メイ[ド]メイン!

朱城有希

第0話 プロローグⅠ

 メイド――それは、主に仕え、傅くもの

 メイド――それは、才色兼備にして、気品あるもの

 メイド――それは、誰もが一度は妄想に胸躍らせるもの


 メイ[ド]メインとは――

 そんなあらゆる理想を叶えるべく設立された、乙女たちが集う理想郷である。


「――ついにこの日が来たな、モモさん!」

「はい。私もこの時が来るのを心待ちにしておりました」

 霊峰立ち並ぶ片田舎。周囲を囲む小粒な邸宅に比べ規格外のスケールを持つ大豪邸の前で少年――御剣零次は期待に心を躍らせていた。

 後方に控えるは、黒を基調としたメイド服に身を包んだ御剣の使用人――百瀬姫依。肩口で切り揃えられた黒髪に澄んだ藍色の瞳。聞くものを落ち着かせる声色はまさしく理想のメイドさんに相違ない。

「……緊張しておりますか? 零次様」

「当然だ。俺は、この日の為に青春の三年間を捧げてきたんだからな」

「信じましょう。今の零次様ならきっと、お爺様もお認めになります」

「だといいがな――行こう」

 自身を鼓舞するようにフッと息を吐き出した零次は、決意を新たに祖父が待つ屋敷へを足を踏み出した。

「お帰りなさいませ、ご主人様!」

 豪邸の扉が開かれるのと同時。室内に控えていたメイド達が一斉に頭を垂れた。

 入って中央には赤の絨毯。両サイドに伸びる通路は横に長く御剣亭ならではの造りになっている。祖父が待つ謁見の間へは入口を入って右へ。続く階段を上る必要がある。

 零次はメイドたちに一瞥をくれると、そのまま謁見の間を目指して歩き出す。

 メイドたちもまた零次の後ろに続き、歩調を合わせて歩き出した。

 ここで零次のステータスを紹介しよう。

 御剣零次――待本秀峯中等教育学園をトップクラスの成績を修めて卒業。中等部では生徒会長を勤め、文武両道にして見た目は可もなく不可もなく。どちらかといえばイケメンではあるが彼女はおらず……従って、女性経験は当然ない。

 まぁ、中学生で経験無しなど今日日当たり前だろうから割愛するとしてもだ。

 御剣の名に恥じぬ才男が、何故こんな仰々しいことをしているのかと問われれば、これには深~い理由があった。


 御剣に男児生まれし時、満十五歳を区切りとして継承権を与えるべし――


 御剣家に先祖代々伝わる家督相続既定、以上である。

 至ってシンプル。単純過ぎて、逆に深いような気さえしてくるだろう。現代の世の中にまだこんな古臭いものが残っていようとは夢にも思うまい。零次もまた子供の頃は同じことを考えていた。ただ成長していくだけで、自動的に継承権を与えられ、人生勝ち組、働かずして大金持ちになれてラッキーハッピーの素晴らしいシステムではないか、と。

 しかし、このシステムには致命的な欠陥があったのだ。


 ※第二子が生まれた場合、その継承権は現当主の任命制とする。


 この一文が余計だったのだ。

 そう――零次には血を分けた兄、御剣零一がいたのである。なればこそ、零次もまた生まれながらにして努力せざるおえない立場にあったのだ。

「親父、邪魔するぞ!」

 謁見の間の扉を開き、意気揚々と中に入っていく。後ろに控えるメイドたちは姫依を除いて外で待機する。

 自分が修めてきた成績は控えめに見積もっても優秀だ。三年間の集大成。これまでに記して来た栄光の数々を以って、零次は祖父の前へと立った。

「来たか、零次よ!」

 部屋の奥には、窓際から外の景色を見下ろしている矮躯の背中があった。

 振り向いたその身体の背丈は、零次よりも頭一つは小さい。

 つるっぱげ頭に、額には大きな切り傷の痕。髭もじゃと言って差し支えない伸ばしっぱなしの顎ヒゲは、絶妙な年長者の貫禄を印象づける。手には樫の杖、着ている服は和服と、およそ時代に取り残されてしまったこのお爺ちゃんこそが、現御剣家当主――御剣零雄その人であった。

「さぁ、親父! 約束の時だ。データは出揃った。この家の慣例に従い、ここでハッキリと決めてもらおうか。俺か、兄さんか。この家の跡を継ぐのは誰だ!?」

「良かろう――ならば決を出す。零次、お前は――不合格とするッッ!!」

「――なッ……what?」

 玉砕。たった数俊のイキリ散らしと共に零次はあえなく継承権を奪われた。

「うっ、ううぅ……おいたわしや、零次様……哀れなお人……」

「ちょっ、待てよ親父! ってか、モモさんもフォローして!? 哀れな人は傷つくから――じゃなくて! 何故、俺では駄目なんだクソジジイ。何が不満だ!」

 よよよ、と自慢の嘘泣きを披露する姫依はさておき、零雄はさも当然と口を開いた。

「何故じゃと? そりゃお前が零一に比べて劣っとるからじゃろう」

「馬鹿な!? 何を根拠に。俺の戦闘力は学年トップクラスだぞ!」

「戯け! 馬鹿はお前じゃ零次! 老眼のワシでもな、成績表くらいは見れるんじゃい!」

 零雄は手早く眼鏡をつけると、書斎用机にあった兄弟の成績表を見比べた。

「確かに、お前の成績は優秀じゃ。どの科目を見ても万年成績ベストファイブには入っとる。しかし、当時の零一は常にベストツー以上はキープしとったぞい」

「ぐっ……」

「加えて、零一は校外活動にも意欲的じゃった。それに比べてお前はどうじゃ?」

「それは――外に出れない理由があったから……」

「言い訳をするつもりか? 百瀬」

「はっ。零次様はご存知の通り非常にインドア派でございます。趣味はアニメにゲーム、漫画にカードなど一人で遊べるものばかり。特に深夜に放送される深夜アニメには非常にお熱で……そのっ、ううぅ……とても、御剣の看板を背負うには荷が重いような気が……っ!!」

「おぃいいいい! なんだよモモさん、さっきから! ここは援護だろ!」

 援護ならぬ援誤射撃。確殺レベルのフレンドリーファイアが零次の敗北を決定づけた。

「そういうことじゃ零次。お前にこの家は任せられん」

「ま、待ってくれ親父! 俺はまだ!」

「本気を出していない――とでも言うつもりか? ふぉふぉ、青いのぉ。やる気が出んかったというならそれがお前の実力なんじゃよ。人生は一度きり。一世一代の大勝負で勝ち切れぬ者に、未来の栄光は掴めんて」

 零雄は老いた枯れ木のような指先を使って、杖をコンッと鳴らした。

「話は終わりじゃ。出て行くが良い、後ろに控えとるメイドと共にな――」

「「「「にぎゃあああああ~!?」」」」

 話を終えた瞬間、都合よく部屋の扉が開いた。

 なだれ込んできたのはつい先ほど別れたメイドたちであった。

 仕込み形マスターキー。こんなこともあろうかと杖に内臓させたお手軽機能が、彼女たちの化けの皮を剥がした瞬間だった。

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