第28話 戦いの準備
連邦の隠れ家では、颯太とガルスが王国軍に対する罠を設計し、作成を進めていた。木造の簡素な作業台の上に金属製のトラバサミの設計図が広げられ、周囲は静かな緊張感に包まれていた。
「これをここに仕掛ければ、通り道を塞いで王国兵を捕えることができるだろう」
ガルスが鋼鉄の棒を叩きながら言った。彼の手つきは慣れたもので、罠の設計を急ピッチで進めていく。
「サイズを大きくしすぎないようにして、しかし確実に足を挟めるようにしないと」
颯太が地図を見つめながら答える。
「王国兵はやたらと重装備で来るから、しっかりと足を抑えられるようにしておきたい」
ガルスは無言で鋼鉄を叩き続け、その音が作業場の静けさの中に響き渡る。頑丈で鋭い罠が徐々に完成していく。その形が次第に見えてきて、戦闘を仕掛ける王国軍が目を逸らすことはないだろう。
颯太はその作業を見守り、金槌を握りしめた。
「これなら、誰にも簡単には抜け出せない」
ガルスが無言で頷き、さらに罠の形を整えていく。その間、颯太は隣でメモを取ったり、地図を眺めたりしながら、罠の設置場所を考えていた。
「次は罠を隠す作業だ」
颯太が低い声で言った。
「見た目に目立たないようにすることが肝心だ」
ミレイアが作業場に入ってきて、颯太とガルスの間に割って入った。彼女の目には落ち着いた自信が満ちていた。
「その罠、私は隠すのが得意よ。植物を使って、完全に自然の一部にするわ」
颯太は彼女の言葉に満足げに微笑み、設計図を指さしながら言った。
「お願いします、ミレイア」
次に、ミレイアと颯太は一緒に森へと向かい、罠の隠蔽作業を始めた。
「まず、どこに罠を設置するかを決める必要があるわね」
ミレイアは地図を広げ、周囲の森を見渡しながら言った。
「王国軍が進行するルートを通る場所で、できるだけ見つからないようにしたい」
颯太が周囲を見回し、樹木の並びを指でなぞった。
ミレイアは立ち止まり、静かに手を広げた。すると、彼女の周囲に生い茂る草花や木々が反応を示し、ゆっくりと動き始める。木々の枝がうねり、土が掘り起こされ、まるでミレイアの指示を聞いているかのように動き出した。
「この辺りの草を密集させて、道を塞ぐようにするわ」
ミレイアが手を伸ばすと、木の枝が伸び、絡まり合うようにして、足元にまるで壁のような障害物を作り上げた。
颯太はその様子を見つめながら言った。
「これで王国兵が道に迷うことになる」
「それだけではないわ。足場を変えることで、進むべき方向を分からなくさせるのよ」
ミレイアがさらに手を動かし、地面を使って道を曲げるように草木を配置していった。周囲の草は足元に合わせて不規則に生い茂り、道を歩く兵士たちは次第に迷路のように感じるだろう。
颯太はその変化を見て感心した。
「これで完全に迷わせることができる。敵はもう、道を間違えることになるだろう」
ミレイアはさらに地面を掘り返し、草花を使って道の先を見えなくさせ、進行方向を変化させる。まるで自然が意図的に作られた迷宮のようになり、王国軍は一度進んだ道を戻ることすら難しくなるだろう。
「これで敵は、どこに進むべきか分からなくなる。迷った末に罠にかかれば、効果は抜群ね」
ミレイアが満足そうに言うと、颯太も微笑んだ。
「君の力があれば、この戦いは少し楽に戦えるかもしれない」
二人はさらに進み、次の罠を隠すために手を加えていった。地面がうねり、木々が重なり、森の中に一筋の道ができあがる。外見はまるで何もない、ただの森に見えるが、実際は巧妙に作り込まれた罠と迷宮がそこに存在していた。
放棄拠点の静けさが、颯太の心にも沈黙をもたらしていた。兵士たちが忙しく準備を進め、ミレイアとガルスはそれぞれの役割に従い作業を続ける中、颯太は一人、荒れ果てた空間の片隅に座り込んでいた。天気は曇り、風が乾いた砂のように地面を舞っている。今はまだ穏やかだが、すぐにでも戦闘が始まるという緊張感が漂っている。
颯太は考えていた。王国軍が確実に進行してきている。このまま正面から戦いを挑むのは無謀だ。それに、王国軍の力に圧倒されるのは目に見えている。
「負傷者を増やす方が進軍を遅らせることができる…」颯太は低い声で呟くと、空を見上げた。その視線は遠く、何もない空の中に投げられているようだった。
「殺すよりも、できるだけ兵力を無力化する方法を考えないと」
その言葉が重く、胸の中で何度も響く。戦争には、必ず犠牲が伴う。だが、今はその犠牲を最小限に抑える方法を模索しなければならない。もし、王国軍を本格的に迎撃してしまえば、民間人も捕虜も皆巻き込まれてしまう。
