第0話 プロローグⅡ

 ところ代わり御剣亭、敷地内。青い芝生の庭園にて。

「はあああぁぁ~……終わったあぁああああ……!」

 本日は晴天なり。負け犬の遠吠えよろしく、上を向いて脱力するしかない零次は、まさに死んだ魚のような目をして空を見ていた。

「残念でしたね。心中お察しいたします」

「あのさぁ~、モモさんや。ほんっとうに残念だと思ってます?」

「いえ、全く♪」

「ですよねぇ~……」

「お言葉ですが、お爺様も仰っていた通り、零次様はお兄様と比べると数段格下でございます。座学でも負け。運動でも負け。その他成績においても完敗でございます。同じ土俵で競うのであれば、最初から勝ち目はないと感じておりました」

 淡々と言葉の槍をぶっさしながらも、姫依は人数分のお茶を汲んで回る。

 祝勝会とはならず、反省会ならぬ、残念会の開演である。

 庭園の一角に設置された仮設テーブルの上には、色取り取りのお菓子が並べられている。マカロンやら、ケーキやら。これだけで囲めば邸宅に合う絵にもなるが、他にもスナックやら駄菓子やらが並んでいるお陰で全くらしくない。

 卓を囲むのは円卓の騎士ならぬ、宴会のメイドたち。最後の晩餐ならぬ、女子会の集いであった。

「けど、これからあたしたち、どうしよっか」

 席に座っていたメイドの一人が柔和な声色と共にお気持ちを表明した。

 明るい栗色の髪を背中まで伸ばした女の子、神道玉藻である。

「零ちゃんが勝ったら、全員居ていいって約束だったけど、これじゃクビだよね?」

「お前たちバイトメイドに関してはな。モモさんは専属だから切られはせんぞ」

 零次は大げさに手を振って、自分の首筋にチョップをかました。

「あまりパクつくなよ、また太るぞ?」

「むぅ、太らないよ! 育ち盛りだから身体に蓄えてるだけ!」

 玉藻はケーキを頬張りながら、むふーっと唇を尖らせた。

(それを太ったというのだ、お馬鹿さんめ!)

「玉藻さん。お茶のお代わりはいかがでしょう」

「っ! いただきますぅ♪」

 始まった。こうなると無限ループだ。全てを喰らいつくすまで終わらないのが玉藻という女の子の特徴だ。零次は体系を維持するために極力食事を控えたい人間なので、隙をついてマカロンを彼女のお皿へと移すことにした。

「――しかしお兄様。本当にこれでよいのか。我々はベストを尽くせたのだろうか」

「今更なんだ」

 玉藻の左隣。ロングヘアーをうなじのあたりでサイドに結った女の子が口を開いた。

「とぼけるのはよしてほしい。わかっているのだろう、我々は今、苦境に立たされているのだ。我々は彼の宿敵――御剣零一を討つ為に結成された精鋭部隊ではないか。炊事、洗濯、家事、その他諸々をサポートして、我がマスター零次を王とせんが為に活動していたのだ。これが敗れたとなっては――」

「話が長い。はしょれ」

「なぁんでぇ~!? もっと語りたいぃっ!」

「ええい、うるさいぞ! そもそもな、貴様ら駄メイドの一体どこに、この俺の補佐が務まる資質があると言うのだ! 言ってみろ!」

「あぅあぅあぅあぅあぁ~……!」

 女の子の頭をつんつんとキツツキの如く連打する。

 彼女は玉藻よりも頭半分は小さく小柄だ。その語尾、特徴的な語り口から察せられる通り、中二病を患っている。名前は安倍マキナ。持って生まれた赤黒の瞳とルックスが妙にそっち方面に似合うもんだから侵されてしまった悲しきモンスターである。

