第二章 孤児院の家族⑦
「で、できた!」
カーテンの隙間から朝日のが差し込む室内で、レベッカは完成したばかりの物を掲げた。バザーで売る予定のハンカチだ。狼の刺繍を施したそのハンカチは自信作だった。
獣化したテオドールを意識して縫ったのだけれど、銀色の糸がなかったので白色で縫っている。
(うまくできた。これは、テオドール様にあげようかな)
そんな考えが過ぎったものの、レベッカは頭を振って追いだす。
(大魔法使いのテオドール様が、こんな庶民みたいなもの、使うわけないよね)
やっぱりバザーで売ることに決めて、他の完成品が入っている籠に混ぜる。
それから窓から差し込んでいる光に気づき、レベッカは「あ!」と声を上げた。
「もう朝になってる!」
昨夜、寝る前に唐突に思いついて縫っていたら、すっかり徹夜してしまったみたいだ。
バザーは午前中に行われる。
一睡もしていないけれど、レベッカはまず朝のお祈りをした。
(バザーがうまくいきますように)
そんな気持ちを込めて祈ると、聖力が全身に澄み渡っていく感覚があり、それに酔いしれる。
祈りを終えた頃には、全身に活力がみなぎっていた。
それからレベッカはメイドの手を借りずに身支度を整えると、テオドールを起こしに向かった。
寝ぼけ眼のテオドールの腕を引っ張って馬車に乗ると、街に急いだ。
馬車から飛び降りると、少し間をおいてテオドールが出てきた。彼はなぜだか俯いていて、「また、見られてしまった……」とボソボソと呟いている。
何を悔いているのかよくわからないけれど、今日はバザー当日だ。
「テオドール様、早く行きましょう!」
「……ええ、そうですね」
まだ眠いのか、テオドールは目をぱちぱちとさせている。
その腕を軽く引っ張りながら、レベッカは教会に急いだ。
孤児院と併設している教会に着くと、そこはいつもよりも活気づいていた。
街の人や、孤児院の子供たちが店番をしているところに並んでいるのは、古着を繕った物や、使わなくなった日用品などが多い。それから手作りの芸術品なども売られている。
「グレース先生!」
子供たちと一緒に店番をしている老齢のシスターのもとに駆け寄ると、レベッカは抱えていた籠を掲げる。
「来てくれてありがとう、レベッカ。……おや、それはもしかして」
「はい、私が作ったやつです!」
「ほお、これはいい品が入ったね。さっそくここに並べよう」
グレースと一緒になって、机の上にレベッカお手製の品が並べられる。
柔らかい布で縫った巾着や、使用人からもらったのお古のハンカチに刺繍を施したものなど、実に十点ほどの品が並べられる。
そのひとつに、テオドールが徐に手を伸ばした。
「これは、もしかして……」
テオドールが手に取ったのは、レベッカが徹夜して仕上げたばかりの、狼の刺繍が施されたハンカチだった。実際の銀狼の美しさをすべて表現できたとは言えないけれど、テオドールのことを思い浮かべながら縫ったのはとても楽しかった。
「狼をモチーフに、作ってみました」
「……やはり、そうなのですね。これは、僕がもらっても」
「それは駄目です!」
「え?」
レベッカの制止に、テオドールが口を半開きにする。
「これは、バザーに来てくれた人に買ってもらうためのもので、あげることはできないんです」
バザーの売上は教会への寄付金になる。その一部が、孤児院の費用に回される。
少しでも孤児院に貢献したいので、いくらテオドールがほしいと言っても譲ることはできない。
目を丸くしていたテオドールが、次第にいつもの穏やかな笑みに戻る。
「ただで貰うつもりはありませんよ」
テオドールがお金を取り出して、机の上に置く。
「これでいかがですか?」
「これは……多すぎですよ、魔法使い様」
グレースが眉を顰める。
「ほんの気持ちです。レベッカさんが大切に作ってくれたものなのですから」
「……それでは、ありがたく頂戴いたします」
呆れたように笑い、グレースは恭しくお金を受け取った。
(テオドール様が、私の作ったハンカチを買ってくれた!?)
