第18話 新たな使命

ティアナが回復してから数日後、颯太は連邦の拠点で次の治療計画を考えていた。診療所として改修された古い建物は、連邦の中でも特に医療設備が整っている場所だったが、それでも颯太がいた世界の医療機関とは比較にならないほど簡素だった。


彼が資料として使える医学書を読み漁っていると、入口のドアが開く音がした。


「篠宮颯太、少し話をさせてもらえるか?」


低く冷静な声が颯太に投げかけられる。顔を上げると、そこには背の高い男が立っていた。年齢は30代半ば、鋭い目つきと整った顔立ちが印象的だった。黒いローブのような服装は、彼がただの役人ではないことを物語っていた。


「どちら様ですか?」

颯太が身構えるように尋ねると、男は口元に薄い笑みを浮かべた。


「私はアシュラン・ケイン。ダルヴィス連邦の諜報部に属している者だ。君の噂を聞いて、直接会いに来た」


「噂……?」


アシュランは椅子に腰を下ろし、じっと颯太を見つめた。

「ティアナ・レベッカを救った医者、そして王国から追放された異世界人――それが君だ」


颯太はその言葉にわずかに表情を曇らせたが、反論する気は起きなかった。王国での経験が蘇り、胸が痛む。


「それが何か?」


「結論から言おう。君の知識と能力は、連邦にとって大きな価値がある。我々は君を正式に“医術顧問”として迎え入れるつもりだ」


その言葉に、颯太は驚きと戸惑いを隠せなかった。

「医術顧問……ですか?」


「そうだ。君の持つ医学知識を活用し、連邦全体の医療体制を構築してほしい。そして……」

アシュランの目がさらに鋭くなる。

「王国との戦いにおいて、その知識と能力を我々の戦略の一部として使ってほしい」



「戦略の一部、ですか」

颯太は眉をひそめた。彼の信念は、命を救うことであり、戦争に加担することではない。


「僕は医者です。人を殺すためではなく、救うためにこの知識を持っているんです」

颯太は毅然と答えたが、アシュランは動じる様子もなく続けた。


「その気持ちは理解できる。だが、聞いてほしい。我々の国は今、王国から奴隷狩りを含む数々の暴虐を受け、民が命を失っている。君がその知識で傷ついた兵士を救い、病に苦しむ人々を治療することは、戦争の一環であると同時に、命を救う行為でもあるのだ」


「ですが……」

颯太は言葉を詰まらせた。


アシュランはさらに続けた。

「君が持つ知識は、ただの治療法にとどまらない。疫病を封じ込め、兵士の命を長らえさせる力だ。それが連邦にどれだけの優位性をもたらすか、君も理解しているだろう?」


「でも、それは軍事利用と同じじゃないですか!」

颯太は声を荒らげた。だが、アシュランは淡々とした口調で反論する。


「戦場で命を落とす兵士を救うのも、治療だ。医者として、命を救うことに変わりはないはずだ」


その言葉に、颯太はさらに深く考え込んだ。アシュランの言うことには一理ある。自分が王国でできなかったこと――多くの命を救うことが、この連邦で実現できるのではないかという期待が胸に芽生えた。



「……わかりました」

颯太はゆっくりと顔を上げた。

「連邦で命を救うために、全力を尽くします。でも、僕の知識や能力を人を殺す目的で使うことはできません。それだけは譲れない」


アシュランは彼の言葉をじっと聞き、やがて口元に笑みを浮かべた。

「それでいい。その信念を持ったまま、我々のために力を貸してほしい」


「条件があります」

颯太が毅然とした声で続ける。

「僕は“命を救う”ために医術顧問として働きますが、軍事利用されることを防ぐために、医療体制の整備を第一の目標にします。それを受け入れていただけますか?」


アシュランはその条件を聞き、一瞬考える素振りを見せたが、すぐに頷いた。

「了解した。その条件で進めよう。だが、覚えておいてほしい。君の医療技術が連邦の力を支える柱になることを、君自身が認識する必要がある」


「わかりました……」

颯太の返答には少し迷いが含まれていたが、それでも覚悟を決めた声だった。



アシュランが席を立つと、ドアの外で待機していた連邦の士官が颯太に向けて敬礼をした。


「篠宮颯太殿、あなたを正式にダルヴィス連邦の医術顧問として迎えます」


その言葉が、彼に新たな役割と責任を突きつけた。


アシュランが最後に振り返り、颯太に冷静な声で言った。

「連邦には、多くの人々が病に苦しんでいる。そして、それは戦場の兵士たちだけではない。貧民街や労働者たちの間で流行している“連邦病”――君の知識が必要になる」


「連邦病……?」

「細菌感染による病だ。詳細は追って伝える。治療が難航しているが、もし君がそれを解決できれば、医者としての名声は確実なものになるだろう」


その言葉を聞き、颯太は内心で緊張を覚えた。この地で、自分にどれだけのことができるのか――未知の病との戦いが、彼にとって次の大きな試練となることは明らかだった。


こうして、颯太は医術顧問としての第一歩を踏み出した。命を救うために与えられた使命の重さを感じながら、彼は新たな課題に挑む覚悟を決めた。



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ここまでお読みいただき、ありがとうございます。もしこの作品を楽しんでいただけたなら、ぜひ評価とコメントをいただけると嬉しいです。今後もさらに面白い物語をお届けできるよう努力してまいりますので、引き続き応援いただければと思います。よろしくお願いいたします。


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ナースたちの昼飲み診療所:https://kakuyomu.jp/works/16818093088986714000

命をつなぐ瞬間:https://kakuyomu.jp/works/16818093089006423228

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