第1話 いざ、東京へ!Ⅰ
長野県待本市。国宝待本城を有する旧城下町が立ち並ぶこの土地は、地図で見れば日本のド真ん中にある。
とりわけ、その起点は待本駅前にあると言ってもいいだろう。
雄大な北アルプスを背景に、四季折々の表情を浮かべながら、行く人来る人を出迎えるその玄関口は、早朝ともなれば澄んだ空気に、小鳥の囀りを運んでくれる。
会社に行く人。学校に行く人。待本に住む人々は、この場所で落ち合い、また新たな一日をスタートさせるのだ。
よどんだ空気に、人の往来激しい都会などでは決して味わえないであろうこの解放感たっぷりの早朝は田舎ならではの素晴らしい一面と言っても過言ではないだろう。
――と、良さそうな要素を羅列してみたは良いものの。
正直な話、そんな前向きな評価を下せるのは田舎に住んだことがない人だけだ。
やれ、次に住みたい街ランキングだの、やれ、行きたい街だの。そんなものに取り上げられがちなこの街だが、実際には住めば不便でしかない。
都会のように交通の便が良いわけではないくせに、やたらと道が狭く、車社会なのである。
つまり、よく混雑するのだ。土日の日中ともなれば目も当てられない。
故に、どこかに行こうものならば、なるべく早く、人の往来がまだ少ない時間帯に、行動を開始せねばならないのが待本の〝今〟である。
――かくして、早朝の待本駅前にて。零次はメイドたちの前に立っていた。
『……お前たち。今日は何をしに行くかわかっているか?』
早朝、七時過ぎ。
集結した面々の浮かれ散らかした姿を見て、零次は青筋を立てていた。
「ん? なんのこと?」
「旅行に、行くのだろう? モチのロン、覚えているともよッ!!」
「右に同じー」
「以下同文~っ! 早くGOGOしよっ♪」
順番に玉藻→マキナ→凜風→恋華。
そして最後には姫依が立っているわけだが――
「そういえば、何も決めておりませんでしたね……」
冷や汗をかいていた。
「貴様らなぁ、自分の立場を考えろ。クビになる一歩手前なんだぞ! 襟を正せ、襟を! 恋華凜風、なんだその格好は!」
「眼精疲労は若さの敵。お目目を守るためにつけてきた」
凜風がクソデカサングラスをクイッと上に持ち上げて、目をパチクリさせた。
「だって熱っっついんだもぉ~ん! お胸を開けないとぉ、汗かいちゃうよぉ!」
恋華の格好は、去年までランドセルだった割には、些か露出度が高い軽装だった。
「海に行くんじゃあないんだよ。イルカは置いてけ。没収だ!」
「いぃやぁ~やぁ~っ! シーがあるよぉ、シーがぁ~!」
「ディ●ニーシーは千葉だ馬鹿もの。東京にはない」
「うそぉーっ!?」
「まぁまぁお兄様。落ち着くのだ。若気の至りは誰にでもあるではないか」
「お前が言うな! その服はコスプレか、ここぞとばかりに出してきたな!?」
黒を基調とした妙に装飾の多いフリフリ衣装。軍服のようにも見えるが、ともかくマキナも例に漏れず浮かれ倒していた。
「ノンノン、お兄様。これが我が正装。真なる姿な――りぃい゛!?」
スパコーンと凪ぐような叩き。語りきる前に、零次がマキナの頭に天誅を下した。
「もぅ、零ちゃん。暴力はだーめ。おぉよしよし、痛かったね~」
「酷い……ひどいのだ。頭禿げちゃうのだ……」
唯一ハジけていない玉藻がマキナを介抱する。
年相応の女の子服。春の雰囲気漂う明るいワンピースは彼女にベストマッチしていた。
「で、だ。モモさんはモモさんで何故メイド服を着てるんだ……」
「何故、と言われましても?」
姫依はお手本のようにクビを傾げてみせた。頭の上には「?」が浮かんでいる。
「いや、別に私服でよいぞ。堅苦しいだろう」
「いいえ、私は零次様のメイドですから。いついかなる時もこの服装でおりますよ。それがメイドとしての忠義です」
ぐうの音も出ないほどの笑顔が向けられた。
「……まぁ、そういうことなら止めはせんが」
正直、ありがたいが、やりづらい。
なにせここは田舎街。メイド服を着ているだけで目立つのである。
『おかーさーん! あれなにぃー!』
『メイドさんよ。あんなフリフリのお洋服は若い時にしか着れないの。精々、今を愉しんでおくことね!!』
私怨交じりの陰口を聞いて、零次はいたたまれなくなって号令をかけた。
「よ、よし――ともかく出発だ。ここに居たら、俺の沽券に関わる!」
はーい! と、メイドたちは返事をして、好き勝手に駅構内へと向かい出す。
が、その前に不要な品々は零次に押し付けていった。
「ニイチャ! 帽子あーげるっ。日焼けはお肌に悪いヨ♪」
「サングラス。プレゼントフォーユー」
「我がマスターに旅の幸あらんことを」
麦わら帽子にサングラス。更にはよくわからんドクロのリング。
ものの数秒で零次の方が浮かれ倒した青年へと様変わりした。
(しかし親父は、俺たちに一体何をさせたいんだ……)
特急アズサの車内。高速で移り変わる景色を眺めながら、零次は祖父の言葉を思い出していた。
(寂しさの解消、か。この遠征で何か掴めれば良いのだが……)
真面目に思考を巡らせる一方で、そのビジュアルは先ほどのままである。
反射する車窓には、絵になるポーズをしながらも見た目に似合わないサングラスに麦藁帽子スタイルの〝漢〟の姿が映し出されていた。
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