第三章 愛されるもの⑤


「レベッカさん突然飛び出されて、どうされましたか?」


 ダビドの剣幕に呆然としていると、少し遅れてテオドールも店から出てきた。

 彼はダビドが消えた方向を見ながら、眉を顰める。


「いまのは……ダビドさんのようですね」

「はい」

「何か、あったみたいですね」

「……来るなって、叫ばれたんです。ダビド、どうしたんだろう」


 あんなに鬼気迫る顔を見たのは、初めてだった。

 拒絶されたことはいままでもあった。孤児院に来たばかりのダビドは、常に気を張っていて、他の子供たちを寄せ付けることもせずに孤立していた。

 あの時のダビドはいつもこちらをにらんでいた。憎らしそうに、羨ましそうに

 

 なぜかと問いかけたことがあった。

 その時ダビドは「親がいないのに、どうしてそんなに楽しそうなのか理解できない」みたいなことを口にしていたっけ。


『親がいないけど、孤児院のみんなは家族だからね』


 そう言ったレベッカに、ダビドは信じられない物を見る目をしたかと思うと、むっつりと黙り込んでしまった。

 まだ孤児院に来たばかりの頃のダビドは、常にそういった様子だった。


 先ほどのダビドは、あの時以上にレベッカを拒絶した。

 まるで悪戯が見つかった子供のように、少し怯えているようにも見えた。


(どうしたんだろう)


 追いかけたいけれど、ダビドの姿はもう消えてしまっている。いまから追いかけて間に合うだろうか。


(――っ、いや、考えている暇はない)


 レベッカは走り出した。迷っている時間がもったいない。

 ダビドが消えた方向は覚えている。

 彼を捕まえて、何があったのか問いただそう。


 走り続けていると息が上がってくる。孤児院のある通りならともかく、貴族が多く行きかう通りは初めて足を踏み入れる場所だ。道もわからないし、目的の少年がどこに行ったのかもわからない。

 闇雲に走っていたからだろうか、ふと足がもつれて転びそうになった。

 すると、急に体が軽くなる。


「レベッカさん、大丈夫ですか?」


 耳元でした声に顔を上げると、テオドールの腕の中にいた。転びそうになったレベッカを魔法を使って支えてくれたみたいだ。テオドール自身も息を乱していないところを見ると、魔法で追いかけてくれたのかもしれない。


 レベッカの無事を確認すると、テオドールの腕から解放される。


「ダビドさんを捜しているのですか?」

「はい。どうしても、話を聞きたくて」

「それなら、僕に任せてくれませんか?」

「――え?」

「実は、少し気になっていることがあるのです。先ほどから、妙な魔力を感じるので」

「魔力?」


 テオドールが何を言いたいのかはよくわからなかったけれど、彼なら魔法でダビドを見つけ出せるのだろうか。


「きっと、すぐ見つけられるはずですよ。なんといったって、僕は大魔法使いなのですから」


 頼もしそうに胸を張ったかと思うと、テオドールの周囲がほのかに輝いた。


「それでは、見つけてきますので待っていてくださいね」


 彼の姿が消える。どうやら瞬間移動を使ったようだ。

 テオドールがダビドを捕まえたのは、それから十分後のことだった。



 再び瞬間移動で現れたテオドールに連れられてきたのは、大通りから外れた裏通りだった。

 ダビドは魔法で拘束されていた。両手を縛られているようで、身動きがとれないようだ。


「彼があまりにも抵抗するので、少し捕まえさせていただきました」


 テオドールは警戒するように、ダビドを見ている。ダビドも前に立つテオドールをにらみつけていた。


「拘束を解いてあげてくれませんか?」

「……レベッカさんのお願いならいくらでも聞いてあげたいのですが、今回ばかりはそうはいかないのです」

「でも、これはあまりにも可哀想で」

「そう思うのでしたら、しばらくこのままの方がいいでしょう。ここで拘束を解く方が危険だと思いますよ」


 テオドールの言葉にレベッカは首を傾げる。

 危険というのは、ダビドが逃げるからだろうか。

 そう思ったけれど、警戒しているテオドールの様子からそれだけではないのを察する。

 ダビドをこんなふうに扱うのはあまりにも心苦しいけれど、ひとまず彼の様子を窺うことにした。


「離せよ、クソ魔法使い!」

「ダビド」


 レベッカの呼びかけに、ダビドがビクッと体を震わせる。それから恐るおそると言った様子で、見上げてきた。


「レベッカお姉ちゃん。……なんだよ。この魔法使い」

「彼は、テオドール様と言って、私の《最愛》の魔法使いだよ」

「……それで魔法使いと共謀して、俺を捕まえて、どうしたいんだよ」


 警戒する瞳は、孤児院に入ってきたばかりの頃を思い出す。

 あの頃は時間をかけて彼の心の壁を崩すことができた。だから今回も。


「ダビドの話を聞きたいの」

「なにをだよ」

「私が孤児院を離れた後にどう過ごしていたのか、とか。ダビドの新しい両親の話とか」

「それを聞いて、どうするのさ」

「ただ、話が聞きたいだけだよ」


 レベッカの言葉に、ダビドの顔が曇る。


「……レベッカお姉ちゃんが神殿に行ってからは、それまでと変わらない日々だったよ。シスターたちも優しかったし、ベラ先生がいなくなったのはどうしてかわらないけどさ。ふ、ふつーに楽しかった」

「それなら、新しい両親は?」


 養親について訊ねると、ダビドは言いにくそうに口ごもった。

 その顔色が曇ったことに気づき、レベッカは無理しなくてもいいよと伝えようとしたが、その前にダビドが口を開いた。


「……良い人たちだよ。俺を迎えに来なかった、本当の両親とは大違いだ。孤児院に寄付もしてくれたし、他の子供たちにも優しかった」


 だからあの人たちは、良い人たちなんだ――。


「俺を引き取ったのだって、才能を埋もれさせるのがもったいないからだって言っていた」

「才能?」

「……それはまだ言えないけど。義父さんと義母さんは、俺の支援を惜しまないと言ってくれた。だから、俺はいま、二人の仕事を手伝っているんだ」

「仕事って?」


 レベッカの問いかけに、ダビドがため息を吐く。

 それからテオドールをにらみつけると、ぶっきらぼうに言った。


「もういいだろう。そろそろこれを解いてくれよ」

「……それなら先ほど拾ったこれについて、教えてくれませんか?」


 テオドールが手に持っているのは、小さな木箱のようだった。

 それを見たダビドが喉を鳴らす。だがすぐに平静を装うと、頭を振った。


「知らないよ。それは俺のじゃない。たまたま落ちていただけだろ」

「あなたの服のポケットから落ちたようにみえましたが……」

「気のせいなんじゃないか」

「……そうかもしれませんね。ですが、たまたま通りに落ちていたと、僕にはどうしてもそうだと思えないのです」

「それってなんですか?」


 レベッカの問いかけに、テオドールが表情を和らげる。

 だけど真剣な眼はそのままに言った。


「これは、非合法の《魔道具》ですよ。それも、爆発する危険のある物です」

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