第三章 愛されるもの④
(僕は、レベッカさんを閉じ込めるつもりはなかったのですが)
エレノアに言われた言葉がテオドールの頭の中でぐるぐると回っていた。
テオドールは社交の場があまり好きではなかった。大魔法使いとして、または公爵家の次男として必要な場合に応じで出向くことはあっても、自ら進んでいくところではないという認識だった。
だから当然、《最愛》であり貴族社会に不慣れなレベッカを連れて行くことは考えていなかった。
レベッカに負担を掛けたくないというのもあるけれど、社交界でつらい目に遭う彼女を見たくなかったからだ。ただでさえ、神殿で親しかったアンリエッタに傷つけられているのだから。あのような出来事をまた経験してほしくないと思った。
レベッカには自由に過ごしてほしい。
邸の外には危険が多いから、なるべく邸の中で。
(……迂闊でした。
昔は尊敬して、いまは軽蔑さえ覚えているあの男。
あの男は偉大な魔法使いのひとりだった。
誰もがあの男を尊敬していて、憧れていた。
だけどそんな彼は、裏では《最愛》の聖女を閉じ込めていた。大切だからと、愛するとはそういうことだと、大それたことを口にしていた。
テオドールがそれを知ったのは、あの男が突然国を裏切った後のことだった。
あの時のことを思い出すと、いまでも胸を締め付けられる感覚がする。
《最愛》の聖女を失い狂った男の、あの、悍ましい慟哭を。
◇◆◇
「あら、良いわね。それでは次のドレスを――」
「ま、待って! まだ、ドレスを着るの!?」
エレノアのお気に入りだというブティックに着いてから、もうかれこれ十着目だ。そろそろドレスを着せられるのにも疲れてきたのだけれど、まだ着なければいけないらしい。
(ショッピングって、こんなにも大変なんだ)
エレノアに連れてこられたブティックは、平民のレベッカには敷居が高すぎる高級店だった。
馬車を降りてから扉の前に立った時から緊張していて、建物の中の内装の豪華さに圧倒され、いまは目の前に積まれたドレスの山に眩暈すら覚えている。
「なにを言っているの、レベッカちゃん。まだかわいいドレスがあんなにもあるじゃない。絶対に似合うわ。着ましょう」
「でも、もう充分で……」
助けを求めようにも、テオドールはどこか上の空だった。ベンジャミンは止めようとしてくれたけれど、エレノアの意思は固くもう諦めたように遠い目をしている。
「さあ、レベッカちゃん。今度はこっちのドレスを着ましょうね」
ドレスを持ったエレノアに迫られて、その後もレベッカは十着以上のドレスを試着させられた。
解放されたのは、約一時間後のことだった。
「ふう、これぐらいでいいかしら。テオドール様、お気に入りのドレスはございましたか?」
「……そうですね。こっちのドレスが、特にお似合いだったかと」
ぼんやりしているように見えたけれど、テオドールはちゃんと見ていたようだ。
「さすがテオドール様ですね。レベッカちゃんに似合うものをよくご存知のようで」
「女性のファッションはよくわかりませんが、レベッカさんは落ち着いた黄色が良く似合いますね」
「ええ、私もそう思いますわ。と言うわけで、レベッカちゃん。これと、そうね、あとは五着ぐらいでいいかしら」
「それだと少ないでしょう。普段着る用も含めて十着以上は必要です」
「多いです!」
レベッカそっちのけで話が進みそうになるのを察して、つい声を上げる。
「前に買ってもらった服もありますし、ドレスはそんなに着れないので一着、多くても普段着用のを三着ぐらいで充分です!」
「そうですか? レベッカさんがそういうのなら、僕はそれでもかまいませんが」
「そうね。また必要になったら、私と一緒に買いにこればいいわ」
「……うっ、それは……」
また、今日みたいに何十着も試着をさせられるのはちょっと、と思ったけれど、とてもじゃないけれど断れる雰囲気ではない。次はもう少し、試着する服を減らしてもらえるように頼んでみたほうがいいかもしれない。
