据え、短く指示を出した。


「魔法で森を焼き払います。敵が隠れる場所をなくし、視界を確保するのを最優先にします。」


 リリスが呪文を唱え始めると、炎が彼女の周囲に渦巻き、燃え盛る力が周囲の空気を熱くした。


「炎よ、我が意に従い、道を開け!」


 リリスの魔法が発動し、前方の森が燃え上がる。木々が次々と燃え尽き、隠れていた連邦軍の兵士たちが驚きの声を上げて逃げ出す。


「いいぞ、敵の姿が見える!」


 王国軍の兵士たちは歓声を上げながら前進し、連邦軍を追い詰め始めた。


 さらにリリスは指揮官たちに向かって声を上げた。


「敵が放棄した食料はすべて無視しなさい。連邦はそれを利用している可能性が高い。手を触れることさえ許しません!」


 王国軍の兵士たちはその指示を守り、慎重に行動を進めた。


 最前線で雷を駆使する翔太の背後には、エリアスが控えていた。彼は負傷した兵士たちを次々と治療し、迅速に戦線復帰させていく。


「癒しの光よ、傷を塞げ!」


 エリアスが唱えた回復魔法が、兵士たちの傷口を閉じ、苦痛を和らげる。


「大丈夫だ、お前はまだ戦える。前に戻れ!」


 治療を受けた兵士たちは力強く頷き、再び武器を手に取って戦場へと戻っていった。


「翔太様の後ろにいる限り、我々は無敵だ!」


 エリアスは静かに息を吐きながら、次の患者に魔法を施した。彼の冷静で迅速な行動が、王国軍の前進を支えていた。


 森の奥では、レオン率いる連邦軍が必死に抵抗していた。


「ここで食い止めろ! 奴らに突破させるな!」


 レオンが叫ぶが、目の前に迫る雷の鎖が獣人兵士たちを薙ぎ倒していく。


「くそっ、翔太の力が強すぎる……!」


 レオンは悔しげに拳を握りしめる。


 獣人兵士たちはその身体能力を駆使して反撃を試みた。爪を伸ばして近距離で翔太に挑みかかる者、木々を利用して高所から攻撃する者が次々と動く。しかし、翔太の雷魔法の前にそのほとんどが阻まれた。


「森が焼かれた……逃げ場がないぞ!」


 炎が広がる中、連邦軍の士気が徐々に下がっていく。


「レオン、撤退の準備を!」


 ミレイアからの魔法通信が入る。レオンは連邦軍に撤退の合図を送り、部隊を下がらせ始めた。


「一旦ここは退く。だが、次は奴らに痛手を与える!」


 レオンは歯を食いしばりながら、自分たちがゲリラ戦で活路を見出すことを信じていた。


 王国軍の進軍は着実に進み、翔太の圧倒的な力とリリスの戦術によって連邦軍は大きな損害を受けた。だが、連邦軍の次なる反撃が静かに準備されていた。

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