その時、沙織の声が颯太の耳に届いた。
「負傷者を増やすという方法があるの?」
颯太はふと顔を上げ、沙織を見つめた。彼女の顔には不安そうな表情が浮かんでいる。それが、颯太にとっては何よりも胸に刺さる。沙織が心配するのも無理はない。彼女も戦争に巻き込まれた一人であり、彼が取る手段が時として命を左右することを理解しているはずだ。
「うん…」颯太は言葉を選びながら続けた。「王国軍の兵士たちに与える食糧に、感染力が強いものを仕込むんだ」
沙織はその言葉に一瞬動きを止め、深い呼吸をした。
「感染力が強いもの?」
「そうだ。僕が選んだのは、『ノロウイルス』だ」颯太はしっかりと目を見開いて答える。
「ノロウイルス?」沙織はさらに驚いたように繰り返した。
「うん」颯太は頷く。「ノロウイルスは、吐き気と激しい下痢を引き起こす。感染力が非常に強くて、数時間以内に症状が出始める。兵士たちがそれにかかれば、すぐに動けなくなる。治療が遅れれば、体力が著しく低下し、戦闘不能に追い込まれる」
颯太の言葉に、沙織は少しの間、黙っていた。その目には戸惑いと同時に、彼の言うことの意味を理解しようとする深い思慮が見えた。
「でも、それって……市民も巻き込まれてしまうわよね。食糧が広まってしまえば、民間人だって感染するし、捕虜も」
沙織の声は震えていた。彼女の心は、颯太の提案に強く反発しているようだった。戦争の犠牲者になるのは兵士だけではない。戦争によって傷つけられるのは、民間人や無関係な人々も含まれている。捕虜が感染すれば、それこそ後に不必要な殺戮が続くことにもなるかもしれない。沙織はその部分を深く心配していた。
颯太はゆっくりと深呼吸をし、その後、目を閉じてから答えた。
「分かっているよ。市民が巻き込まれるリスクはある。でも、これが最も効果的なんだ。王国軍を止めるためには、これしか方法がない」
沙織は目を伏せ、顔をしかめた。
「でも、兵士たちが死ぬわけではないのよね? ただ動けなくなるだけ?」
「そうだ。殺すよりも、負傷させて進軍を遅らせることができる。兵士たちが戦闘不能になれば、物資の運搬や補給に人手を割かなければならなくなる。『ノロウイルス』の感染力は強いし、治療が必要になることで、数日間は進軍ができなくなるだろう。だから、王国軍の戦力を削るために最適だと思ったんだ」
颯太の言葉は決して優しさや感傷から来るものではなかった。それは冷徹に、現実的に戦争の厳しさを理解した上での選択だった。だが、沙織にとってはそれが許し難いものに感じられるのも無理はなかった。
沙織はしばらく黙ったままで、颯太を見つめていた。彼女の中で葛藤が渦巻いていたことは、彼にも伝わっていた。どんなに彼が冷静に説明しようとも、戦争の理不尽さを受け入れがたいのは当然だった。彼女は何度も口を開こうとしたが、結局は何も言わなかった。
颯太は彼女の沈黙に耐え、もう一度言葉を重ねた。
「沙織、君も分かっているだろう? 僕たちにはこれしか選択肢がないんだ。王国軍がこのまま進行してくれば、連邦の民間人も全て犠牲になってしまう。僕たちがやらなければ、何も守れなくなる」
その言葉を聞いた沙織は、目を伏せたまま答えた。
「私は……それでも、できるだけ命を守りたい。戦争は何も解決しない」
颯太はしばらく黙って彼女を見守った。
「それは分かってる。でも、今はただ守るために戦うんだ。君が言ったように、これを乗り越えれば、きっと終わらせられる。だから、少しだけ信じてほしい」
沙織はしばらくその言葉に答えず、ただじっと颯太を見つめた。どんなに彼が冷静であっても、その選択には限界があり、彼女の中で沸き上がる疑念を払拭することはできなかった。それでも、最終的に彼女は静かに頷き、黙って彼の手を握った。
「あなたが選んだ道を、私は支持する。でも、戻れなくなることは覚悟してね」
颯太はその言葉に、深い決意を感じて答えた。
「ありがとう、沙織。君の支えがあるからこそ、戦い抜けるんだ」
その後、颯太は王国軍への最終的な対策を実行に移すべく、準備を続けた。食糧の汚染を施すために必要な道具を整え、呪いを仕込む手順を確認し、実行に移した。戦争が終わるための一歩を踏み出すために、彼は迷うことなく行動を続けていった。
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