驚きながらも、レベッカの胸に広がるのは喜びだった。同時に、少し勘違いしていた自分を恥じる。
これまで自分はバザーで売り手しかやってこなかった。
だけどいまのレベッカは、買い手にもなれるのだ。
「レベッカ、よかったら二人で見て回っておいで」
「いいんですか?」
「ああ。それに、実は良いものを譲り受けて出店しているんだ。魔法使い様なら、その活用方法がわかると思ってね。ここから右の奥の方にあるのだけれど、後で見に行くといいよ」
グレースの言う良いものは何だろうか。
掘り出し物は、あるだろうか。
そんな期待に胸を膨らませながら、レベッカはテオドールと一緒にバザーを見て回ることにした。
「見てください、テオドール様」
「っ、その仮面は?」
仮面で顔を被うと、テオドールが目を丸くする。
レベッカが手に取った仮面は、左右大きさの違う黒目に、口が斜め上に高くすぼめられている、見たことのない奇抜な柄をしていた。
店主曰く、遠く東の国から輸入されてきたもののようで、火の守り神の仮面とも云われているそうだ。
「レベッカさん、その仮面がほしいのですか?」
「うーん。これはちょっと。それよりもこっちの犬の仮面の方が似合うと思います」
「そうですよね」
ほっとため息をついているテオドールの顔に、灰色の犬の仮面を当ててみる。
「やっぱり似合っている。これください!」
「はいよー」
店主にお金を渡して、仮面を受け取る。ちなみにお金はテオドールからお小遣いとしてもらっていた。日ごろのお礼ですとのことだ。
「はい、テオドール様」
「これは、もしかして、僕に?」
「はい。テオドール様に、似合うと思って」
「……僕は犬ではなく狼なのですが、レベッカさんが楽しいのなら」
苦笑しながらも、テオドールは仮面を受け取ってくれた。
その後もレベッカたちは、バザーを回りながら、いろいろな物を手に取って、気にいった物があれば買っていた。
そうしていると時間もあっという間に過ぎていき、もう昼前になっていた。
「あ、そうだ。グレース先生が言っていたところに行きませんか?」
「魔法使いの僕ならその活用方法がわかると言っていましたね」
「はい。良いものだとも。――うーん、良いものって、なんだろう」
「気になりますよね」
話しながらも、グレースの言っていた奥の方に辿り着いたレベッカは、そこに並べられているものをみて目を大きくする。
並べられていたのは、幾何学模様の置物だった。
「わあ、綺麗。これって、なんですか?」
「――これは」
隣を見上げて、レベッカはビクッとする。
いつも穏やかな笑みを浮かべていたテオドールが、険しい顔をしていたからだ。
「《魔道具》、ですね」
「《魔道具》ですか!?」
バザーで《魔道具》が売っているなんて珍しい。いや、見るのは初めてだ。
驚いていると、テオドールが売り手のシスターに訊ねる。
「この《魔道具》は、どこで手に入れたものですか?」
テオドールの顔は落ち着いている。だけど、その顔にあるのはいつもの穏やかさではなく、あの時――アンリエッタを問い詰めた時に似ているような気がした。
「これは、孤児院を卒業した子が持ってきたものでして」
シスターが面食らいながらも教えてくれる。
「その、子供の名前は?」
「――ダビドという男の子です」
「ダビド?」
どうして、ダビドが《魔道具》を?
そして、どうしてテオドールは険しい顔をしているのだろうか。
レベッカの動揺に気づいたのか、テオドールが静かに教えてくれた。
「前にレベッカさんにお話ししたと思いますが、最近王都に非合法の《魔道具》が多く出回っているのです」
「……え、じゃあこれは」
「はい。非合法で作られて販売されている《魔道具》です。これは、とても危険な物なんですよ。非合法の《魔道具》のほとんどが粗悪品で、爆発する危険性がありますから」
「爆発っ……!?」
大きな声を出しそうになり、慌てて口を被う。
爆発する危険性のある、非合法の《魔道具》。
それを、なぜダビドが?
「……詳しいことを、調べないといけませんね」
テオドールが呟く。
ダビドがどうして非合法の《魔道具》に関与しているのかはわからないけれど、このまま放っておいていいことではないだろう。
(でも――。ダビドは、そんなことに関わる子じゃないのに)
胸騒ぎがして、レベッカは拳を握りしめた。
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