第三章 愛されるもの
第三章 愛されるもの①
アーニアール王国の王都は、王宮と神殿、それから魔塔が三角形を描くような形で配置されている。
魔法使いの塔――通称、魔塔は、一見すると五階建てのよくある建物のように見えるけれど、扉を開けるとそこはまったく違う世界になっていた。
建物の中には空間を拡大する魔法がかけられており、見た目とは違い階層は数十階以上もあるのだ。
上層階に行くほど魔法使いの階級も上がり、大魔法使いテオドールは上から三番目の部屋を与えられている。
その一室で、テオドールは研究部門から届いた資料を捲って、綺麗な眉を顰めた。
「……これが、すべてですか?」
手元にある資料には、若草色のミサンガの情報が乗っているのだが、思った結果が出なかったことに少し不満を覚えたからだ。
それを察したベンジャミンが、補足するように告げる。
「何度も確かめたそうですが、ミサンガにも、そこに嵌められていた宝石にも、あのマークはなかったそうですよ」
「……そうですか」
アンリエッタ・シーウェルの所持していたミサンガは、神聖力を奪えるものだった。
だからもしかしてと、
(僕の考えすぎだったのようですね)
資料を置いてため息を吐く。
あの男ほど、《魔道具》に執着を持っている魔法使いはいない。あの男は、自作した《魔道具》に必ず自分のイニシャルである『VG』というマークを刻んでいた。それが無いということは、今回シーウェル家が所持していたミサンガにあの男は関わっていないということになるだろう。
「そのミサンガ、本当に神聖力を盗めるものだったんですね」
「ええ、そのようです」
若草色のミサンガは対になっていて、レベッカが持っていたものが装着者の神聖力を吸収して、アンリエッタの持っていたものが装着者に神聖力を譲渡する力があった。
強力な《魔道具》だ。だからこそ、あの男が関わっているものと思っていたのに。
(……はあ、手掛かりになるかと思ったのですが)
「それから先日見つかった、非合法の《魔道具》についてですが」
「何か、わかりましたか?」
孤児院のバザーで売られていた《魔道具》のことだ。
幾何学模様の置物は持ち主を睡眠に誘える魔法がかけられていた。主に睡眠に悩んでいる人々のための《魔道具》で、まともに売られている物は平民では手が出せないほど高価な代物だ。主に貴族女性が好んで使っているものでもある。
だけどあの《魔道具》は、平民でも手が出しやすい安価な値段で売られていた。
「確かに睡眠に誘える魔法はかけられていましたが、それはごく微量な物でした」
ベンジャミンの言葉に、テオドールは呟く。
「……粗悪品、ですか」
「はい。それから念のために言っておくと、あの《魔道具》にもマークはなかったようです」
「そうですね。あの《魔道具》の作りはどう考えても浅いものでした。あの男なら完成度の低い《魔道具》は作らないでしょう」
値段も安ければ効果も低くなる。
バザーで売られていた《魔道具》は、どこからどう見ても粗悪品だった。
そして、あの《魔道具》には、例の魔法はかけられていなかった。
「いま追っている事件とは、関係ないかもしれませんね」
王都を中心に、街中で非合法の《魔道具》が売られるようになったのはいつからか、正確にはわかっていない。
商店の片隅で起こった爆発により、その《魔道具》の存在に気づき魔塔に調査が依頼されたのが、約三カ月前のこと。
調査に出ていた魔法使いが爆発に巻き込まれてしまい、テオドールのところまでその調査が回ってきたのが、ちょうどテオドールが獣化するようになったときだった。
あの時はまだ薬で抑えられる程度だったからどうにかなっていたものの、調査の途中に非合法の《魔道具》を回収しようとした際に、運悪く爆発が起こってしまい、それを防ぐためにテオドールは魔法を使いすぎてしまった。
魔法のおかげで《魔道具》が燃えて消し炭になってしまっただけで周囲一帯に被害は出なかったものの、獣化する寸前まで魔力を使いすぎていたテオドールは、マナ症候群の薬が効かないほどまで獣化が進んでしまい、危うく獣に堕ちる手前だった。
ベンジャミンにより神殿に連れられて、そこで運良くレベッカと出会えていなければ、いまごろどうなっていたのかは想像するだけゾッとするだろう。
いまも魔法が使えているのはレベッカのおかげだ。彼女がいなければ、人間の姿を取り戻すこともできなかったのだから。
(……でも最愛契約は、想像していたよりも……)
至高の海に沈みそうになったところを、ベンジャミンの声に連れ戻された。
「テオドール様、この《魔道具》はどうされますか?」
「今回の事件とは関係ないかもしれませんが、非合法の《魔道具》ですから。もう少し調査してみましょう。――それから、その《魔道具》を持ってきたという少年についても、調査が必要かもしれません」
「わかりましたが、どうしてですか?」
あの日、噴水広場で会った時、あのダビドという少年は少し様子がおかしかった。
テオドールの姿を見た瞬間顔を険しくさせてしまうほど挙動不審だったのもそうだけれど、それよりも気になったのは――。
「彼から、微量な魔力を感じたからです」
ほんの短い間顔を合わせただけだったから、その魔力が何だったのかはわかっていない。だけど、少し胸騒ぎがする。
(レベッカさんの家族、ですから。できれば、疑いたくはないのですが)
「確か、貴族の家に養子に出されたと聞きました。どの家に引き取られたのか、それも調査をお願いします」
「わかりました。じゃあ、俺は調査部に行ってきますねー」
慌ただしく部屋から出て行ったと思うと、すぐに引返してきたベンジャミンが、扉から顔だけ出す。
「そういえば、そろそろ家に帰ったほうがいいですよ」
「どうして、でしょうか?」
そう口にして、テオドールは思い出した。
そういえば、《魔道具》の調査で五日ほど自宅に帰ることができていない。
《最愛》が見つかる前は、邸宅にすら帰らないことがほとんどで、それに慣れてすらいた。
けれど、レベッカが家に来てから、毎日のように邸宅に帰るようになった。
「レベッカちゃん、寂しがってますって」
「……そうですね。今日は帰ろうと思います」
「じゃあ、今度こそ、俺はこれでー」
顔を引っ込めるとベンジャミンは慌ただしく去って行く。
ベンジャミンがいなくなって、すぐテオドールは立ち上がると帰る準備を始めた。
なぜか、無性にレベッカに会いたくなったからだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。