「さて、服も買い終わったし、次はアクセサリーでも見に行こうかしら。近くにお勧めのお店があるの」
アクセサリーならドレスみたいに何回も着せ替えさせられたりはしないだろう。
そうほっとしたのも束の間、エレノアが怪しい笑みを見せた。
「腕が鳴るわね」
嫌な予感がしていると、ベンジャミンが近づいてきた。
彼ならエレノアを止めてくれるかもと助けを求めようとしたが、ベンジャミンは「頑張って」と囁くと、エレノアを追いかけて出て行ってしまった。
「それでは僕たちも行きましょうか」
「……はい」
観念したレベッカは、テオドールと一緒に店から出た。
◇
ジュエリーショップでもブティックと似たようなことが起こった。
様々な宝石を試着させられて、せっかくだからといくつか購入しようとしたテオドールのことを止めて、気に入った物をひとつだけ選んだ。
エレノアが少し残念そうな顔をしていたけれど、選んだ銀色の宝石の付いたネックレスを見て、まあと目を細めていた。
「次はどこに行こうかしら。レベッカちゃん、行きたいところはある?」
ジュエリーショップを出ると、エレノアに問いかけられた。
周囲を見渡すが、どこも高級そうな店ばかりで、気後れしてしまいそうだ。
うーんと唸っていると、ベンジャミンが助け舟を出してくれた。
「ウィンドウショッピングなんてどうだい? 窓に並んでいる商品を見るだけでも楽しめるし、気になったのがあれば中に入ってみてもいいよね」
「あ、それが良いと思います!」
店の中に入らなければ、たくさん試着されされることもないはずだ。
ベンジャミンの提案に頷くと、エレノアも「それが良いわね」と同意してくれた。
「それじゃあ、いろいろ見て回りましょうか。もし気になったのがあったら遠慮なく声を掛けてね」
「うん!」
そうして通りを歩きながら、ショーウィンドウに並んでいる商品を眺めることになった。
(あ、オルゴールだ)
たまたま目に入ったのは、とある雑貨屋の前だった。貴族向けというよりも、子供向けのいろいろなおもちゃや置物がショーウィンドウに並んでいた。
その中の一つに、蓋の開いたオルゴールがあった。ネジは回っていないからか上でくるくる回る人形は動いていないものの、その人形に一瞬目を奪われた。
「レベッカさん、そのオルゴールが気になるのですか?」
「はい。……少し、テオ様に似ていて」
オルゴールの上に乗っている人形は、白いローブを着た魔法使いのようだった。音楽が鳴ったらどんなふうに踊るのだろかと、妄想を膨らませる。
「中に入って、見せてもらいましょうか」
「いいんですか?」
「はい。せっかくですので」
テオドールの誘いに甘えて雑貨屋の中に入る。雑貨屋に動物や童話などをモチーフにしたおもちゃや置物などの雑貨が所狭しと並んでいた。ひとつひとつ眺めているだけでも楽しそうだ。
一緒に中に入ったエレノアは、店の一角を見て金色の瞳をキラキラとさせると、ベンジャミンの腕を引っ張って行ってしまった。そのため、レベッカはテオドールと二人で商品を見て回ることにした。
さっそく窓際にあるオルゴールを見ようと近寄ったレベッカは、ふと店の外に目を向けた。
「あれ?」
「どうされましたか?」
「あれって……」
考えるよりも先に体が動いていた。
入ってきたばかりの店の扉から、慌てて外に出る。背後からテオドールの呼び声が聞こえてきたが、答えている暇はなかった。
「ダビド!」
通り過ぎて行こうとした背中に呼びかける。
振り向いたダビドは、レベッカを見て、目を見開いた。
「……レベッカお姉ちゃん……っ」
ダビドには話したいことがあった。
レベッカがいなくなったあとの孤児院での暮らしや、引き取られた家族のこと。
あの魔道具のことも、気になっている。
だから話がしたくて近づいたのだけれど、ダビドは血相を変えた顔で叫んだ。
「来るな!」
そして、驚いて固まっているレベッカに背を向けると、走り去ってしまった。
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