 だが、声色は妙に甘ったるい故、何故か可愛さに軍配があがるよくわからん奴だ。

「えぇ~。恋華たちなにか変なことしてるかなぁ? こぉ~んなに可憐でぇ~、プリティなのにぃ」

「――してないに一票。凜風も恋華も完璧なメイド。零次が出来損ないのカス」

「ああぁん? なんだってぇ、ごらぁ~!!」

 劉恋華と劉凜風。姉妹である。このメンツの中では最年少、去年(正確には今もだが)まではランドセルを背負っていたおチビたちだ。

 二人とも背丈は同じレベルだが、性格はまるで違っている。

 恋華はとにかく活発でじっとしていられない性格。小犬らしいうざカワ系女児である。

「むぐぐぐぐ、れ、れいふぃ……ほっへ、ちひれるっ、つね、るな……ッ!」

「人の悪口を言うお口は粛清せんとなぁ。誰がカスだって、誰が~!」

 一方の凜風は、粛々と仕事をしている分には完璧だ。しかし、問題なのはこの口の悪さである。感情表現に乏しいのも相まって人の感情を逆撫でるのが得意なのである。

「あーっ! いいなぁ~、恋華も混ざりたぁ~い!」

「なっ、コラやめろ! 遊びでやってんじゃないんだよ! ニャロメ!」

 堪忍袋の緒が切れた零次は、バッと外へと躍り出た。

「そもそもだ! こうなってしまった原因は貴様らにだってあるんだぞ!」

 零次はビシっと指を刺して問題点を指摘する。

「まず玉藻! お前は見た目に似合わずおっちょこちょいだ。ゆっくり事を成せばいいものを慌てた途端にすぐボロが出る。どこの世界に仕事を増やすメイドがいるんだ!」

「うぅっ……ごめんねぇ~。いつも反省はしてるんだけどさ……」

「次にマキナ! 貴様はその厨二病を治せ。ウチのメイドとして紹介するには些か気が引けるのだ。シンプルに痛い!」

「どこが!? 痛くない! かっこいいもん!」

「それと余計なことはするんじゃない。何が悪魔の一滴だ。そのスパイスで、俺がどれだけ腹を下したと思う」

 零次が指さした先には、怪しげな粉末が封じられた透明な小瓶があった。

「ぎくっ!? あややぁ? な~んでこんなところに星の砂があるのかなぁ~……」

 マキナは、円卓に置かれていた怪しげな小瓶を即座に胸元に仕舞い込んだ。

「笑って誤魔化すな!」

「ずみまぜんっ!!」

「凜風、恋華! 貴様らもだ。ガキンチョとは言えメイドはメイド。自覚を持つべきだ。凜風は口の利き方。恋華は落ち着きを覚えろ。大人のメイドはキャンキャン飛び跳ねたりはせん」

「え~っ……こういうのがぁ、キュートで可愛いと思うんだけどなぁ~」

「けど、姫依はキャンキャンしてくれるよ」

「もちろんです。きゃんきゃん!」

「止めてくれモモさん……これは一応教育なんだ……」

「――ハッ!」

「じゃあ、零次は高圧的な態度を改めるべき。そんなだから友達少ない」

「ほほぉおぉ~!? 凜風、まぁだ俺と殺りたいらしいなぁ。上等だ、ごらぁあ!」

「零次様。お小言はこのあたりで。まずはこれからのことを考えませんと――」

 姫依が見かねて仲裁に入ってくる。

 何しろ駄メイドたちの進退がかかっている事案だ。多少お荷物気味でも、零次とこうして懇意に接してくれる女友達は貴重な存在だ。年長者の杞憂――せっかくの出会いの場をふいにした思春期男女の末路を知っているが故に、姫依としても彼女たちを手放したくないのだ。

 いくらご主人様を茶化すのが趣味だといっても、必要なところはサポートをする。それが姫依に与えられた役割なのである。

「ッ、何奴――!? 零次様!」

 そんな不安入り混じる彼女たちの苦悩を感じ取ったからだろう。

「ん? どうしたモモさん」

 時既に遅し。彼方より飛来した矢の切っ先が過たず零次の眉間を打ち貫いていた。

「零ちゃん!?(お兄様!?)『零次!?』【ニイチャ!?】が死んだぁーーーー!!」

「死んでない。勝手に殺すな……(マジで死んだかと思ったぞ……)」

 姫依は邸宅の上層階に視線を向けた。二階のベランダには屋内に引き返す人影が見えた。

「お爺様……さすがは弓道錬士五段。お見事です」

 ※錬士五段とは――弓道五段を取得した後、一○年以上が経過し、かつ六十歳以上の者の中から加盟団体の選考を経て特に加盟団体会長より推薦された者にのみ受審資格が与えられる凄い肩書きのことである!

