第2話 終わりと始まり

 そして、ある日、翔太の容態が急変した。颯太が駆けつけると、翔太の顔は青白く、呼吸が荒くなっていた。心電図の音は不規則で、翔太の命が今にも途絶えそうになっていることがわかる。


「翔太!」

 颯太は必死で彼の胸を叩き、蘇生措置を行った。しかし、翔太の手はすでに冷たくなり、心拍はほとんど感じられなかった。颯太は絶望的な気持ちに包まれ、震える手を握りしめる。


「お願い、翔太!目を開けてくれ!」

 颯太は再度心臓マッサージを行い、必死で命をつなぎとめようとした。だが、翔太の体はもう何も応えてくれなかった。医療技術を駆使しても、最終的に救えなかった命。翔太の体が静かに、ゆっくりと冷たくなっていくのを感じ、颯太は全身が震えるのを感じた。


「先生……約束、守ってくれるって言ったのに……」

 翔太のかすかな声が耳に残る。その言葉は、颯太の心に深い傷を刻みつけた。彼が誓った約束を守れなかったこと、そしてその手が届かなかったことが、颯太にとって最も辛い現実だった。


 翔太が静かに息を引き取ったその瞬間、颯太は力なく座り込み、涙を流した。彼の手の中で、翔太の体がすっかり冷たくなっていた。


「ごめん、翔太……ごめん」

 その言葉は、翔太に届くことはなかった。颯太はただ、痛みとともにその場で泣き崩れるしかなかった。


 翔太の死が確認され、彼の葬儀が執り行われる。しかし、颯太はその葬儀に参加する力もなかった。翔太の命を救えなかった自分の無力さを痛感し、その胸の内には深い悔しさと絶望が広がっていた。彼はただひたすらに翔太を助けたかった。それなのに、目の前で彼が命を落とすのを見て、何もできなかった自分を呪うような気持ちでいっぱいだった。


 病院の静かな夜、颯太はひとり医局で眠っていた。しかし、眠っているつもりでも、深い疲れが体の隅々まで染み込んでいた。頭痛がひどく、体中が石のように重く感じる。いつものように感じるはずの安堵感は一切なく、むしろその体の重さにどこかで嫌な予感を感じていた。


「あれ……?」


 突然、颯太は目を覚ました。目の前には見覚えのない空間が広がっていた。部屋の中ではなく、まるで広い広場のような場所だった。そこには、白い光が満ちており、周囲には見知らぬ人々が集まっているのが見えた。彼らの服装も、颯太が知っているものとは全く違っていた。全員が異世界の住人のように感じられた。


「……ここは?」


 颯太はつぶやくように尋ねたが、その声は普段のものとは違い、どこか遠くに響いていた。足元からしっかりとした力が湧いてくるのを感じたが、それがどこから来るものかはわからなかった。


 そのとき、颯太の前に現れたのは、銀色の鎧を身にまとった男性だった。彼の目には威厳があり、鋭い視線が颯太を捉える。


「ここは異世界、エルヴェンテリア王国だ」

 その男の声は低く、まるで時空を超えたように響いた。


 颯太はその言葉に驚き、しばらく呆然としていた。まさか自分が異世界に転生しているとは思いもしなかったからだ。しかし、男の言葉が真実であることを感じ取ると、次第にその現実が受け入れられた。


「エルヴェンテリア王国?」

 颯太は思わず繰り返す。全てが目の前で突如として展開される様子に、どうしても自分の状況を理解できずにいた。


 その時、颯太の前に現れたのは、先ほどの男性とは別の人物だった。金髪の女性――リリス・エルヴァルドが、静かに歩み寄ってきた。彼女はローブをまとい、長い髪を結んでおり、その美しさと威厳に圧倒される。背後には、彼女に仕えるような兵士たちが控えていた。


 リリスは颯太を見つめ、微笑んだ。

「あなたが召喚された医師、篠宮颯太ですね?」

 颯太は一瞬、彼女に言葉をかける隙も与えられず、その目を見つめることができなかった。リリスの存在感に圧倒されながら、颯太は彼女の言葉を待った。


「私は、エルヴェンテリア王国の魔術師、リリス・エルヴァルドです。あなたがここに召喚されたのは、我が国があなたの力を必要としているからです」

 リリスの言葉に、颯太は思わずその意味を尋ねようとしたが、彼女が続けるのを止められなかった。


「私たちの国では、魔力が全てを支配しています。しかし、その力には限界がある。癒しの魔法は存在しますが、それを使いこなす者は限られており、他の方法で命を救う術を持つ者が必要なのです」

 リリスはその言葉を力強く言い放ち、颯太を見つめる。

「そして、あなたにはその力があると信じて、召喚したのです。あなたの医療の知識と技術を、この国に広めてもらうことが必要なのです」


 颯太はその言葉に圧倒されるばかりだった。ここが異世界であり、自分が召喚された理由が「医療の力を提供するため」ということは理解した。しかし、かつて誓った医師としての誓いが、異世界でどう活かされるのかは見当もつかなかった。


「でも、僕は……」

 颯太は何度も口を開こうとしたが、言葉がうまく出てこなかった。自分がこの世界でどう振る舞えばいいのか、何をすべきなのか、それすらも見当がつかない。


 リリスは颯太の反応を静かに見守り、やがて口を開く。

「あなたがどのようにして医師として成長してきたのかは知っています。しかし、ここではその知識だけでは足りません。私たちが抱える問題は、あなたが想像するよりもはるかに深刻です。ここでは、あなたが必要なのです」


 颯太はリリスの言葉に耳を傾け、ようやく心を決める。彼はこの異世界で、医師として何かを成し遂げなければならない。翔太を助けられなかった後悔が胸に残り続ける中で、この新たな世界でも何かを学び、貢献するしかないと思った。


「わかりました。僕ができる限りのことをやります。しかし、ここで何をすべきか、何を目指せばいいのか……」

 颯太はリリスに向かって、必死に問いかけた。リリスは微笑み、そしてゆっくりと答えた。

「あなたには時間がありません。今すぐにでも、この国で必要とされる技術を持つ者として立ち上がるべきです。これから、あなたの力を試すための機会が訪れるでしょう」


 その言葉に颯太は答えることなく、ただその場に立ち尽くした。新たな世界で、どんな運命が待っているのか、彼にはまだわからなかった。しかし、ひとつだけ確かなことがあった。それは、翔太を助けられなかった後悔を胸に、彼が何かを成し遂げなければならないということだった。



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ここまでお読みいただき、ありがとうございます。もしこの作品を楽しんでいただけたなら、ぜひ評価とコメントをいただけると嬉しいです。今後もさらに面白い物語をお届けできるよう努力してまいりますので、引き続き応援いただければと思います。よろしくお願いいたします。


こんな小説も書いています

ナースたちの昼飲み診療所:https://kakuyomu.jp/works/16818093088986714000

命をつなぐ瞬間:https://kakuyomu.jp/works/16818093089006423228

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