真犯人は私です

濵 嘉秋

第1話

 桐谷真宙くん誘拐殺人事件。世間でそう呼ばれていた事件の終焉から二か月が経った。

 騒ぎ立てていたマスコミやネットの住民たちも関心が薄れたのかすっかり話を聞かなくなり、それは吾妻京太郎あづまきょうたろうも同じだった。

 いや、彼の場合は野次馬の波に乗ったわけではなく、事件の終わりを当事者たちから聞いたからこその現象だが。






「だから、やっぱり新作を出すのがいいと思うんですよ」


「今のメニューで充分だ。ここは定食屋じゃないんだ。飽きられないように、とか考える必要はないだろ」


「似たようなもんじゃないですか…常連ばっかりだし」


「常連なら注文も決まってるだろ」


 喫茶サーマ。カウンター席の女子学生が身を乗り出す勢いでカウンター内の男性を説得していた。

 内容はこの店の新規獲得について、とはいっても女子学生が勝手に話し始めたのであって、店主の京太郎は最初から乗り気じゃない。


「そもそも、なぜキミが店の内側にまで口を出す?バイトならまだ分かるが、客だろう」


「お客様の意見は大事なんですよ?それに前から言ってるじゃないですか、私もここで働きたいって!」


「キミの高校、バイト禁止だろ」


 この女子学生・加藤歩優かとうあゆとは以前にストーカー事件を通じて知り合った。それ以降、こうしてサーマでのアルバイトを希望しているのだが、生憎と彼女の通う高校はバイト禁止だ。

 バレなければいいとは言うが、もしバレた場合に責任が取れない。と、いう話を何度もしているのだが諦めてくれないのが現状である。


「とりあえず今日はもう帰ってくれ。閉店だ」


「ぶぅぶぅ…結局、私が来てから一時間、誰も来なかったじゃないですか」


 最初に気づいたのは歩優だった。渋々と店の外に出たところで、表に置かれたメニュー看板の下でそれを見つけた。

 落とし物だと思ったのだろう。紙袋を拾い上げると、好奇心からなのか偶然にも見えてしまったのか、その中身を口に出す。


「スマホだ」


 同じく外に出ていた京太郎に見せるように紙袋を傾ける。たしかに中にはスマートフォンが入っていた。だがそれだけだ。他に何が入っているわけでもなく、些か奇妙な落とし物ではあるが、店の前に落ちていたのだからと紙袋を受け取る。

 その時だった。スマホが振動した。落とし主が紛失に気付いて知人の携帯を借りたのか…という考えは浮かばなかった。

 その原因は表示された名前だ。


「え…?」


「……」


 歩優も思わず声を漏らす。


【吾妻京太郎】


 自分自身の名前が、そこに表示されていた。偶然の一致にしては状況が出来過ぎている。

 京太郎の手は自然とスマホを取っていた。


「…もしもし」


『桐谷真宙くん』


「っ?」


 聞き覚えのある名前が飛んできた。

 本人と会ったことはない、しかし聞き流せない…もうこの世にいない少年の名前だ。


麻生和彦あそうかずひこは冤罪です』


「なに?」


 また聞き覚えのある名前だ。

 今度はその桐谷少年を誘拐して殺害した男の名前を出した。


「お前、誰だ。どうして僕に」


『真犯人は私です』


「はっ」


 自分の問を無視して放たれた一言に、京太郎の思考は一瞬停止する。

 真犯人?冤罪?誰が、麻生和彦が?それはあり得ない。彼自身が桐谷少年の殺害を認めたのだと、京太郎はそう聞いている。他ならぬ警察から。

 相手はそれだけを言うと通話を終了してしまった。履歴を開いて掛けなおすが、すでに電源を切られてしまったようだ。


「あ、あのー店長さん?」


 恐る恐るといった様子の歩優によって、京太郎は思考を中断する。

 そうだ、今はこの子だ。


「帰りなさい。送っていこう」


「え、どうしていきなり」


「物騒だからな。最近のこの辺は」


 桐谷真宙少年の事件。

 これには京太郎も関わっていた。関わり始めたのは少年が変わり果てた姿で見つかってからだが、そもそも麻生和彦に目を付けたのは他ならぬ京太郎だった。

 とはいえ、それを話したのは行動を共にしていた刑事二人。麻生を逮捕したのはその刑事たちだ。

 よって、世間には京太郎の関与は周知されていない。彼の関与を知っているのは刑事二人を始めとした関係者数名のみだ。


「だから、僕の元にコレが来るのはおかしい。悪戯だとしても警察か真宙くんのご両親に届けるはず。僕に届くのはむしろ」


「信ぴょう性が高い?」


「あぁ。それに電話をかけてくるタイミングもバッチリだった。まるで僕たちを見ていたような」





 三日後、京太郎はある人物をサーマに呼んだ。

 昼を過ぎた14時にやってきたその男性は件の桐谷真宙の事件で行動を共にした刑事の片割れ。もう一人は別件で北海道にいるとのことだ。


「結論から言うと、持ち主は不明だった」


「そうか」


 店にスマホが届けられた翌日、京太郎は彼にスマホを渡していた。もしかすると契約者が分かるかもしれないという淡い期待を込めてのことだったが、やはり結果は振るわない。

 ピシっとしたスーツを着こなす刑事・奈古真司なごしんじはコーヒーに砂糖を投入しながら細い目を外に向ける。


「こうなると俄然気になるな。吾妻のことを知っている辺り、ただの悪戯ってわけでもないだろう」


「僕があの件に関与したことを知ってるのはキミたち二人と真宙くんの父親、そして麻生和彦だ」


「他にもいるだろ。真宙くんが消えた水族館の職員とか」


「そこまで入れると途方もない。第一、彼らは僕のことを刑事だと勘違いしていただろう」


「お前がそうさせたんだもんな」


「今更だが、麻生が犯人というのは間違いないのか?」


「間違いない。証拠も多数」


 麻生和彦は所謂小児性愛…というには少し違うのかもしれないが、それに似たような癖を持つ男だった。

 真宙くん以前にも幼い男の子を自室に招いていたのが分かっている。その内で行方不明者は二人…恐らくもう生きてはいないだろう。部屋からは多数の写真、それも小学校低学年以下の隠し撮りが見つかっている。その中には真宙くんの写真もあった。加えて本人の自白、麻生の犯行は紛れもない事実だ。


「…奈古。麻生の部屋にあった子どもたちの写真、手に入るか」


「入るが…まさかお前」


「あぁ。事件を調べなおすぞ」


 麻生が犯人だという事実は変わらない。

 だが一つだけ、電話の主の言葉が真実となる道がある。


 共犯者だ。

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真犯人は私です 濵 嘉秋 @sawage014869

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