「ふむ、百発百中の弓兵か。世が戦国の時代であればさぞ名を上げたであろうな」

「あれで学園の理事長でもあるからねぇ……凄いおじいちゃんだよ、うん」

「ッ!? ネエチャ、ネエチャ! あれ見て! なんかついてる!」

 冗談はさておき、零次の眉間には吸盤つきの矢文が突き刺さっていた。

「――果たし状」

 どこの世界に親族同士で果たしあうことがあるのか。

 凜風、恋華は倒れた零次の元へとテコテコ近寄って、付いていたペライチを分捕った。

「おぉー」

「なになにっ!? なんて書いてあるの!? 恋華にも見せて~っ!」

 凜風は速読で内容を読み込むと、追いついてきた姫依にずいっと手渡した。

 恋華は読めずにぷんぷんと抗議しているがテンポを考えればこれがベストだろう。

「では、代表して読み上げます」

 姫依はコホンと咳払いをすると、零雄の口調を真似て文章に目を通し始めた。

『復活チャンス! お前たちが哀れと思ってこの文を送る。これから出すワシのミッションを無事達成できたなら、もう一度再考する機会を与えよう』

「復活チャンスだ? ほぉ、悪くない提案だ。むしろありがたい。たった三年の成果で俺の未来を決められたら堪らんからな」

『ミッションのテーマは『寂しさの解消』じゃ――この街に蔓延る負のオーラ。その原因を突き止め、見事お前たちの力で笑顔の花を咲かせてみせるのじゃ。さすれば、道は開かれる(ただし零一の承認は必要とする)期間は同じく三年間。心して挑むがよい』

 とのことです――と付け加えて姫依は手紙を胸元へと仕舞い込んだ。

「……なるほど、これは受けるしかあるまい。そもそも一度は死んだ身だ。温情を与えてくれるだけでもありがたい。が、お前たちはどうする。別に俺は辞めてもらっても構わんぞ、これを機に駄メイドからジョブチェンジってのはどうだ」

「やれやれ、何を言い出すかと思えば。わかっていないのだ、お兄様よ」

「その口調はやめろと言った!」

「今は人が不要な時代。マシンの台頭によって、我ら人間様にはやれるお仕事がないのだよ。仕事にありつくには、やれ資格だの、やれ専門性だの五月蠅いのだよ」

「ジョブ型雇用、最近推してるよねぇ……普通に過ごしてたんじゃ専門性なんて身につくわけないのにねぇ……」

「そうなのだ! こんな混沌とした世の中で、我らキッズを野に放ったらどうなるか、お兄様にはわかるのだっ!?」

「知らんな!」

「思考停止!? ちょっとは考えてよ。働けない=お金が稼げない=生活ができないでしょうが!」

「そもそも中学生が無理に働く必要はないだろう。成人するまで親の脛齧りでもしていればいい!」

「お金ないないなの! 消費税十五%の時代だよ!? 親の稼ぎだけじゃ平民はとてもじゃないけど余裕がないんだよ!」

「そうだよぉ~っ! 恋華もお勉強好きじゃないから、遊べるお仕事がしたいの!」

「介護しろ零次。金を出せ」

「仕事は遊びじゃない。つまらんもんだ。粛々とやらんか粛々と! ええぃ、離れぃ!」

「でも、遊び感覚でお仕事ができたら素晴らしいよね。そこはみんなと同じ気持ちだな。私は、この挑戦受けてみたいよ。おじいちゃんの言う『寂しさ』ってのが解消できるかはわかりませんけど!」

「お玉……」

「なーんて、そんな都合よく見つかりませんよね、てへ~っ♪」

 ペロっと舌を出して頬を赤らめる玉藻。照れ隠しなのはわかるが、はにかむ同級生の姿には少しだけドキリとした。意中の相手ではないにしろ、女の子の笑顔はいつだって良いものだ。

「零次様。ここは挑みましょう。お爺様もそれを望んでいるはずです」

「だろうな。親父が何を考えているかは知らないが……」

 姫依の指摘は尤もだ。こうして茶をしばいていても埒が明かない。

 幸いなことに零次たちは皆、同じ学園に通う学園生だ。卒業式を終えたばかりの今ならスケジュールを合わせるのは容易い。

「そうと決まればお前ら! このチャンス絶対にモノにするぞ。いいな!」

 おー! と、気合十分の駄メイドたちを見て取った姫依は、続けて促す。

「では、これからどうしましょうか?」

「まずは兄さんに会いに行く。針路は、日本有数の経済都市、東京だ!」

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