第4話 初めての失望

 エルヴェンテリア王国の空は、どこまでも広く、青く澄んでいた。だが、その美しい空の下で暮らす人々は、常に暗雲を抱えているように感じられた。魔法が支配するこの国では、人々が生活に必要なすべてを魔法に依存していた。癒しの魔法が日常の一部として使われ、病気やけがは魔法で瞬時に治癒される。だが、それに反して、医療の概念はほとんど存在していなかった。


 颯太はその現実に直面しながらも、自分の医師としての知識と技術を駆使して、少しでも人々を助けるために奔走していた。しかし、異世界に転生してからというもの、その知識はことごとく無力化されていった。


 魔法がすべてを治すという世界で、医師ができることなどほとんどない。それでも、颯太は少しでも違うアプローチを試みることを決意していた。彼が持っていたのは、医師としての経験と、何よりも患者を救いたいという強い思いだった。しかし、この国の文化や価値観は、そのすべてを拒絶していた。


 その日も、颯太は街を歩きながら人々を見守っていた。見慣れた光景が広がっていた。貴族たちが歩く道は黄金色に光り、周りの貧民街はその陰に隠れるようにひっそりと存在している。すべてが魔法に支配され、貴族階級の力で運営される王国では、平民たちの命は価値がないかのように扱われていた。


 颯太が歩いていると、突然、女性の叫び声が聞こえた。慌ててその方向に駆けつけると、そこには若い母親がぐったりとした子どもを抱えていた。子どもの顔は真っ青で、呼吸も荒く、熱を持った体が震えていた。母親は必死でその子を抱きしめながら、必死に助けを求めている。


「お願いです、助けてください!この子の熱が下がらないんです!お願い、どうか助けてください!」

 母親の声は震えており、涙がこぼれそうなほど切実だった。颯太はその声に応えるようにすぐに駆け寄り、状況を確認した。子どもの額には焼けるような熱があり、呼吸も困難そうだ。だが、颯太にはすぐに対応できる技術と知識があった。手を伸ばし、まずは冷却を試み、次に呼吸を整えるための手順を進めようとした。


「大丈夫だ、すぐに良くなる」

 颯太は母親に向かってそう言い、子どもを抱え直す。しかし、次の瞬間、背後から不機嫌そうな声が響いた。


「おい、何をしている!」

 その声に振り向くと、貴族風の男が現れ、冷たい目で颯太を見下ろしていた。彼の身にまとった衣装は、明らかに王国の特権階級のもので、その存在感は圧倒的だった。


「お前が何をしているかなんて、知ったことではない。だが、この者たちは癒しの魔法を受けられる資格などない」

 男は子どもと母親を冷たく睨みつけた。颯太はその言葉に驚きながらも、何とか冷静さを保ち、問いかけた。

「資格……?」

「そうだ。癒しの魔法を受けることができるのは、貴族や特権階級だけだ。この者たちは神の恩寵に値しない」

 男は一言一言を強調するように、冷酷に言い放った。その言葉に、颯太は激しい怒りを感じずにはいられなかった。


「そんな……」

 颯太は息を呑み、再び子どもの顔を見つめる。熱が収まる兆しはない。彼がすべきことは、魔法に頼らずにこの命を救うことだ。だが、この国では魔法が支配しており、魔法を使えない者がどうしたって無力だった。


「どうか、先生!」

 母親は涙を流しながら必死に頼み込むが、颯太の心には強い葛藤が生まれた。自分ができることは何か、何をしてあげられるのか――。だが、そこに立ちはだかるのは、魔法が支配するこの社会の壁だった。颯太は深く息を吐き、再度、冷静に考える時間を持つ。


「この国では、命に価値の差があるのか?」

 颯太は心の中でその言葉を繰り返した。どうしても納得できない、許せない現実だった。彼が持っている知識と技術があれば、子どもを助けることができるはずだ。しかし、それが許されない世界がそこにはあった。魔法さえあれば命は救われると信じる人々にとって、医療の知識は無価値だった。


「すみません、先生……」

 母親は震えながら言った。颯太はその言葉に、何も言えなかった。彼女を救えないことが、こんなにも辛いとは思わなかった。無力だと感じることが、こんなにも心を締め付けるとは――。


「お前には、この国では何の価値もない」

 男の声が響き、颯太は目の前の現実に打ちひしがれた。彼は自分の知識や技術を駆使して救える命を救いたかっただけだったが、この国のルールでは、それが許されない。それどころか、彼の行動は邪魔者扱いされ、無駄な努力だと切り捨てられていた。


 颯太はその場を離れるしかなかった。彼の胸には、強い怒りが込み上げてきた。自分の持っている技術が無意味だとされることが、こんなにも屈辱的だとは思わなかった。魔法が支配する世界で、医師としての誇りが打ち砕かれていく感覚を覚えた。



 その晩、颯太は静かな部屋に一人で座り込み、何もかもが無力に感じられる。外の世界では、魔法の力が支配し、人々はその力に依存して生きている。それに反して、医師としての自分の存在が、無意味であるかのように感じていた。


「どうして、こんなことになったんだ……」

 颯太は独り言のように呟いた。その言葉には、彼が感じていた全ての無力感と絶望が詰まっていた。自分の知識と技術が、ただの無駄に思えて仕方がなかった。この世界では、医師としての誇りが無価値だとされている。何もできない自分に、どう向き合えばよいのか分からない。


 彼は深く息を吐き、目を閉じた。その時、心の中で新たな決意が芽生えてきた。自分ができることは、この世界の常識に抗うこと、そして誰もが助けられるような方法を模索することだと――。だが、それにはどれだけの時間と犠牲が伴うのだろうか。颯太はその答えを見つけることができなかった。だが、ひとつだけ分かっていたことがある。それは、彼がただ一人でこの世界に立ち向かうことが、これからの運命を大きく変えていくということだった。



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ここまでお読みいただき、ありがとうございます。もしこの作品を楽しんでいただけたなら、ぜひ評価とコメントをいただけると嬉しいです。今後もさらに面白い物語をお届けできるよう努力してまいりますので、引き続き応援いただければと思います。よろしくお願いいたします。


こんな小説も書いています

ナースたちの昼飲み診療所:https://kakuyomu.jp/works/16818093088986714000

命をつなぐ瞬間:https://kakuyomu.jp/works/16818093089006423228

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